霊視ができるようになったら残念な美人に絡まれました
岩城学園。
市内の小さな山の上にあるこの学校は百年以上の歴史を誇り、何人か有名な学者やら政治家を輩出しておりそれなりに有名な学校だったりします。
ついでに一部の人たちからパワースポットとして有名だったりするのですが、実は本当に霊脈が通っていて、リアルに変な力に目覚めちゃう生徒が毎年何人も出ちゃってたりします。
つまり「ぐっ! 沈まれ俺の右手よ!」みたいな人たちがリアルでいます。
関わりたくないですね。
「……関わりたくない」
そしてあまりの学園の異常っぷりに転校も視野に入れちゃってるのは、岩城学園に入学したばかりの一年生。望月時男くんです。
目の前には「ふしぎ発見部」と書かれたプレートのぶら下がったドア。
どっかから「ボッシュートなります」とか聞こえてきそうな部活動です。
見鬼という能力に目覚めてしまい、身を守るためにもふしぎ発見部への入部を決めたトキオくんでしたが、いざその部室を前にすると改めて事の荒唐無稽さを認識し及び腰になっています。
大体何でこんな小学生でも「ゲームと現実を混同しちゃだめだよ」とか言いそうな部活がまかり通っているのでしょうか。
妖怪のせいなのねとか言われても今時の子供は納得しません。
「うふふ。そんなに緊張して。シャイなのね望月くん」
「ほあァッ!?」
いきなり耳元で話しかけられ飛び上がるトキオくん。
首だけ振り向けば、そこには残念系美少女なナナミさん。ぴっとりとはりつくようにトキオくんの背中によりそっています。
「アンタは後神か!?」
「あら、よくそんなマイナーな妖怪知ってるわね。さすが私の見出した逸材!」
※後神
文字通り人の背後に現れて色々ちょっかいを出してくる妖怪。
優柔不断な人間に憑りつき、恐怖心を煽り決断を躊躇させたり惑わせたりする。
「しかし後神扱いされるのは心外だわ。私は新たな道を歩む中で心細いであろう望月くんを守りに来た、いわば後鬼のようなものなのよ!」
「前鬼はどこ行ったんですかね。というか背中にひっつくのやめてください」
「だって放したら逃げるでしょう」
「相互理解ができて何よりです。でも逃げませんから放してください。ちゃんと部室入りますから」
そう言ってナナミさんを引きはがし引き戸へと手をかけるトキオくん。
そして一つ呼吸をして気を落ち着けると、ゆっくりと引き戸を開けます。
「失礼します」
「うむ。よくぞ来た。新たな覚醒者よ!」
「失礼しました」
中の人から歓迎されましたが、即座に引き戸を閉めるトキオくん。
いわゆるそっ閉じです。世の中は見なかったことにした方がいいこともあるのです。
「……何か学帽かぶって黒マント羽織った大正浪漫チックな人が、机の上で腕組みしながら仁王立ちしてたんですけど」
「あら。机の上に立つなんて行儀が悪いわね」
「つっこみ所はそこじゃねえ!?」
室内の異常を訴えたトキオくんでしたが、ナナミさんにはその異常性が理解されませんでした。
つまり室内の状態は異常ではなく正常である可能性が出てきました。もうびっくりですね。
「時代に目を瞑るにしても今の人女子ですよね!? 学帽とマントって普通男子が着けるものでしょう!?」
「ああ、アレうちの学園の生徒会長が代々受け継いでる衣装だから」
「変人かと思ったら学校が変だった!?」
生徒会長がやっていることだから、学園は関係なく生徒が決めたことなのかもしれませんが、その場合代々の生徒会長が変人だったということになります。
伝統を守るって難しいですね。
「まあ普通は行事の時とかに着るだけで、普段から着てるのは今の生徒会長の趣味だけれど」
「やっぱり変人じゃないですか!?」
「ふっ、まあそう褒めるな」
「褒めてねぇ!?」
引き戸の向こうから聞こえてきた声に律儀につっこみを入れるトキオくん。
そろそろ肺の酸素が枯渇寸前です。早急に事態を収拾しないとトキオくんが倒れてしまいます。
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「では改めて。ようこそふしぎ発見部へ。私はこの岩城学園の生徒会長であり、ふしぎ発見部の部長も務めている高加茂月紫という。以後よしなに」
机からは降りたものの、相変わらず腕組みをしたまま自己紹介する生徒会長ツクシさん。
そしてそんな生徒会長に苦笑しながら、机を拭いて緑茶を入れるナナミさん。
つり目で少しきつい印象のナナミさんとは対照的に、ツクシさんはたれ目で優し気な目元が印象的です。
しかし服装は先ほどトキオくんが言った通り、白いセーラー服の上からマントを羽織り、烏の濡れ羽色の髪を押さえるように深く学帽をかぶっており、一言で言えば変な人です。
「俺は望月時男といいます。よろしくお願いします」
そんなツクシさんに戸惑いながらも、何とか自己紹介を返すトキオくん。
ツクシさんの話し方が古風で男っぽいこともあり、ますます違和感があります。
「……何で室内で学帽とマントをしてるんですか?」
「無論。その方がカッコいいからだ!」
「ありがとうございます。今の一言で貴女という人が大体分かりました」
そう。トキオくんは確信しました。
この人は変人だと。
「まあふしぎ発見部などという名称がついているが、実際のところは君のように後天的に異能に目覚めた生徒を保護するための組織でな。無論表向きには古今東西の文化を研究するための部活としているがね。故に部室も一般的な文化部のそれと変わるまい」
「そうですねー。隅っこに地縛霊っぽい女子生徒が見えなければ普通だったんですけどねー」
ツクシさんに言われて部室となっている教室を見渡していたトキオくんでしたが、カーテンの閉め切られた奥の方の角に体育座りしている女子生徒を見つけてしまい遠い目で返します。
一瞬変人第三号かと思いましたが、よく見たら体が透けて壁の模様が見えています。
トキオくんが見鬼に続いて透視に目覚めたのでなければ、間違いなく幽霊の類です。
「……チッ」
「舌打ちした!?」
「なるほど強力な見鬼だな。まさか並の霊能力者なら見逃すであろう斎藤の姿が見えるとは」
「そういえば居たわね斎藤さん。忘れてたわ」
「名前あるの!?」
どうやら地縛霊っぽい女子生徒は斎藤さんというらしいです。
トキオくんのつっこみに反応してビクッと震えています。
「まあ気にするな。斎藤は厳密には地縛霊ではないし無害なやつだ。基本隅っこに居るだけで何もしてこん」
「気にするなと言われても……」
もう一度斎藤さんに視線を向けるトキオくん。
体育座りのまま動かない斎藤さんの目は、当然と言えば当然ですが生気が無く、ずっと虚空を見つめています。
「そんなに気になるか?」
「はい。何というか、寂しそうだなと」
「あっ」
トキオくんの言葉を聞いて「やっちまった」とばかりに目を見開くナナミさん。
「……」
そして今まで動かなかった斎藤さんがゆっくりとトキオくんに視線をむけたと思ったら――。
「……」
その背中におんぶされるようにしがみついていました。
「何故!? ホワイ!? いつの間に!?」
「やっちゃったわね望月くん」
「説明をしようとしたらやらかすとは。さすが期待の新人だな」
混乱するトキオくんをよそに、微笑ましそうにその狼狽えっぷりを見守る先輩二人。
ほのぼのとした空気が流れていますが、トキオくんは一人で大混乱です。
「見事に憑りつかれたな。まあ先程も言った通り斎藤は無害なやつだから、多少倦怠感がするくらいで大事にはなるまい」
「女の子に抱き着かれるなんて、役得ね」
「嬉しくねえ!?」
確かによく見てみれば、斎藤さんは生気が無いのを差し引いても守ってあげたくなる系の儚げ少女ですが、こんな存在自体が儚い幽霊にモテても嬉しくありません。
トキオくんだってお年頃なので、彼女はちゃんとした生身がいいのです。
「さて。まず霊などへの対処法なのだがな。基本は強い意志を持っていれば大事にはならん。特に術だのなんだのと言った対処法を知らなくとも何とかなる」
「今まさに何とかなりそうなんですけど」
「それは君が斎藤に同情したからだ。やつらはそういった人の心の隙間につけこんでくる」
言われて改めて斎藤さんを見てみるトキオくんでしたが、無害というのは本当らしくこれ以上は何かしてくる様子はありません。
もっとも、思春期なトキオくんからしたら、実体が無いとはいえ女子に抱き着かれてるだけでも落ち着かないのですが。
「余程強い怨みを残した悪霊でもない限り、生きた人間の方が強いものなのだ。存在が持つエネルギーが違うとでもいえばいいのか。逆に言えば病気を患ったり精神的に不調だったりすると、そのエネルギーが落ち、霊などに好きにされてしまうことになる。
ある陰陽師も言っているだろう。挫けるな。落ち込むな。ぷよ○よするなと」
「おかしい。最後おかしい」
要は気合を入れてれば大丈夫ということらしいです。
ちなみに修験道や一部武術には気合術というものもあり、何気に奥の深いものだったりします。
「除霊方法とかは教えてもらえないんですか?」
「追々教えるつもりだが、しばらくは基本しか教えん。素人がやっても相手を逆上させるだけなのでな。刀で斬られたら逃げるが、ハリセンではたかれたら怒るだろう」
「はあ。生兵法は怪我の基ということですか」
「うむ。理解が早くて助かる。目覚めた人間の中には、調子に乗ってこちらの忠告を聞かない者も多いのでな」
そう言ってため息を漏らすツクシさん。
変人ではありますが、それなりに苦労も多いようです。
「まあ斎藤もしばらくすれば落ち着くだろう。生憎と成仏させられる類のものではないのでな。しばらくは役得と思って耐えるがいい」
「だから、まったく嬉しくないんですけど」
実はちょっと可愛いなあとか思っていますが、口に出したら間違いなく自分の評価がアレな事になるので反論しておくトキオくん。
男の子も色々と大変なのです。
「まずは瞑想の仕方から教える。真面目にやるかは君次第だが、まあ変なものに絡まれたくなければやっておくことをお勧めする」
「全力でやらせていただきます」
ツクシさんの試すような言葉にキッチリとやる気を押し出して応えるトキオくん。
そう。これ以上変な世界に関わってたまるかと。
こうしてトキオくんのオカルトな学園生活が始まるのでした。
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「はあ。何か色々疲れた」
放課後。自宅に帰ったトキオくんは、いつもより重い体のこりをほぐすようにひねりながら自室を目指します。
「とりあえず斎藤さんがちゃんと離れてくれてよかった」
ツクシさんから手ほどきを受けている間ずっと背中にしがみついていた斎藤さんでしたが、トキオくんが帰宅するために部室から出ると素直に離れました。
トキオくんがチラッと見たら捨てられた子犬のような目をしていましたが、これ以上つけこまれるわけにもいかないので心を鬼にして帰宅しました。
「とりあえず夕飯の前に風呂に……」
そして自室の扉を開けたトキオくんでしたが、室内を見て一瞬フリーズします。
「……」
しかしすぐに再起動。ゆっくりとした足取りで自室へ入ると、着替えを持って風呂場へと向かいます。
「……」
そして風呂へ。トキオくんは基本的に湯舟にはつからずシャワー派です。
「……」
続いて晩御飯。今日のおかずはハンバーグです。
「……」
そして自室へ。改めて室内を見渡しますが、相変わらず変化が無いことを確認すると、窓を開け放ち夜空を眺めます。
ああ星がきれいだなあ。そんな現実逃避をするも現実は変わらず、再び室内を見渡すと思いっきり息を吸い込み口を開きました。
「――何でうちに斎藤さんおるねん!?」
トキオくん渾身の咆哮。
部屋の隅っこでビクッと震えて涙目になる、何故か居る斎藤さん。
「……」
「いや怒ったわけじゃないから!? 納得いかないけど怒ってはないから!? だから泣くのやめて!?」
体育座りのまま小動物のようにプルプル震える斎藤さんと、女の子を泣かしてしまい状況の理不尽さも忘れて慌てるトキオくん。
トキオくんの波乱万丈なオカルト学園生活は始まったばかりだ!