一
灯也の母は身分の低い女だった。
王のなさけを一夜受け、そして彼女は自分の命と引き換えに灯也をこの世に産み落とした。
幼子に向けられたのは、蔑み、妬み、嘲り。
灯也にとって、城は巨大な牢獄だった。
無関心の方が有り難かった。
父のように。
父は気まぐれで相手をさせた卑しい女と、その腹から生まれた息子の事など、どうでもよかったのだろう。
灯也の存在は黙殺され、黙認された。
灯也は城の一番下層の使用人達と生活を共にするしか生きる道は無かった。
ある日、一人の青年が現れた。
青年に気付いて、灯也を汚物が入った桶に鍬で押し込んでいた男の手が止まった。
周りで下卑た笑い声を上げていた大勢の男女の動きも止まった。
恐ろしいほどの静寂の中、灯也の小さな啜り泣きだけが流れていた。
さんさんと降り注ぐ光よりも眩しく、青年は壁画から抜け出た神人のように美しかった。
そして狂暴な程の怒りに満ちていた。
人々は彼の双眸が凍てついた蒼い炎で煌めくのに恐怖を覚えた。
青年は真っ直ぐ桶に歩み寄ると、両手を伸ばし灯也を抱き上げた。
見るからに高価そうな服が容赦無く汚れたが、青年は全く気にしていないようだった。
青年は弱々しく泣き続ける灯也を胸に抱いたまま、無言で広場を後にした。
その姿が消えてもなお暫く、人々は金縛りにあったかのように静止していた。
それが国の第一王子、至倶那だった。