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ANTI

 八九郎が撤退した先はあの道路から通路を少し進んだ先の建物の中だった。まだ建設中で二階部分が雨ざらしになっている。その建物の一階部分、まだ塗装などが済んでいないのか壁や床にブルーシートが敷かれていて、そこの上に八九郎は腰を下ろした。

「ふぅー……」

 そうして一息をつく。息が上がっていたわけではないが、色々と突然だったので体にはわずかに疲労を感じられた。開発途中区域に大きな被害を出すわけにはいかないため、体温を上げすぎないようにしているせいもあるだろう。身体強化が不十分なのだ。実際、八九郎が本気で際限なく体温を上げれば……勿論地球環境そのものの破壊には気を付けなくてはならないが、しかし周辺の建物への被害を考えなくていいというだけでも状況はかなり違ったはずだ。対物ライフルもレーザー兵器もものともせず、八九郎の勝利までは一瞬だったはずだ。

『しかし、本当になんなんでしょうあのロボット。状況から考えるに、六道側の兵器であることは確かでしょうけど……あんなものを作れるだけの技術や資金が六道にあるのでしょうか』

「まあ、あったとしても、そもそも六道って野郎はこの三年間でリナリアを殺す方法を研究してたんだろ? あんなもん作る余裕は奴にはないさ」

 だが、それはあくまで六道にはないというだけで、六道以外の誰かならば、あのロボットの開発だって可能かもしれない。すでに八九郎には大方の予想はついていた。

「なあ桜庭。こいつは幻影人とかと同じラボラトリの都市伝説みたいなもんなんだが。政府が秘密裏に対超能力者戦のための戦闘兵器を開発しているって噂、聞いたことあるか?」

『聞いたこともないですし、興味もないですね』

「素っ気なさ過ぎんだろ! ちゃんと意味のある話なんだから聞けよ!」

『そんなに私とお話しがしたいんですか……? でもすいません私、裏方さんみたいな男の人はタイプじゃないんです』

 告白してもいないのに年下からフラれた。

 もう一々ツッコミを入れるのも面倒になってきたので、八九郎は勝手に話し始めてしまう。

 昨今の日本の情勢は決して平和とは言いがたい。表面上は何も起きてはいないものの、世間の超能力者に対する差別的意識は日々膨れ上がり、それに呼応するように超能力者が多数在籍する反政府組織の活動も水面下ながらに過激化しているという話もある。そんな状況の中、いずれ起こる可能性を示唆されている超能力者による大々的なテロ行為に対抗するため、政府が秘密裏に対超能力者兵器を開発している――――という噂話がラボラトリでは語られることが多い。

『それが、あのロボットだというんですか?』

 その噂話自体、最近出てきたものというよりはかなり前から存在して、定期的に話題の種となる類いのものだったので、八九郎も今の今まで信じてもいなかった。だが、あれがそうだと言えるだけの確証はある。

『根拠がある、と?』

「ああそうだ。根拠がある。だから断言できる。あれ対超能力者兵器だ」

 八九郎はおもむろに自分の視界の中央に右手を掲げて見せる。

「あいつの右腕、対物ライフルが四つくっついたようなものだったろ? お前は対物ライフルについてどれくらい詳しいんだ?」

『実物を見たのも初めてですし、凄く強いくらいの認識しか……』

「ああ、それでいい。間違っちゃいない。だけどあれは《凄く強い狙撃銃》なんだよ。あんな至近距離で人間に向けて撃つもんじゃねぇんだ」

威力過多オーバーキルということですか?』

「それもあるが……銃ってのには有効射程距離があって、当たり前だが近すぎても駄目なんだ。狙撃銃なら尚更、最も威力が発揮される距離は遠くなる。それをあんな至近距離で、四つも取り付けてガトリングみてぇにしてみたり――――対人兵器じゃなく対物兵器を名乗るには、明らかに効率が悪いことしてるんだよ」

 さらに言うなら、あのレーザー兵器と戦車砲のような砲台も違和感のある装備だった。八九郎はゲーム程度の知識しか持ち合わせていないため、今のレーザー兵器がどれほどの強さを誇るのかはわからないが、あれが装甲車や戦車、果ては戦艦や航空兵器に対して有効かといえば難しいところだ。アスファルトは貫通しても装甲は貫けないかもしれないし、何よりあのロボットが積んでいたレーザーの射程はそこまで長くはなかった。アスファルトの裏の建物にはなんの被害もなかったのだ。光線の光は届いても、それが威力を持つことが出来るのは近距離だと考えられる。あのレーザーは近距離武器なのだ。

 そして続いて使用された砲台。それ自体に違和感は感じない。八九郎が注視したのは打ち出した砲弾の方だ。もしもあのロボットが対物兵器だとしたならば、打ち出す砲弾は装甲を貫き内部に致命傷を与える貫通力に優れた弾丸を使用するはず。しかし打ち出されたのは手榴弾やグレネードに似た、いわゆる対人榴弾と呼ばれるものだった。爆発による衝撃と飛び散る破片により広範囲の人間を殺傷することが目的の砲弾。

 いずれにせよ、ライフルもレーザーも砲台も人間を相手に取るには明らかに強すぎる武器だ。だがしかし、兵器同士の戦いとして決して有効とは言えないものだ。

威力過多オーバーキルと非効率の同居ですか……確かにそれは違和感ですね』

「そうだな。だけど、多分あのロボットの基本的な趣旨は多分一言で済む」

 それは? と千歳に促され、八九郎は「ハッ!」と悪態をつくように言う。

「《とにかく殺せればいい》だろうよ。超能力者ってのは生身の人間の身体で、時には兵器なんかよりもよっぽど恐ろしい力を発揮する野郎どもだ。だから手っ取り早くそいつらを始末できる武器を積んだのさ」

 人を殺せる力があればなんだってよかったのだろう。ライフル、レーザー、砲台。並みの超能力者ならどれか一つを向けられた時点で死が確定するような強力な武器たち。

「そもそも人型って時点で兵器としてはナンセンスだぜ。二足歩行ロボットが戦況を左右するのはゲームの中だけの話だ。あれは多分、見た目のインパクトや印象で恐怖を煽ろうとしたんだろ。超能力者側に力と恐怖を誇示できれば、それだけで抑制できる戦力もある」

 言うなれば、あれは対物兵器でも対人兵器でもない、対超能力者兵器なのだ。あくまでも、超能力者と戦うために作られた兵器。

『…………あのロボット、肩に《ANTI》って書いてありましたよね』

「俺たち超能力者に対するアンチ、ってことか。ふざけやがって」

 皮肉を込められた侮蔑に八九郎は憤りを隠せない。それは世間に対して、そしてラボラトリに対しての怒りだ。きっと、自分たちが提供した超能力に関するデータは、超能力研究だけでなく、ああいった兵器の製作にも使われているのだろう。

『となると、あの研究員でしょうか。呉成実。彼がANTIの製作に関わっていたしたら、辻褄があいます』

 元々過剰な戦力を持つことができない日本だ。そんな中で対超能力者兵器の開発となれば、当然秘密裏に行われる。それに携わる研究員の情報も表に出てくることはない。呉の経歴に目立ったものがないというのも、そのためだと考えれば合点がいく。

 大方、試作機かなんかを無断で持ち出して使っているんだろう。

 政府が試作段階の兵器をここで使うことを了承するとは思えない。そもそも政府側としてはリナリアを殺されては困るはずなのだ。もし使用の許可が下りたとしても、その標的は六道とるはず。

 どんな目的があるのかはわからないが、今回の件は呉の独断。政府の意向に逆らう行為だ。

「そう考えると、六道側ってのは裏切り者の集まりなんだな……」

 政府を裏切った呉。鏑木を裏切った逆崎と六道。もう一人、忍花と名乗る謎の少女もいるようだが、もしかしたら彼女も何かを裏切って今の場所にいるのかもしれない。

 裏切り者の寄せ集め。

 彼らの行動も合わせて、それはまるで陳腐な悪役のようだと八九郎は思った。

『裏切り者、ですか……』

 その言葉に千歳は何かを感じたらしく、独り言のように呟いた。

『六道は一体、何を裏切ったんでしょうね』

 誰をではなく、何を裏切ったのだろう。

 そう言った彼女の言葉の真意を八九郎は図りかねる。

『きっと、愛生ならそれを――――』

 そこまでだった。続けて言葉を重ねようとした千歳の言葉が途切れる。正面、ブルーシートに覆われた部屋の壁が突如として砕け、空いた穴からANTIが現れたことを八九郎の視界で察知したのだ。

「もうお出ましかよ!」

 八九郎の読みでは、ANTIは動体探知と熱源探知によって人間を認識している。撤退の際に巻いた炎の壁はその二つの探知能力を無効化させるためのものだったのだ。しかし、建物に火を放ったりをできない以上、炎の壁の持続時間はそう長くない。ANTIが惹きつけられている時間も長くないということだ。

 わかっちゃいたが、いきなりくるとびっくりするな。

 心の中だけで文句を言いながら、八九郎は立ち上がり警戒の体勢を作る。ライフルか、レーザーか砲台か……。一体どの武装で来るのかと思っていると、動きを見せたのは左の肩だった。タンクのようなものに蛇口をもっと細くしたノズルがついた奇妙な構造。他の武装に比べ威圧するような印象は受けないが、しかし先程までの経験則から言ってあれも人間相手には威力過多オーバーキルな兵器に違いない。

 何が来ても対処できるように構えていた八九郎が見たものは青い炎だった。一見すると燃えているかどうかもわからない青白い炎がまるで先程のレーザー光線のように一直線に、こちらへ向けて飛んでくるのだ。

 すっと体を横にずらして、その炎の光線を避ける。すると青い炎は地面へと落ちて、そのまま燃え続けた。見れば飛んできた炎はただの火炎ではなく、燃え上がる液体燃料だった。ブルーシートや床に燃え移ったというよりは、単純に元の燃料によって燃え続けているだけのようだ。

 それだけでも、すぐに原理は理解できた。圧力によってさながら水鉄砲のように飛ぶ燃料に火を点けているのだ。そうすることで、まるでビームのように直進する炎が生まれる。

 つーか、火炎放射まで積んでんのか!

 あまりにも威力が目覚ましくて、放射というよりは直射のようになっているが、対人として優秀な兵器には違いない。落ちた炎がいまだに燃え続けているのを見るに、ただのガソリンなどではなく特殊な液体燃料だろう。一度体にその放射の一撃を貰えば、簡単に炎は消えないようにできているのだ。

 しかし、なんにしてもこの兵器が八九郎に対して意味を成さないのは確かだった。

「馬鹿にしてんじゃねぇぞ! こんなちんけな炎、俺の体温の半分の熱量もねぇぞ!」

 叫びと共に八九郎はANTIに向かって直進。直後、火炎放射による掃射を受けたが、気にすることはない。妙な臭いの液体を頭からかぶらされたようで不快だったが、燃え続けるはずのその液体は八九郎の熱によって一瞬で燃え尽きた。

「うるぅあ!」

 雄叫びと共に、八九郎は軽く飛び上がりANTIの巨大な右肩へ向けて拳を放つ。これ以上体温を上げられない以上、熱による破壊は難しいが、単純な打撃としての一撃ではある。

 完全にとらえたはずの一撃だったが、しかし直後に八九郎は驚愕する。自分がぶん殴ったはずの装甲板にはちょっとしたへこみはあっても、それだけで致命傷には至らず……何よりANTIが吹き飛ぶことなく持ちこたえたのだ。

 あり得ない。そんな思いが八九郎の体を固まらせる。その瞬間にもANTIは動いていた。左の肩のギミックが動き出す。奇妙な形の火炎放射器が引っ込み、代わりに出てきたのはアタッシュケースを縦に並べたような四角い砲台の束。今までの武装から考えると随分と小さなそれが個別に稼働し、ANTIの体勢はそのままに八九郎に標準を定める。八九郎は反射的に飛び上がり後退を試みるが、間に合わない。

 先程まで八九郎がいた位置に、ピストルの銃弾をそのまま大きくしたような弾頭が落ちる。それは地面にぶつかると同時に、ある反応を起こした。白い、蒸気のようなものが広がったと思うと、ぎりぎりそれに触れてしまった八九郎の左足が一瞬の内に凍りついたのだ。

「はぁ!?」

 驚きのままに声をあげながら、八九郎の頭は冷静に視界を捕らえる。八九郎の足を凍らせた白い蒸気はまだこちらに迫ってきている。理屈はわからないが、この蒸気は体温を上昇させている自分の足を凍らせたのだ。このままでは全身を氷漬けにされてしまう可能性がある。そこまで考えた八九郎の動きは速かった。手のひらを広げた両腕を前方へと突きだすと、そこから炎を噴射。それも広がるようなそれではなく、いくつもの噴射を一つに束ねたような集中的な炎の束を作り、その推進力で空中を横にスライド。空を飛んだのだ。

 前に帝に「お前は器用だし、空くらい飛べるんじゃないか?」とかテキトーなことを言われて以来練習していたことが、まさかここで役に立つとは……。

 驚きと共に八九郎は勢いをそのままに背中で壁を砕き、先程よりも少し狭い道路へと着地。

「いててて……さすがにこのくらいの強化で壁にぶつかると結構痛いもんだな」

『ちなみにお聞きしますけど、どのくらいの痛さなんです?』

「この前自転車で転んで下手に受け身取ろうとして逆に背中を強打した時くらいの痛さだな」

『痛いの基準がしょぼいですね』

「しょうがねぇだろ、そもそも傷つくことに慣れてねぇんだ」

 言いながら、ANTIの方向を見つめる。八九郎が壁を無理矢理砕いたことにより粉塵が舞っていたが、それでもあの巨体を確認できないほどではない。きゅるきゅるという音をさせながら、ANTIは八九郎と同じ道路に出た。

「しかしなんだあいつ……有り得ねぇだろ。俺の打撃を耐えやがったぞ」

『あれだけの分厚い装甲ですよ。全力の裏方さんならともかく、今の体温のあなたでは貫けないのも仕方ないのでは?』

「そうじゃねぇよ。俺が言ってるのはそこじゃなくて、俺の打撃を喰らって体勢を崩されても倒れることはなく持ちこたえたところだ」

 へ? と千歳が柄にもなく抜けた声出した。

『それはそんな驚くようなことなんですか?』

「昔はな、ロボットが二本脚で立つだけで拍手が起こって、それが歩いたらニュースになるような時代があったんだぞ」

 つまりそれだけ、人間の二足歩行というのは機械にとって至難の技だったのだ。二本足で歩く、なんて簡単に言うが、二足歩行というものは足さえ動けば何とかなるようなものではない。重心を支える下半身と、重心を保つ上半身、全身の動きがあって初めて成立するのが歩くという動作だ。前後に足を動かすことで絶えず変化するバランス、そこに地形や風の影響なども考慮して全身の筋肉でその変化するバランスに対応する。これを人間は殆ど無意識の内にやってみせるが、ロボットにとっては簡単なことではない。

 今の最新型のロボットは簡単なダンスをして見せたりもするらしいが、しかしそれはあくまでも事前に計算されつくした動きだ。そうではない、咄嗟の衝撃に合わせて対処し倒れないようにするロボットがいるはずがない。八九郎が行ったのは押すや、ぶつかるなんていう生易しいものじゃない。打撃という攻撃だ。

「そいつを耐え切るなんてのは、ちょっと普通じゃないぜ」

 いくらなんでもあり得ない、とそう繰り返す八九郎。ANTIはそんな八九郎に構うことなく、再び例の凍る弾丸を放ってきた。

 八九郎は両手から先程の火炎放射のような一直線の炎を噴射。こちらに向かって飛んでくる弾丸を空中で撃ち落とす。八九郎よりも少し遠いところで炎とぶつかった弾丸は、その場で砕け、また先程のように物体を凍らせる冷気を放つ。それは八九郎が放った炎をも凍らせる凄まじい冷気だった。

 液体窒素か、それとも何かの科学反応で冷気を作り出しているのか……?

 効果範囲はそれほど広くはないようだが、それでも体温を上げた八九郎の体を凍らせるほどの冷気だ。並みの人間ならすぐに全身氷漬けだろう。八九郎は先程凍らされた自分の足を見る。熱によって氷は溶けていたが、しかし強化による熱と回復能力がなければ腐り落ちていてもおかしくない。

 さながら氷結弾ってとこか。

 多分あれは自分のように炎や熱を使う能力者に対応するための兵器なのだろう。全身に浴びるわけにはいかない。そう警戒すると同時に、ANTIはすかさず動く。キャタピラを回転させ、右へ左へと移動しながら、右腕に取り付けられた対物ライフルをこちらに放つ。一度は見た攻撃。それも直進しかしないものだ。八九郎は難なくそれを避けるが、その頃には打ち出したライフルの四連ガトリングはガシャン、という音と共に一つ回転し、排莢と共にリロードを済ませている。そして二発目。続いて三発目、とガシャンガシャンと音させながら連続で八九郎に向けて発砲。こんな時でなければそのギミックは大いに八九郎を興奮させるものだったが、今は横に走ることでそれらを避けるのに精一杯で、それどころではなかった。

 そして、ライフルの連射に合わせて氷結弾も打ち込まれる。この短い相対で、こちらに有効な武装を学習したのだろうか。だがそんな思考を邪魔するように対物ライフルの馬鹿みたいな発射音が鼓膜を響かせる。

『八九郎さん。音が凄くうるさいです。どうにかしてください』

 千歳からの無茶な要求。だが八九郎も同じ気持ちだった。撤退までして体勢を立て直したのだ。後手に回る訳にはいかない。

 八九郎は両手から火の玉を作り出し、それを自分からは離れた位置に放つ。そして、自分の体温を瞬間的に平熱以下まで一気に下げた。そして、その場で静止する。熱を操る八九郎は体温を上げるだけでなく下げることもできるのだ。無論それでは強化が発動することはなく、ライフルが掠っただけでも死んでしまうようなひ弱な一般人になってしまうが……だがこれでANTIの熱源探知は八九郎を観測することができなくなったはず。

 周囲の温度と殆ど同一となった八九郎。予想通り、冷たい八九郎には見向きもくれず、ANTIは明後日の方向に飛んだ火の玉にライフルの銃口を合わせようと追いかける。

 今だ!

 八九郎は一瞬で体温を先程までの高温に戻す。そして全身から炎を噴き上げ、それをブースターとし爆発的な加速を行う。ANTIは再び八九郎の存在を感知するがもう遅い。がら空きとなった横っ腹に、加速した八九郎の全体重を乗せた拳がぶち当たる。

 ぐわぁん、と鉄同士がぶつかるような音が響くと同時にANTIが吹き飛ばされる。さすがにこれには体勢を保つも何もなかったようだが……

「駄目だ! 手ごたえが微妙だ。まだ動いてくるぞあいつ!」

 装甲の厚い胴体部分を狙ってしまったせいもあるだろう。装甲板は大きくへこんで全体に歪みが広がっているが、動けなくなるほどの致命傷ではない。

 もう少しくらいは壊せると思ったんだがな……。

 悔しそうに舌打ちをする八九郎の耳に千歳の言葉が届く。

『裏方さんがありえないと言っていた意味がわかりました……あのロボット、裏方さんの攻撃が当たる瞬間、重心を低くして衝撃を逃がす動作をしました。愛生とかがよくやる動きですが……普通の人間でさえ難しい駆動ですよ』

「妙に当たりが軽かったのはそのせいか」

 それにしても衝撃を逃がすなどという高度な動きをロボットが行えるというのは八九郎も驚きを隠し切れない。プログラム次第では不可能ではないのかもしれないが、それは机上の空論も同じで、実際はロボットの駆動域や反応速度などの問題が付きまとう。それをどうしてクリアできたのか。学者ではない八九郎の頭では考えも及ばないが、それがとんでもない技術であることは察しが付く。

「なんにしても、そんな動きをする以上打撃は通用しねぇな」

 すでにANTIは倒れた姿勢から立ち上がろうとしている。倒れたら倒れたままのような失態はないようだ。すぐさま八九郎は両の手のひらを地面へと向けてその手から再び炎の束を斜めに噴射。それにより空を飛び、一直線にANTIの前に躍り出る。そしてそのまま右肩の部分に全身で張り付くと、肩の接合部位を両手で持ち、足を動体部分で踏ん張り――――

「うおらぁあああああああああ!」

 そのまま、右の肩ごとANTIの腕を引きちぎった。

 打撃には強くても、こうした引っ張るような攻撃はあまり警戒されていなかったのだろう。腕部は今の八九郎の強化程度でも簡単に引きちぎれた。

 これでもう右の兵器は使えない!

 警戒すべき武器が一気に減ったことにより八九郎は勝機を確実なものとして見出したが、相手は対超能力者戦のために造られた決戦兵器。簡単には終わらせてはくれなかった。突如、ANTIの左腕の手首から先が駆動音と共に切り離される。それは八九郎や別の敵の攻撃とかではなく、ANTIが意図的にパージしたものだった。そして先のなくなった手首から飛び出したのは両刃剣。ANTIの体格から比較すると小さいナイフのようにも見えるが、人間サイズでは明らかに巨大な刃。それが腕を引きちぎった勢いで空中へと身を投げ出している八九郎やと振り下ろされた。

 どれだけの質量と威力を誇ろうと、今の八九郎の身体がただの剣に簡単に引き裂かれるようなことはないはずだが、油断はしない。八九郎は引きちぎったANTIの腕から手を放し、炎の噴射によって刃の起動から己の体をずらした。

 八九郎のいた場所を通過する刃。その瞬間、八九郎は〝うぃぃぃ〟という小さな振動音のようなものを聞いた。そしてANTI自らの腕に刃がぶつかる。途端八九郎の鼓膜に耳障りな甲高い音が飛び込んだかと思うと、八九郎の打撃でもびくともしなかった分厚い肩の装甲板がまるでバターを切るかのように両断されたのだ。

「高周波ブレードか!?」

 目に見えぬほどの細かな振動で切れ味を上げた刃。超微振動によって物体を断裁する科学の剣だ。

 そんなもんまで装備してやがるのか!

 八九郎はそのまま噴射によって距離を取ろうかと思ったが、しかしそれは止めた。これはチャンスだと、そう判断した。今懐に飛び込めば、相手が使える武装は高周波ブレードと左肩の氷結弾のみ。氷結弾は照準を定める動きが必要となるため、その気になれば打ち出す前にこちらが動くことができる。つまり、あの剣さえなんとかすれば大きなチャンスが八九郎のものとなるのだ。

 これはチャンスだ。そう自分に言い聞かせて、八九郎は今自分がスライドしている方向とは逆に向けて炎の束を噴射。ブレーキと同時にアクセルを全開。そのままANTIの懐へ。

 当然ANTIの刃が迫るが、八九郎がそれに怯むことはない。

 そっちが刃ならこっちも刃だ!

 右手を手刀の形に構え、八九郎は空中を飛びながら全身のいたるところからの噴射で姿勢を変え、振り下ろされる高周波ブレードをかいくぐり、ANTIの左腕の肘の部位に手刀を叩きこむ。瞬間、ANTIの肘の接合部位が真っ赤に熱を帯び、そしてそのまま両断してみせたのだ。

 手ごたえと共に、八九郎はANTIの正面に降り立つ。すかさずANTIは左肩の氷結弾の狙いを定めてくるが、それよりも先に八九郎の手刀がANTIの右足に叩きこまれ、腕と同じように両断される。体勢を崩した巨体。直後、氷結弾は発射されたが、それは八九郎のいない場所に着弾していた。

「ハッ!」

 という声と共に八九郎は右手をANTIの胴体部分に、左足を肩にかけ――――そのまま肩を蹴り飛ばし接合部位から無理矢理引きちぎった。最後に残った一本の足がじたばたと動いていたが、それも簡単に引きちぎってしまう。

 後に残ったのは四肢を失くした装甲の塊だ。

「ANTIか……カッコいいネーミングだが、反抗する相手を間違えたな。俺はあの王様に認められた赤蜥蜴だぜ?」

 すると、ANTIから再び何かの稼働音が。何かと思うと腰に取り付けられた小型の機銃だった。パラパラパラと軽い音と共に八九郎に弾丸が撃ち込まれる。対物ライフルの一撃を耐える八九郎にそんなものは聞くはずはなかったが、一発が額に当たると治りかけていた最初の傷口が開いて血が流れる。

「ハッ……」

 目に入りそうになる血を邪魔そうに拭いながら、八九郎は機銃を踏み砕いた。

 終わりですか、と千歳が素っ気ない声で呟いた。

『しかし裏方さん。どうして、あの手刀でANTIの腕を焼き切ることが出来たんですか? 周囲に影響を及ぼしてしまうから、装甲を溶かすほどの熱は出せなかったはずでは?』

「ああ、あれか。……あれは本当に咄嗟のアイディアだ。手首から先だけを限定的に熱を上げて、振り切った頃には元の温度に戻せば、周りに被害を与えることなくこいつの装甲を溶かせるかなって思いつきだ。駄目だったら別の手を考えようと思っていたくらいには自信なかったけど、上手く成功してよかったぜ」

『本当器用な真似をするんですね。――――それで、その器用な裏方さんは何をしているんです?』

 今、八九郎は倒したANTIの胴体部分の装甲を剥がす作業をしていた。何層にも重ねられた装甲板を剥がす作業は思いの他重労働だが、それでも八九郎はこのANTIの中身が気になっていたのだ。

『中身、ですか?』

「そうだよ。こんだけ苦労させられたんだ。気にもなるだろう」

『私たちのような素人が見たって理解できないものだと思いますけど』

「……俺はそうは思わない」

 八九郎の以外な返事に千歳が疑問を述べる。八九郎は神妙そうな顔で最後の装甲を剥がした。

 現れたのは銀の素肌。丸味を帯びたデザインは卵を連想させる。いくつものネジによって固定され、中身は簡単には見れないようになっていた。

「もしも……もしも、こっから先俺の予想通りだとしたら、桜庭。お前は見ない方がいいかもしれない」

『どういうことですか?』

「俺たちが戦っていたのはラボラトリの汚い部分かもしれないってことだ。闇と言うにはあんまりにちんけな汚濁だよ」

 千歳が意味がわからないと抗議をするが、これ以上は八九郎でもどう言っていいのかわからなかった。しばらく八九郎は悩んだが、本人からの強い要望もあり、結局千歳なら平気だろうということで接続リンクはそのままに中身を確認することに。

 これが亜霧なら、八九郎は確実に見ることは許さなかっただろう。

 多分、あいつじゃ耐えられない。

 ネジの穴の部分に指を引っかけ、隙間に手を差し込むようにして無理矢理鉄の肌を引っぺがす。開けた先、そこには八九郎の予想通りの光景が収まっていた。

 それは人間だった。ただし皮膚はなく、眼もなく口もなく鼻もなく、明確な顔らしきものは何もなく、四肢も毛すらも存在していない。にもかかわらず、すぐに八九郎が人間であると理解できたのは頭や胴体らしきものの存在と、左胸が心臓の鼓動に合わせてどくんどくんと動いていたからだ。

 それは限りなく肉の塊に近い、生きた人間だった。

『なんですか……』

 音が聞こえた。それは千歳の声。彼女の言葉。桜庭千歳の怒声だ。

『一体、なんなんですかこれは!』

 なんなのかと千歳は問うが、聡明な彼女のことだ。これがなんなのかはすぐに理解しているだろう。それでも問わずにはいられなかった。ラボラトリに、あるいは世界に。

 お前らは一体、何をしているのかと。

 そう怒りを示さずにはいられなかったのだ。

「――――人間の神経回路を、そのまま機械回路として流用しているんだろう」

 薄々勘付いてはいた。数々のあり得ない駆動、そして何より右腕を引きちぎった時にANTIの身体が、その基本構造を人工筋肉によって構成されていると気付いた時に瞬間的に連想してしまった。

 もしかしたら、この中には意識のない人間が入っているのではないのかと。

『何故、ですか……? どうしてわざわざ人間を……』

「人間の神経回路っていうのは、とてつもなく優れた情報伝達系なんだ」

 今でこそ一般的となっている神経接続型の義体。だがその技術の確立にはいくつもの壁があった。それが人の神経回路と機械回路の伝達速度の違いだ。腕を動かそうと思ってから動かす人間はいない。多くの場合人間にとって体とは殆ど無意識のような感覚の中で動かされるものだ。その無意識下での速度に機械がついて行けないのだ。それは本当に僅かな差だが、義体を持つ本人にとっては大きな不和として違和感となって現れるのだそうだ。

「全身を人工筋肉で作ったロボット。その可動域や性能、ポテンシャルは凄まじいものだが、並の回路じゃ十全に扱うことはできないだろうよ。特にオートコントロールの機械の判断にまかせっきりじゃあ、どうしたって上手くいかないさ」

 それを解決するために、呉成実や他の研究者は人間回路を使ったのだ。

「人工筋肉でできたロボットを動かすために人の神経回路を使用する。ホルモンやら成長やらを調整して、人としての機能を殆ど失くし、物言わぬ回路としてだけの生き物を積む。理屈としちゃあ正しい。間違っちゃいない。兵器として、ここまで優れたものは中々ない。呉成実は研究者としては正しいぜ」

『正しかったら、それでいいんですか!?』

 千歳の叫び。八九郎は首を振った。

「わからねぇよ。俺にはわからない。ただ、こんな時愛生だったらどうすんだろうな……」

『愛生は……怒ると思います』

「どうしてだ?」

『わかりません。ただ、凄く怒って……それで泣きます』

 泣いて、泣いて、悲しむのだろう。失ったことではなく、失われたことを悲しむのだろう。

「それでいいんだと思うぜ。そういう反応であってる。こんなもんに理屈をつけて正しいだの正しくないだの言ってる俺の方がおかしいんだ」

 やはり自分もフェーズ7の一員なのだろうと、八九郎は痛感する。こんな時にまで、冷静でいられる自分はどこか壊れていて、狂っている。それは八九郎にとってはもうどうしようもないことだが、こんな時に怒ったり泣いたりできない自分が嫌になる。

『……この人は、どこから生まれたんでしょう』

「クローンだろうな……どうせ秘密裏な実験だ。国際的なタブーでも関係ない」

 言いながら八九郎は、物言わぬ回路に火を点けた。あ、と千歳が何か言いたそうに言葉を漏らしたが、しかし続けることはせずに沈黙した。

 肉の焼ける匂いと共に、人間回路が灰になっていく。

 別に感傷的になったわけでも、同情したわけでもない。これは限りなく人間に近いが、それでも意識どころか心も感情もないだろう。ただ心臓と共にANTIというロボットを動かす回路でしかない。完全にANTIを静止させるために燃やしただけにすぎない。

『大丈夫、ですか?』

 千歳が心配そうに問う。一体何を心配しているのかはわからなかったが、とりあえず八九郎は大丈夫だと頷いておいた。

 その時。少し先の建物で爆発が起こる。何事かと視線を向けると、爆発の粉塵の中から二体のANTIが姿を現したのだ。ANTIは一機ではない。試作段階であろうとはいえ、いくつもの型があるはずだ。それもまた予想していたこととはいえ、八九郎は肩を落とす。

「休む暇もねぇのかよ」

『…………どうしますか? 八九郎さんの役目はあくまで囮です。わざわざ相手にせずに逃げるという選択肢もありまよ』

「いや、全部殺そう」

 迷いなく、答える。

「例え一機でも愛生かお前のとこにでも行っちまったら大変だ。現状、あれに対抗できるのは俺だけだろう?」

 だから殺そう。全部殺そう。八九郎はそう続けた。

『……そうですね。そうしましょう』

 そう言う千歳の声に力はなかったが、しかしどこか嬉しそうな響きも感じられた。

 一体何が嬉しいというのだろう。変わった女だ。

 直後、ANTIから八九郎へ向けて砲撃が放たれる。それは誰かの叫び声のように聞こえた。


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