二
至倶那の乳母と侍女は灯也を快く受け入れてくれた。
初めての温もり。
そして誰よりも灯也を支えてくれたのは至倶那だった。
虐げられること、怯えることしか知らなかった子供に至倶那は根気よく向き合った。
柔らかな双葉が水を吸い込んでいくように、灯也は徐々に笑えるようになった。
至倶那には腹の違う兄弟が沢山いた。
妾妃とその息子達は、死んだ正妃の唯一の子である至倶那の存在が邪魔だった。
今のところ彼等に表立った衝突は無いが、時間の問題なのは明白であった。
妾妃の息子達は意地悪で、灯也は嫌いだった。
灯也が唯一家族と認識し、愛情を込めて兄と呼べる存在は至倶那だけだった。
灯也が馬に乗れる年になると、兄弟は二人きりでよく遠乗りに出かけた。
兄弟は見渡すかぎりの草原をどこまでも駆けた。
全ての景色が青々とした草原にたっぷり隠れるまで走ると、至倶那の瞳は透き通るような蒼に輝くのだった。
よく灯也は無邪気に言った。
僕がもっと大きかったら兄上の手伝いが出来るのに。
早く大きくなって、強くなって、兄上を邪魔する奴をみんなやっつけてあげるね。
それを口にすると、決まって至倶那は蒼い瞳に喜びとも哀しみともつかない微かな漣を立てた。
しかし、うむ頼むぞ、と微笑みながら灯也の頭を優しく撫でるのだった。
灯也は自分の言葉がゆくゆく孕む危険を知るにはまだ幼すぎた。