大切なものは目に見えない3
幽霊といってもピンキリだが、月紫部長によれば姿がハッキリしている霊というのは良くも悪くも強い霊らしい。
余程強い未練があるのか、あるいは何らかの理由で意識がはっきりしているのか。
既に肉体がない彼らにとって意志の強さというのはそのままその存在を確立する強さになる。だから姿がハッキリしている霊というのは強い。
では弱い霊はどういう姿をしているのかというと、体が今にも崩れそうだったりだとか、風邪ひいたときの鼻水みたいにドロドロだったりだとか、逆に姿が不確かなことが多い。
とはいえ強い念によって人としての姿を失い化物になりかけてる奴らも混じってるので、姿だけ見て一概に弱いと判断するのは危険らしいが。
で、今更何でそんなことを思い出しているかというと、その鼻水みたいにドロドロに溶けた霊が目の前に殺到している。
学園の校門前で、見えない壁にはりつくように折り重なりながら大量に。
「……何事ですかコレ?」
「周辺の低級霊が集まってるみたいね。この辺りはヤンキーさんが巡回してるから普段はあまり寄ってこないのだけど」
「敷地内の空気が悪いな。これはもしかすると一割を引き当てたか?」
一割。
先ほど話していたこっくりさんで思い込みではなく本物が来たということだろうか。
その割には結界は変わらず機能しているようだが。
「こいつらを呼び寄せている何かが中に居るが、結界を維持している要は無事だということだろう。それよりも来るぞ望月」
「え?」
「グイモノダーッ!」
結界にはりついていた幽霊の内の一体が、突然振り向いたかと思えば俺目がけて飛んでくる。
肉と骨の境目すら分からないほど溶けた顔は髑髏そのもので、こちらへ伸ばしてくる手は餓鬼みたいに痩せこけているのに爪だけは殺意を表すように伸びている。
これ本当に低級霊か。生首のおっさんより恐いぞ。
「おわぁっ!」
「ゴギャア!?」
迫ってきた霊に咄嗟に手に持っていた布袋を、紐を手にひっかけた状態で遠心力をつけながら叩きつける。
するとそれを頭にくらった霊は霧が散るかのようにあっさりとその姿をかき消した。
「ほう。リーチの短い短木刀にそんな使い方があるとは。考えたな」
「いや、んなこと考えてませんよ!? まぐれですよ!?」
暢気に感心してる月紫部長につっこみながら、布袋の中から短木刀を引っ張り出す。
夏服では隠し場所もないので袋に入れて持ち歩いていたわけだが、やはり咄嗟に抜くことができないか。まあ今みたいに直接持たずに叩きつけても効くということが分かったので良しとしとこう。
「危ないトキオくん!」
「ギャアス!」
「ぎゃあ!?」
そしてその間にも幽霊の内の一体が俺に迫っていて、殆ど目の前で七海先輩の薙刀が入った袋で叩き潰されて悲鳴をあげた。俺が。
「グイデー!」
「オレノー!」
「何故俺の方にばかり来る!?」
「君が私たち三人の中で一番弱いからに決まっているだろう」
「ですよね!」
結界にはりついていた霊たちが次々と俺へと標的を変えるのを見て思わず叫べば、月紫部長から至極ごもっともな説明がきた。
情けないが仕方ない。月紫部長は言わずもがな。七海先輩だって俺と同じ素人ではあるが異能に目覚めて一年の差がある。
霊力はそれなりにあるのに守りが薄い俺は彼らからすればさぞかし美味しそうに見えることだろう。
だからといって一方的に守られるつもりはない。納得するのと諦めるのは別だ。
せめて足はひっぱらないようにと決意し短木刀を構え直す。
「ハッ、トッ、ヤァッ!」
「うわっ」
次々と襲いかかってくる霊たちを七海先輩が長物を扱ってるとは思えない機敏さで切り伏せていくが、それでもうち漏らしたものが来るので短木刀で薙ぎ払う。
数が多すぎる。大体俺は七海先輩と違って武道経験者でもないのだから、反射的に短木刀を叩きつけてるだけで余裕も何もない。
「ちょっキリがないですよこれ!?」
「だな。隙を作るからその間に学園内へ逃げ込め」
すると月紫部長が何やら構えを取る。
もっともそれは拳を握り腰を低くした言葉通りの武道の構えであり、何か術を使うようには見えない。
「――喝ッ!」
一体何を。そう聞こうとした瞬間放たれた裂帛の気合が耳を突き抜け体が硬直した。
同時に感じるのは周囲に広がっていく清廉な霊力だ。
そしてただそれだけのことで、蜂の群れを思わせるほどいた霊たちが一人残さず消し飛んだ。
「……隙を作る?」
「どうやら予想以上に弱かったようだな」
隙を作るどころか一掃してしまったというのに、当の月紫部長は期待外れだと言わんばかりに頭をかいている。
やっぱ普段はアレだけどすげえよこの人。一体一体潰してた俺や七海先輩の苦労はなんだったのか。
「というか今の何ですか? 術とかじゃないですよね」
「む? 以前言っただろう。低級な霊ならば気合を入れれば祓えると」
「ちょっと『祓える』の規模が予想していたよりもでかいんですが」
憑りついてるのを引き剥がす程度の意味だと思ってたのに、除霊までいくのかよ。
いやでも修験道というのは他の流派より気合というものを重視するらしいからそのせいなのだろう。
退魔師が全員あんな気合だけで幽霊一掃できるわけではない。……はず。
「おー、急に数が減ったと思ったらおまえらか」
「ヤンキーさん?」
不意に声をかけられ視線を向ければ、そこには丁度結界の境目にあたる校門の中に立つヤンキーさんがいた。
どうやら「入口」である以上どうしても守りが薄くなる校門を守っていたらしい。
他にもいつもは石膏像の中に入っている美青年や、資料として置かれている侍の鎧などが……?
「一般人にも見える怪異が堂々と出歩いてる!?」
「あ? 仕方ねえだろ。荒事に向いてるやつが足りねえんだよ」
俺の言葉にため息をつくヤンキーさんと申し訳なさそうに縮こまる鎧武者。見た目の割に謙虚な方ですね!
というか一般人には見えないのをいいことに全裸でなんかポージングしてる青年は荒事向きなのか。
慣れてるのか月紫部長も七海先輩も何も言わないけど普通に公然わいせつだろこれ。
「まあ世の中には生殖器崇拝というものもあり生殖器には神聖な力が宿るとされているしな」
「え? じゃあもしかして彼は悪霊を追い払うためにあえてあんな格好を?」
「いや、こいつはただの露出狂だ」
「フッ。私の体に恥ずかしい部分などない!」
「黙れや」
自信満々に両手を上げ胸をはる青年。実は真面目な理由で全裸なのかと思ったら違った。
この場に居るということは本当に悪霊に効果はあるんだろうけど。
「しかし状況はどうなっている。そこの侍が人目も気にせず動いているということは余裕がないか、それとも生徒全員気絶でもしたか」
「余裕がない方だな。一応入ってくるやつらはここで俺らが全部止めたが、校内にいきなり湧いたやつが野放しになってる。ここは俺らで見とくから、おまえらで何とかしてくれ」
「了解した。行くぞ二人とも」
「はい」
颯爽と歩き始める月紫部長を先頭に、何かが湧いたという校舎へと向かう。
できれば予想は外れていてほしいなと思いながら。
・
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「強い穢れが流れてきているな。位置は北校舎の一階の東寄りか」
校舎に入るなり原因を探り当てたらしい月紫部長のお言葉。
北校舎の一階は俺たち一年生の教室であり、東寄りということは数字の若いクラスである。
つまりは俺のクラスである可能性が高まった。やったぜ!(自棄)
「まさかこっくりさんにハンドさんが混ざってたせいで何か変なことに?」
「それだけの理由でここまで強い穢れをもった存在が呼び寄せられるとは思えんが。もしかして参加した人間の中に精神的に不安定な者が混ざっていたりしなかったか?」
「あー……」
精神的に不安定。そう言われて改めて考えてみると、黛のあのやたら攻撃的な態度は心に余裕がなかったせいなのだろうか。
だが幽霊なんて居ないと断言していた黛が、ちょっと精神的に不安定になった程度で悪霊を呼び寄せるか?
「ともあれ現場に行くしかないか。下校時間までにケリをつけないと、あの侍が目撃される確率が高まる」
「意外に常識的みたいですから時間になったら隠れてくれるんじゃないですか」
逆にあの全裸は隠れることなく見せつけてくるだろうけど。
一般人には見えないのが幸いだ。
「あら? アレは何かしら?」
「え?」
北校舎へと続く渡り廊下を歩いていると、校舎の入口の前に陣取るように何か白くて小さな塊が居ることに気付く。
「……にゃーん」
あと数歩という所まで近づくと、それは背を向けて丸まっていた猫だったらしく、頭を上げてこちらへと振り向くと待ちわびていたかのように小さく鳴いた。
よくよく見てみれば、以前俺が呪いで弱っていた時に生首のおっさんを追い払ってくれた、やけに上品な白い毛皮の猫だった。
「これは珍しいな。こんなに若い猫がこれほどはっきりとした形で現世に留まっているとは」
「え゛!?」
白猫のあごを撫でながら漏らした月紫部長の言葉に思わず変な声が出た。
普通の猫ではないだろうと思っていたけど霊だったのか。
えらく姿がはっきりしてるからたまたま幽霊見えるだけの普通に生きてる猫なのかと。
「分かるわ。見え過ぎるとたまに生きてるのか幽霊なのか分からなくなるのよね」
「霊能力者あるあるだな」
そんなあるある体験したくなかった。
ちゃんと見分けられるようにならないと、一般人からしたら何もない場所に話しかけたりしてる変人じゃねえか。
「しかし今はこの子に構っている暇はないな。通ってもいいかいお猫さん」
月紫部長がそう声をかけると、白猫はふるふると否定するように首を横に振った。
というか普通に話通じるんかい。霊になってるせいなのか、それとも生前から頭がいい猫だったのか。
「む? 何故だ? 心配せずとも私はそんじょそこらの悪霊程度にはやられたりしないぞ」
「あの、もしかして自分も連れて行けと言いたいのでは?」
「……そうなのか?」
俺の言葉を受けて月紫部長が問い直すと、白猫は今度は肯定するように首を縦に振る。
これは完全にこっちの言葉理解してますね。
「しかし何故……と聞いている暇もないか。望月。君が守ってやれ」
「了解。ほら、おいで」
「にゃーん」
俺が手招きをすると「お世話になりますわね」とばかりに一声鳴いて、素直に寄ってくる白猫。
しかし守れと言われたものの、生首のおっさん蹴り転がしてたのといい、下手をすればこの白猫の方が俺より強いのではなかろうか。
ともあれ、この白猫は連れて行かなければならない。そんな気がした。
あの時。帰り道に偶然見かけた黛が居た場所に置かれていた花。
あの白い花とこの白い猫が重なるように見えたから。




