大切なものは目に見えない1
妖怪やら幽霊などというけったいなものが見えるようになった俺だが、だからといってそれらに積極的にかかわるつもりはない。
確かに無害なものも多いのだろうが逆に言えば危険なものもいるわけで、かといって初見でそれを見抜くことなんてできるわけがない。
触らぬ神に祟りなし。
ふしぎ発見部での活動以外では基本的に無視しているのだが――。
「坊ちゃん! 新顔が近くに越したんで挨拶に来ました!」
何故に俺に新入りの挨拶とかしてきてんだろうかこの阿呆狸は。
俺はここらの地主でなければ妖怪の元締めでもないぞ。
「えへへー。よろしくお願いします」
そういって頭を下げるのは、六歳前後ぐらいの赤いノースリーブのジャケットが印象的な少年。
だが少し注視するとその姿がブレて見えるので恐らく本来の姿ではないだろう。
亀太郎が紹介してきたということは恐らく狸か。
「お兄さん背中に乗ってもいいですか」
「ダメです」
そして満面の笑みでそんなことを聞いてきたが、先日あんなことがあったばかりなので当然断る。
するとショックを受けたような表情をして涙目になる少年と「大丈夫。タイミングが悪かっただけやけん」と慰める亀太郎。
いやタイミング関係なく正体不明の妖怪を無防備な背中に乗せねえよ。というか用がすんだなら帰れ。
と言いたかったものの、見た目幼い少年が泣いているのに罪悪感を覚え、結局少年を背中にはりつけて登校してしまった。
別に悪さをするでもなく愉快そうに喜んでいただけだが、後で覚えておけよ亀太郎。
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「ああ。それは恐らく赤殿中だな」
「赤殿中?」
昼休み。
部室にて弁当を食べながら朝あったことを報告すると、月紫部長は即座に正体に辿り着いたらしくあっさりと教えてくれた。
※赤殿中
徳島に伝わる妖怪。赤い殿中(袖のない半纏)を着た少年の姿で現れおんぶをねだってくる。
正体は狸であるとされる。
「つまりバロウギツネの同類で亀太郎の同郷だと」
「まあおんぶお化けの類ではあるが、その中でも特に害のないものだな。背負ってやってもはしゃぐだけだ」
本当におんぶされたいだけなのかよ。
だから断ったときにあんなにショックを受けていたのか。
「しかし君としては不本意だろうが、そうやって妖怪の知己を得てネットワークを広げていくのは有用だと思うぞ。本当に危険な妖怪が来たならば事前に察知できるだろうしな」
そういう月紫部長だが、もしかしてそれを見越して俺に亀太郎の名付けをさせたのだろうか。
いや名付けがあそこまで上手くいったのは月紫部長も予想外だったみたいだし考えすぎか。
「ところで君は修業は好きか?」
「どんな質問だ」
修業が好きかとか人生で初めて聞かれたわ。
某強いやつに会いに行く人でもなければ「はい」と答えないだろそれ。
「いや、どうやら瞑想もサボっていないようだし君の霊力は順調に研ぎ澄まされているからな。ここらで荒行でもして一気に霊力を扱える段階に持って行こうかと」
「なんで荒行前提なんですか」
もっと普通に習得させるつもりはないのか。
そういえばこの人は修験道系の術者だった。いわゆる山伏。そりゃ山で修行とか凄いしてそうだよ。
「大丈夫だ。最近の荒行は事故が起こらないよう細心の注意をはらっている」
「俺が心配してるのは事故じゃなくてその前です」
そう反論はしたものの、この手のことで月紫部長は間違ったことは言わないので修業には渋々同意した。
なんだか順調に一般人から離れていっている気がする。
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「望月ー! ありがとな!」
時は流れて放課後。
帰り道で聞こえた「バーロウ」の件はどうなったのかと聞きに来た中島に解決したことを話すと、いきなり走り出したと思ったら缶コーヒーを持って戻ってきた。
わざわざ買ってきたのか。本当に律儀だなこいつ。
「しかし妖怪とか幽霊って本当にいるんだなー」
「おまえはあっさり信じすぎだ」
あっけらかんと言う中島だが、本当にこいつ変な声を聞いただけで自分では見たわけでもないのによく信じるな。
親友の新田がその手の被害にあったことを知っているからこその柔軟さかもしれないが。
しかしこの話はあまり教室ではしたくなかった。何故なら――。
「馬鹿らしい。幽霊なんかいるわけないじゃない」
こういう反応をしてくる人間が間違いなくいるからだ。
「なんだよ黛。いきなり話に割って入るなよ」
「アンタたちが馬鹿みたいな話してるからでしょ」
そう高圧的な態度で絡んできたのは同じクラスの黛……名前何だっけ?
とにかく同じクラスの女子の黛だ。
しかし意外というか。確かにこの手の絡み方をしてくる人間がいるのは予想していたが、黛は普段そんなに他人に積極的に話しかける人間ではなかったはずだが。
まあ俺の対人間の観察眼がポンコツなのは中里によって散々指摘されているので、あまりあてにならないだろうが。
「幽霊なんて非科学的なものの存在信じてるなんて、本当に男子っていつまでたっても子供ね」
「わざわざつっかかってきてるおまえもがっ!?」
「ハハッ。ごめんね黛さん。荒唐無稽な話して」
黛の言葉に反論しようとした中島だったが、新田がその口を塞ぎ爽やかな笑顔を浮かべながら謝罪する。
流石だイケメン新田。謝っているようでいて相手をするのが面倒なだけの大人の対応だ。
「ふん。望月もあんまり変なこと言わない方がいいわよ。頭の出来を疑われるから」
そう言って俺の方を見てくる黛だが、俺は何も答えられなかった。
何故なら――
「……」
俺の視線の先。黛の頭の上に鎮座する手首から先だけの人間の手。いわゆるハンドさん。
そのハンドさんは何やら人差し指を立てて左右に振ると「はあ。まったくしょうがないなこのレディは。俺たちみたいなホットな存在を否定するなんて人生の損失だぜ。まあお嬢ちゃんには俺みたいな大人の男の魅力はまだ理解できないかな☆」といった感じのジェスチャーをしている。
これを見て笑うなと言うのが無理な話なわけで。
「ちょっと聞いてんの望月」
「……」
眉をつりあげる黛の頭の上で繰り広げられるハンドさんオンステージ。
俺はなす術もなく口を押えて笑いを堪えるしかなかった。
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新田のフォローもありなんとか黛(とハンドさん)の猛攻から逃れられたが、一体あの黛の勢いは何だったのだろうか。
あとハンドさんは何故あんなに自由なのか。
完全に霊を否定している黛の影響を受けて居辛くなったりしないのだろうか。
「確かに霊の存在を信じない人間は霊の影響を受けづらいが、まったく影響がないわけはない。何より危険な状態を招く可能性もあるぞ」
ふしぎ発見部へと顔を出し先ほどあったことを話すと、月紫部長から意外に真面目そうな返事が返ってきた。
「危険な状態?」
「幽霊が居ないという程度ならまあまだ大丈夫だろうが。神仏や先祖の慰霊まで否定するような段階になると自身の霊的な守護まで失うことになる。つまり生身の人間でも弾ける程度の低級な相手はともかく、それ以上の相手にはまったく無防備な状態になるわけだ」
それは確かに危険だ。
いわゆる守護霊がいない状態となれば、悪意を持った相手からすれば格好の獲物だろう。
「だからハンドさんが頭の上であんなに踊り狂って……」
「いや。君の言うハンドさんはああ見えて善霊だから霊的守護は関係ない」
マジかよ。
確かに生首のおっさん排除してくれたりしたけど。
「まあ日本人は無宗教なようでいて葬式はやったり神社に参拝したりするしな。それほど深刻な状態になるほど否定する人間と言うのは希だろう。まだ若い故にムキになっているだけという可能性もある」
「何処から目線だよ」
アンタまだ俺たちと一つ違いの十七才だろうが。
見た目は大正時代に放り込んでも違和感なく馴染みそうだけど。
……いや大正時代にもこんな格好した女子いねえよ!?
「それにしてもトキオくんちゃんとクラスメイトと馴染めだしたのね。安心したわ」
「何処から目線だよ」
今度はこっちが変なことを言い出した七海先輩につっこむ。
というか俺がクラスメイトどころか学園中から奇異の目で見られ始めた原因の一端はアンタだろうが。
「何処からって……頼れるお姉さん?」
「何言ってんですか。確かに頼りにはしてますが」
その前に色々と相手していて疲れるから自重してくれ。
そう続けようとしたら、何故か目を輝かせてこちらを見ている七海先輩に気付き嫌な予感がする。
「部長! デレた! トキオくんがデレたわ!」
「ああ。今夜は赤飯か」
「うるせえよ!?」
アンタら俺の何なんだよ。
今日も絶好調に変人な先輩二人にとても疲れた。
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「まったくあの二人は」
下校時間となり、特に体を動かしたわけでもないのに疲労した体で自転車をこいで帰路につく。
そういえば朝登校した後に背中にひっついていた赤殿中をその場でリリースしたのだが、無事に帰れたのだろうか。
帰らずにその辺の人の背中にまた乗っているのかもしれないが。
「うわ。なんでこんな時間に」
いつものように大きな国道沿いを走っていると、何やら工事をしており全面通行止めとなっているのに出くわす。
もう日も暮れそうだというのに何故こんな大通りを。
いやもしかして日が暮れそうだから始めたのか?
ともかく迂回しなければならないが、田舎町というのは道が複雑につながっている割に行き止まりも多く、大通りが使えないと大幅に遠回りをさせられることが多い。
しかも普段寄り道もせずに通り過ぎる地域なので、どの道がどう繋がっているかなどさっぱり分からない。
なので少し迷い右往左往としながら自宅を目指していたのだが――。
「……黛?」
街灯もガードレールもない。僅かな住宅と田畑の広がる道の最中、見知った顔が佇んでいるのが目に入る。
「……」
その人影はすぐに移動してしまい後を追う気にもならなかったが、気になるのはその佇んでいた場所だ。
何の変哲もない田んぼのあぜ道のすぐそば。
そこに白い花が置かれていた。
もしそれを置いたのが先ほどの黛だとしたら――。
「……まあ俺には関係ないか」
想像力が逞しくなりそうなのを中断し、地面を蹴って自転車を走らせ始める。
何だか嫌な予感がするのを無理やり無視しながら。




