忘れた男
私は 忘れた
アルツハイマーを 忘れた
そう診断された日も 忘れた
私は 忘れた
いつも持っている時計を 忘れた
忘れたことなどなかったものを 忘れた
私は 忘れた
家族との約束を 忘れた
ピクニックに行くはずだった らしい
私は 忘れた
息子が小学校にあがるのを 忘れた
入学式には出てやると 思っていたはずだ
私は 忘れた
久々にあった友人の名前を 忘れた
やがて思い出すことすら 忘れた
私は 忘れた
目の前にいる大事な人の名前を 忘れた
忘れるはずがない大切なものすら 忘れた
息子は 忘れた
私が父であることを 忘れた
長い間、出張して帰ったことだ 昔のことだ
息子は 忘れた
それでも何度も話しかけたはず 忘れてきた
そして、最後は思い出してくれた 昔のことだ
私は 忘れた
たくさんのことを 忘れた
自分のことも 忘れた
何を忘れたかも 忘れた
でも
それでも
大切な人がいるということは 忘れなかった
それを家族ということも 忘れなかった
私は 思い出した
病気の診断されたことを 思い出した
家族に迷惑をかけぬよう 秘密にしたことを
私は 思い出した
ピクニックの日のことを 思い出した
薬がなくなり貰いに行くことと 悩んだのだ
私は 思い出した
息子は小学校ではなかった 思い出した
もう中学生だった「来るな」と 言われたのだ
私は 思い出した
友人の名前を
息子の名前を
妻の名前を
その日に私は二人を残した
私は 忘れていない
きっといつか二人が
残した遺書を読んでくれる
そう信じて
私は眠る