大切なものは目に見えない2
クラスメイトが道端で不審なことをしていた。
これがヒューマンドラマを主軸にした物語とかなら主人公が首をつっこんで話が展開していくのだろうが、俺にそんなコミュニケーション能力はないし、そもそも無関係な問題に自分から関わるほどお節介な人間でもない。
というかぶっちゃけると黛みたいな口調がきつい女子は苦手だ。
むしろ関わりたくない。
「お。おまえもついにこの心臓破りの坂に屈したか」
学園へと登校途中。校門前の長い坂の前で自転車をおりると、いつの間にか隣に居たヤンキーさんが何故か感心したように言う。
そういえばこの人も元地縛霊で現学園の守護者な割に結構広範囲をうろついてるな。
まあ学園の守護者と言うのは自称なので、現在具体的にどういった状態なのか割と謎な霊だけど。
「体力的には問題ないんですけどね。暑いんですよ」
「なんだ。暑いの苦手か」
「苦手ではないですけど寒い方が好きですね」
「おー確かにな。寒いのは気合でなんとかなるけど暑いのはな」
別に俺が寒いのが好きなのは気合でなんとかなるからではないのだが、言っても仕方ないのでスルーする。
というか幽霊なのに暑さ寒さを感じるのだろうか。
「そういや最近学園の結界が少し弱まってんだけど、何か校内で馬鹿やってる生徒の話とか聞いたことないか?」
「そもそも学園に結界あるのが初耳なんですけど」
その割にはフリーダムに幽霊がうろつき回ってるが。
おっさんの生首とか。
「人の出入りが多いからな。弱いやつが紛れ込むのはある程度は仕方ねえんだよ。あと人に悪さしない代わりに結界に協力してる霊とか妖怪も中にいるぞ」
「マジかよ」
それはつまりは月紫部長の言っていた善霊のハンドさんとかか。
というか妖怪もいるのかよ。俺は特に見たことないからトイレの花子さんとかか。
「他にもモーツアルトの霊とか居るぞ。尻から尻尾生えてたけど」
「動物霊の騙りじゃないですか」
まあ自称偉人の霊なんて大体そんなものだろう。
ともあれ結界が弱まっているのは確かなようなので、今後少し注意して周囲を観察することにした。
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さて。注意して観察してみたものの、結界の弱まるような原因は特に見つからず、代わりに思っていた以上にこの学園には異常な存在が多いことに気付いた。
ヤンキーさんも言ってた尻尾生えてるモーツアルトだとか、大便器の中から手招きしてる腕だとか、石膏像に宿って見られることに恍惚としてる美青年だとか。
今まで余計なことに巻き込まれないように敢えて見ないようにしてたのだが、一度見ようと思えば怪異のオンパレードだ。
そしてさらに恐ろしいのは、それらから特に嫌な感じはしない、結界に協力してる側だということだ。
つまり変質者にしか見えないような連中も分類的には悪霊ではなく善霊寄りである。
いっそ悪霊であってくれたほうがある意味安心できた。
「何やってんのよアンタたち!?」
さて。そんなこんなで放課後になったわけだが、帰り支度を終えてふしぎ発見部へ行こうと席を立ったところで、黛の甲高い声が教室に響き渡った。
「なにって、こっくりさん」
「流行ってるんだよ最近」
そんな黛に対してニヤニヤと意地の悪そうな笑顔を浮かべながら返す数人の女子。
高校生にもなってこっくりさんて。しかも流行ってるって。
いや本当に流行ってるかどうかは怪しいな。何せ――。
「あれ? もしかして黛さん恐いの?」
「恐くないわよ!」
こんな分かりやすい挑発をして黛を乗せてしまっているのだから。
そもそも先日俺が思った通り、黛は普段そんなに強く自分の意見を主張するようなタイプではないらしい(中里談)。
しかも話しかけた相手はみんな大好きイケメン新田だ。
大方「あいつ最近調子に乗ってるからからかってやろうぜ」といった所だろうか。
その手段が何故こっくりさんなのかは分からないが。
「でもねえ。祟られたりしたら恐いからやりたくないんでしょう?」
「やってやろうじゃない!」
そしてこんなに簡単に挑発にのる黛は将来大丈夫だろうか。
こっくりさんは一応は降霊術の一種であり、素人でも危険なことになるという話は聞いたことはあるが……。
「こっくりさんこっくりさん」
「……」
女子たちが十円玉に手を伸ばす中に、当たり前のように混ざってるハンドさん。
心なしかウキウキしてるのは楽しんでいるからか。楽しんでいるのか。
しかしハンドさんが参加してるなら大事にはならないだろう。というかこの場合はハンドさんが降りてきた霊なのか?
ともあれ大きな問題も起きそうにないので、俺はこっくりさんで盛り上がる女子たちを尻目に教室を後にした。
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さて。今日も今日とてふしぎ発見部へ顔を出したわけだが、いつもとちょっと違う光景が広がっていた。
「む。来たか望月」
そう言ってこちらを見てくる月紫部長だが、標準装備の黒マントと学帽がない。
一瞬誰かと思った。
いや昼休みに弁当食べるときには脱いでるけど、俺が入室した時点で既に脱いでることってあまりないし。
「月紫部長もついに暑さに屈したんですか」
「それもある」
あるんかい。
何やら腕組みをしながら頷いている月紫部長だが、一体何に納得しているのか。
まああの衣装は生徒会長に代々伝わってるものだから、恐らく月紫部長も去年は着ていなかったのだろう。
つまり実際に着て夏を迎えてみたら予想以上に暑かったと。
「何より今からちょっとした調査に出かけるのでな。以前も言ったが冷房がないと流石の私もアレは暑い」
「調査ですか? ということは表の文化系の?」
「そうとも言えるし、そうとも言えない」
どっちや。
月紫部長にしては珍しくハッキリしない言葉だ。すると七海先輩も不思議に思ったのか首を傾げながら疑問を漏らす。
「調べてみないとどちらの案件か分からないってことかしら?」
「ああ。依頼内容はとある放置された神社の祭神が何なのか調べるということだ」
「依頼? それに祭神が何かって……」
そんなものどう考えても一学生に依頼することではないだろう。
資料が残っていないのなら、それこそ地元の歴史にでも詳しい大学教授にでも聞いた方がいいのではないだろうか。
「そうだ。私たちのような学生がちょっと調べて分かるようなモノならわざわざ依頼してこないだろう。つまり霊視などを用いて霊的な観点から探し出せと暗に言っているわけだ」
「じゃあ完全に裏の話では」
「ああ。だがそこで問題になってくるのが、これを依頼してきたのがとある真っ当な公的機関だということだ。しかも深退組を通さずに、私個人へではなく、ふしぎ発見部へだ」
なんだか聞き慣れない単語が出てきた。しんたいそ……新体操?
だが言いたいことは大体分かった。要するに内容は思いっきり裏の依頼を、表の組織がただのクラブ活動に依頼してきたと。
ただしふしぎ発見部を名指ししてきたということは、ふしぎ発見部の裏の活動内容を知った上でだ。
「……もしかして月紫部長機嫌悪いですか?」
「ほほう。よく分かったな」
俺の問いににっこりと普段見せない満面の笑みを浮かべる月紫部長。
うわやっべえ。見惚れるくらい可愛いのにすっごい寒気がする。
そりゃそうだろう。月紫部長は俺や七海先輩みたいなアマチュアとは違って、幼いころから修行をつんでいるであろう、いわばプロだ。
今回の依頼は見ようによってはそのプロをタダでこき使おうとしている。なめてんのかと思うのも仕方ないだろう。
「さあ行くぞ諸君。さっさと終わらせて調査結果を叩きつけてやる」
「了解」
それでも調査はきっちりやるのはやはりプロだからか。
ともあれ霊視というなら見鬼である俺や七海先輩の出番もあるだろう。
霊視できたところでその霊視したものが何なのか分からないから結局月紫部長頼りになるだろうけれど。
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さて。そうしてやってきたのは学園があるのとはまた別の山のふもとにある神社なのだが、これがまた予想以上に寂れている。
何年放置されているのか参道にすら落ち葉が降り積もり厚い層を作り、拝殿はところどころが朽ちて崩れている。
下手をすれば雨漏りでもして中も酷い有様になっているのではないだろうか。
「なんというか。神社特有の空気をまったく感じないんですけど」
「これは祭神との繋がりが残っているかも怪しいな。まあそれはそれで一つの結果といえるが」
そう言いながらずんずんと敷地内の奥へと向かう月紫部長。
一方の七海先輩を見れば、入口近くにある狛犬を興味深そうに観察している。
もしかして妖怪だけではなく狛犬も好きなのだろうか。
「んーそれもあるけれど。神様がもう居ないにしては穢れがあまりないのよね。だから狛犬が守ってるのかと思ったのだけれど」
「……狛犬も中身空っぽですね」
「そう。なのに何故こんなに放置された神社がここまで綺麗なのかしら?」
七海先輩が言う綺麗というのは霊的な意味だろう。
この神社は見た目の汚れっぷりに対して穢れが少ない。普通は物理的な意味での汚れと霊的な穢れは比例するものなのにだ。
つまり物理的に管理する人間が居ないのに、霊的にここを守っている何かが居る。
「神様ならご神体でもあるんでしょうけど。そうじゃないとなると」
「何かが住み着いてるとかでしょうか」
「ほいほい」
「……」
七海先輩と話しながら奥へと進んでいると、唐突に何か変な相槌が入った。
「……」
「……」
お互いに無言で視線を交わす。
今のは七海先輩の声でなければ、当然俺の声でもなかった。
一人で先に行ってしまった月紫部長でもない。
「……ほいほい!」
「ええ……」
どうしたものかと悩んでいたら、いきなり七海先輩が先ほどの声を復唱し始めた。
一体何をと思ったのだが……。
「ほいほい」
「ほいほい!」
「ほいほい」
「よいさ!」
「よいさ」
「どっこいしょ!」
「どっこいしょ」
「はいさ!」
「はいさ」
「いや、どういうこと!?」
どこからともなく掛け声が返ってきたと思ったら、そのまま謎の声と代わる代わるリズミカルに声を出し合いながら移動していく七海先輩。
何だこの状況。
もしかして操られてるのかと思って七海先輩の顔を見たが、いつかの河童の源さんを見た時と同じような笑みを浮かべている。
つまりこの声の主は妖怪ですね分かります。
「そいや!」
そして拝殿の入口へ辿り着いたと思ったら、掛け声と共に勢いよく扉を開け放つ七海先輩。
「そいや!?」
そして開け放たれたそこに居たのは、掛け声を出しながらも驚いている様子の小さな子供。
もっとも見るからにただの子供ではなく、背丈を越える長い棒を右手に持ち、全身を覆うほど長い髪に包まれている。
一体どんな妖怪かと警戒したのだが――。
「倉ぼっこだわ!」
「倉ぼっこ!?」
俺の警戒なんぞ気にもせず、七海先輩がその子供のような妖怪を勢いよく抱き上げた。
※倉ぼっこ。
倉に住み着く座敷童のような妖怪。倉を守護するとされているが、いなくなるとどんどん廃れていくという。
いや倉ぼっこて名前の通り倉に居るものだろう。何で神社に居着いてんだ。
「住んでた倉が壊されたから引っ越してきたそうよ」
「え? 何で喋ってないのに分かるんですか」
「え? 何となく」
抱き上げた倉ぼっこを撫でまわしながら当然のように言い放つ七海先輩。
マジかよ。
この妖怪大好き女ついに言語を超越しやがった。
「何だ。祭神が見つかったのかと思えば倉ぼっこか」
騒ぎを聞きつけたらしくこちらへ来た月紫部長が納得したように言う。
居たのが倉ぼっこなのはスルーなのか。もしかして神社に倉ぼっこ居るの珍しくないのか。
「妖怪が住み着いているということは、ここには完全に神はいないと見るべきか。長い間参拝する人間も居なかったようだし、当然と言えば当然か」
「まあ変なものが住み着くよりはいいんでしょうけど」
倉ぼっこは座敷童に近い妖怪だから悪いことにはならないだろう。
住んでた倉が壊されたにせよ何故こんな寂れた神社に来たのかは分からないが。
しかし祭神が居なければご神体すら見つからないとなれば霊視もするだけ無駄だろう。
最早打つ手なしといったところだろうか。
「それこそ正式な依頼なら神の気配を辿って降霊でも試みただろうが。そこまでやる義理はないな」
なるほど。プロとしてもロハで動くのはここまでらしい。
神を降ろすとなればそれなりに手間と時間がかかりそうだし当然か。
それにしても降霊――。
女子たちがやっていたこっくりさん。ハンドさんがいるので大事にはならないだろうとふんでスルーしたが、やはり止めた方がよかっただろうか。
それこそハンドさんにもどうにもできないようなヤバいものが降りてくる可能性もあるのでは。
「確かにこっくりさんは危険だが、あんなものは九割以上は思い込みだぞ」
「ええ?」
九割以上が思い込みなのに危険? どういうことだ。
「まずこっくりさんは『狐狗狸』などといういかにもな漢字があてられているが、その起源は西洋のテーブルターニングという降霊術で、確立したのも1900年代と最近のことだ。テーブルターニング自体には色々と来歴があるのだが、十九世紀以降に素人の間で流行りだしたものはやり方が怪しいし。そのテーブルターニングからさらに派生して文字が書かれた紙だの硬貨だの使うように変形したのだから、こっくりさんに呪術的な意味はないに等しい。それでも動くのはダウジングと似たようなものだ」
「ああ。無意識のうちに動かしてるんでしたっけ」
さっき教室でやってたのはハンドさんが混ざってたから無意識じゃなくても動くだろうけど。
そういうのが九割に含まれない思い込み以外の何かということだろうか。
「じゃあ逆になんでそんな何の力もないはずの降霊術『ごっこ』で一割危険なことになるんですか?」
「それはこっくりさんが既に『降霊術』として周知され信じている人間がいるからだ。いわば『信仰』だ。信仰というものはときに理屈を越える。強く求める心が得体のしれない何かを呼び出すこともあるだろう」
「信仰……」
それは確かに強力で時に危険なものだろう。
信じる者は救われる。それは時に逆に作用することもある。
「まあたまに憑りつかれだのと騒ぎになるが、それも大抵は思い込みだ。退魔師ではなく精神科医の領分だな」
「もしかしてお祓いに呼び出されたら空振りってことがあるんですか?」
「ああ。もっともその場合も一応祓うフリはする。祓われたという思い込みで回復する場合もあるのでな」
「なるほど」
思い込みには思い込み。
ある意味単純な話だ。
「まあそういうことだから、今後こっくりさんはしないよう教師から通達してもらった方がいいかもしれん。思い込み以外にも、もしかすれば私たちが見つけてない異能者が混ざっていてうっかり何か呼び出しているかもしれん」
「だから何でフラグを立てるんですか」
まあバロウギツネの件ではフラグは回収されなかったし、現実でそんなに綺麗にフラグが回収されることはないだろう。
……そう思っていた時期が俺にもありました。




