慈悲はない
サトリに襲撃されるというショッキング体験を生き延びたはいいものの、後に残るのは窓割られるわドアぶち破られるわと無残な姿をさらす自宅の姿。
修理代は巻き込んだお詫びにと月紫部長が出してくれることとなったが、周囲には強盗が入ったと嘘の説明をするしかなく、色々と後をひく事件となった。
窓ぶち破って侵入してくる強盗とか何それ恐い。
いや実際にはもっと恐いものに襲われたわけだが。
何となく「心読むとか鬱陶しそうだなあ」と呑気に構えていたが、いざ襲われてみれば鬱陶しいどころの騒ぎじゃない。
というか心読むの抜きにしても素の運動能力が人外だけあり俺の予想を遥かに越えていた。
亀太郎がいなかったら初手でつんでいたに違いない。
しかし時間が経ち気分が落ち着いてくると気になるのは、俺では手も足も出なかったサトリを呆気なく倒した深海という青年だ。
一瞬で相手の首を落とした剣術の腕もさることながら、サトリを混乱させた力。
サトリに向かって同類と言っていたし、やはり能力的な意味でのサトリなのだろうか。
「半分正解だな。深海さんは思考を読むだけではなく送ることもできる精神感応能力、所謂テレパシーを使える超能力者だ。自身の表層意識すら操れる故にサトリに察知されることなく近付くことができたわけだな」
「超能力者?」
いつも通りの昼休みの不思議発見部にて。
思い切って月紫部長に深海さんとやらのことを聞いてみれば、ちょっと予想とは違う単語が出てきた。
霊能力と超能力は違うものなのか?
「大雑把に言えば、霊能力が世界との調和で成り立つものであるのに対し、超能力は世界をねじ伏せるものだという感じか。霊能力に物理的な干渉力はないに等しいが、超能力は時に物理法則すら無視して物質界に影響を与える」
「俺の真後ろに物理的に干渉してくる幽霊がはりついてるんですけど」
今日も元気に俺の弁当から差し出したにくじゃがを食べている斎藤さん。
最初にじゃがいもだけあげたのだが、物足りない様子だったので肉もあげたらようやく満足したようだった。
……地味に食う量増えてないかこの子。
「斎藤はあくまで物に宿る霊体を経由して干渉している。その辺の石ころにも霊力というものは微弱ではあるからな。超能力はそういった霊体すら経由していないから霊能力者から見ても意味が分からん力なんだ」
「いや意味が分からんて」
一般人からしたらどっちも意味分からんだろうに。
その意味分からん人種からしても意味分からん謎能力ということか。
「それもあり深海さんは若手の退魔師の中でも有望株だが、同時に警戒されてもいる」
「ああ。誰だって秘密の一つや二つありますもんね」
「それもあるが。深海家というのは代々精神感応能力者が生まれやすい一族でな。戦国時代にはその力を使って謀略を行い幾つかの大名家を滅ぼしたという、恨みを買いまくって祟られていてもおかしくない血筋なのだ」
「何それ恐い」
そりゃ相手の心を読めるなら諜報の分野ではやりたい放題だろう。
下手をすれば現代でも国に囲われる能力なんじゃないか。
「つまり下手に関わって不興を買ったら知らない間に社会的に抹殺されてるかもしれないと」
「いや、深海さん自身は温厚な人柄だからそんなことはまずないと思うのだが。知らない人間からすればなあ」
そう言ってため息をつく月紫部長。
知らない人間からすれば。ということは月紫部長は深海さんとはそれなりに付き合いがあるのだろうか。
「まあ君もこの業界にいれば会うことも増えていくだろう。先ほども言ったが温厚な人なので何かあれば頼るといい」
「……そうですね」
そう返事をしたものの、深海さんとやらを頼る気にはならなかったし、何より月紫部長のこともあまり頼りたくないと思ってしまったのは何故なのだろうか。
いや本当は分かっているけれど分かりたくないというか。
自分はこんなに子供っぽい性格だっただろうか。
そう自己嫌悪の悪循環にはまりそうだった。
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悩みながら授業を受けての放課後。
やはり霊とかならまだしも妖怪に対応するなら七海先輩のように武術を習得するべきなのではないか。
そう結論したのはいいものの「じゃあ妖怪に対応できる武術とかどこで習えるのよ」と新たな問題に直面し実はあんまり進展していないことに気付く。
やはりその辺りも月紫部長に相談するしかないのだろうか。
修験道って大抵武術とセットになってるものらしいし。
「望月。ちょっといいかな」
そんな風に悩みながら帰り支度をしていると、新田が申し訳なさそうな様子で話しかけてくる。
何の用だこのイケメン。
こいつが相談事持ってくるときって、大抵俺に被害がくるからあまり聞きたくないんだが。
「その手の相談なら部室で聞くぞ」
「いや。ちょっと異性には話しづらいからまず望月に聞いてほしいんだ」
「爆発しろ」
「なんで!?」
なんでて、どうせ恋愛絡みの問題だろ。そんな予感がする。
国見さんとつきあっているのにこれだからイケメンは。
「いや俺は悪くないと思うよ? あえて俺に責があるというならかっこよすぎるせいだね」
「そうか。じゃあな」
「つっこんでくれないかな!?」
無視して帰ろうとしたら縋りつかれた。
どうやら本当に問題が起きてるらしい。
「まあいいけど。俺の手におえないと思ったら月紫部長に相談するからな」
「うんそれは覚悟してる。俺じゃあどの程度ヤバいのか分からないから望月に見てほしいんだよ」
なるほど。新田なりに考えて俺に話を持ってきたらしい。
しかし見てほしいというのは何なのか。
とりあえずは家に来たほしいと言われ、俺はノコノコと新田の家へと付いて行った。
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「これなんだけど」
「やっべえなオイ」
意外に物が少ない新田の部屋に入るなり指で示されたのは、よくあるダンボール製のみかん箱。
ただしその箱から何か怨念のようなものが立ち昇っている上に、ガタガタと物理的に動きまくってる。
怨念がなかったら猫でも閉じ込めてんのかと疑うレベルだ。
「得体のしれない祠から中身でも抜いて来たのか?」
「いや。信じられないかもしれないけど。この中に入ってるの手紙なんだ」
「手紙?」
電子メールだけではなくSNSもあるこの時代に手紙とは。
もしかして知り合いでもない人間から来た、下駄箱にでも入ってたラブレターか。
「うん。捨てるわけにもいかないから取っておいたんだけど」
「いやそこは捨てろよ。前までならいざ知らず国見さんいい気はしないだろ」
何せ嫉妬で男の俺を呪ってきたような子だぞ。
その辺しっかりしとかないと下手すりゃ死人が出るぞ。
「でも人の思いがつまったものをさ」
「間違いなくそのつまってる思いがどうにかなってるだろコレ」
手紙を書いた人間の中に異能者でもいたのか。それとも単に数が多すぎて思いが凝縮されたのか。
とにかく愛が重い。多分物理的にも重くなってるぞこの濃度は。
「とりあえずやってはみるが、効果がなかったら月紫部長のところに持ってくぞ」
「ああ。頼むよ」
「まったく。――臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
相変わらずガタガタ震えている箱を前にして、最近慣れてきた九字を唱える。
ただし行うのは格子を切るのではなく手印を組む切紙九字護身法だ。
月紫部長も不動金縛りを使う時にやっていたが、高加茂家の流派では術を使う際にはまず九字で己の身を固めるのが基本らしい。
なので俺もそれに倣いまず九字を唱えたわけだが。
「――かけ」
「うわ!?」
続いて怨念を祓おうと祝詞を唱えようとしたところで、突然みかん箱の蓋をとめていたガムテープがちぎれとび、ぼわんと煙のようなものが噴出した。
「……封印が解けた!?」
「封印!? いや単語的にはあってるけどガムテープで今まで封印できてたの!?」
「結界ってのは部屋と廊下の境目だけでも成立するくらい概念的なもんなんだよ!」
そう月紫部長が言ってた。
人外の一部は招かれないと家に入れないのとかもそれに類するとか。
ともかくあれだけ中で動き回っていたのだから、ガムテープごときいつ破られてもおかしくはなかったのだろう。
ダンボール箱の中から噴き出した煙はしばらく部屋の中を漂っていたが、次第に一ヶ所に集まり人型へと変化していく。
「新田。逃げる用意」
「分かった」
俺の言葉に素直に従い部屋から出ようとした新田だったが、どうやら行動を起こすのが遅かったらしい。
人型をとった煙は新田が動き始めるなり逃がすものかとばかりに一気に形をハッキリとさせはじめ――。
「――お慕い申しております!」
「はあ!?」
実体化するなり新田の腰にタックルをかまし押し倒した。
「……じゃあ後は当人同士で」
「待って!?」
とりあえずお邪魔そうなので退散しようとしたが、必死な形相の新田に制服の裾を掴まれ逃亡は阻まれた。
いやもういいじゃん。害なさそうじゃん。
実体化したのは白い着物姿の見た目は俺たちと同年代の少女であり、もう離さないとばかりにうっとりとした顔を新田の体にすりつけている。
流石イケメン。ついに人外すら落としたか。
「せめてこの子が何なのか説明して!?」
「いや俺にもよく分からないし」
とりあえずラブレターに込められた思いから生まれた付喪神的な何かか?
そう思いながら月紫部長へと電話をし事情を説明したのだが。
「……あえて分類するなら文車妖妃だな」
そんな何とも曖昧な答えが返ってきた。
※文車妖妃(ふぐるまようひ)
寺院や貴族の邸などで文書を運ぶのに使われていた文車の付喪神。あるいは文車に乗っていた文書などに篭もった怨念が妖怪化した存在。
怪談などでは古い恋文にこめられた思いや恋文そのものが変化した妖として語られ、鬼女の姿で描かれることが多い。
「でも付喪神って九十九とも書くし、普通百年近く必要なんじゃないんですか?」
「だからあえて分類するならと言ったのだ。いくらなんでも妖怪化するのが早すぎる。……いや、うちの学園産の恋文だからな。霊脈が変な方向に作用したか」
「……ああ」
そういえばうちの学園って霊脈が通ってるんだったか。
俺や七海先輩、国見さんみたいな異能者が覚醒してしまうのもその霊脈の影響らしいし。
「あの……そろそろ離れてくれないかな」
「もう少しだけ。ようやくこうして自由にできる体になれましたもの」
そしてそんな説明をされている間にも、新田と文車妖妃(仮)は俺なんぞ存在しないかのようにいちゃついてる。
後日きっちり国見さんに報告しておこう。
というか恋文が実体化したくせに当の恋文の送り主ほっぽりだしていちゃつくとか、ある意味全力で裏切ってるな。
「害がなさそうに見えても女の念が実体化した存在だ。何かのきっかけで鬼になる可能性もある。直接確かめたいので私が行くまでなるべく穏便に時間を稼いでくれ」
「分かりました」
とりあえず月紫部長的にもいきなり調伏するのはなしという方向らしい。
まあ確かに今のところ危険な感じはしないが、だからといってこの見た目人間の少女に居座られるのは新田的にも非常に困るだろう。
国見さんに見られたら間違いなく修羅場になる。
「とりあえず君は新田が国見さんとつきあってるのは知ってるのか?」
「何で地雷を踏み抜いたのかな!?」
いやそこ結構重要だろ。
というか国見さんと付き合ってるのに相変わらずラブレターが大量にくるとか、間違いなく新田の態度が曖昧なせいだろ。
「いや……わざわざ吹聴して回るようなことじゃないだろ?」
「それはそうだが。明らかに隠してるだろおまえ。俺がいくら噂に疎くてもおまえが女子と付き合うとなったらもう少し騒ぎが聞こえてくるだろ」
「甘いですわ!」
「はい?」
がばっと新田にすりつけていた顔を離したと思ったら突然叫ぶ文車妖妃。
でも相変わらず両手は新田をがっちりと拘束しているので逃げられそうにない。
「そんなことを宣伝してごらんなさい。国見さんがいじめられますわよ!」
「君立ち位置何処なの?」
いじめそうなやつらが出した恋文の成れの果てが何か言ってる。
やっぱり手紙を書いた本人たちとはまったく別の人格持ってるな。
一人のものじゃなくて集合体みたいなものだからか?
「そこはほら。私は純粋に新田さんを想い振り向いてほしいと願う思いの結晶ですから。醜い邪念など持っていないのです」
「うーん?」
どう考えてもそんな綺麗な感情だけ集まるとは思えないのだが。普通ならあり得ない短期間で妖怪化したから想いが拗れる暇がなかったのか?
「でも結局新田はもう国見さんと付き合ってるという点が問題にならないか?」
「私は人間ではありませんので二番でも仕方ないと割り切っています」
「いや俺が割り切れないんだけど!?」
相変わらずがっちりと抱き着く文車妖妃から逃げようともがきながら抗議する新田。
もういいじゃん。本当に純粋に新田を慕ってて害もなさそうだし。
「瓊花にばれたらどうするんだよ!?」
「いや案外大丈夫じゃないか?」
何せこの文車妖妃本当に邪念が感じられない。
もしかすれば本当に国見さんを説得しきって新田を共有財産化するかもしれない。
「俺の意思は!?」
「知らん」
というか実際どうしろと。
いくら人外だからって、見た目少女で悪意も感じられない存在を問答無用で退治するとか心情的に無理だぞ。
そう思って半ば放置していたのだが、月紫部長がやってきて聞き取り調査を行った結果、新田にはっきりと「君とは付き合えない」と断らせると納得したのかあっさりと元の手紙に戻った。
やっぱり新田の曖昧な態度が原因じゃねえか。
「そうは言うけど。望月だって女の子から告白されたら傷付けないように慎重な態度になっちゃうだろ?」
「喧嘩売ってんのか」
まず俺に告白してくるような女子がいねえよ。
そう文句を言ったら、新田だけではなく月紫部長にまで大きなため息をつかれた。
解せぬ。