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スタンドアローン

 ラボラトリ郊外。とあるビルの地下駐車場。そのだだっ広い空間にはたった一台の白塗りのバンだけが止まっていた。そのバンの荷台。そこに腰を下ろして喜彰はある人物と通話をしていた。

「ええ、はい。予想通りというか、予定通り。運び屋が運んでいたのはフェーズ7殺害のための核となる機械でもなんでもない。中身のないアタッシュケースですよ。重さを偽造するため砂袋を詰めていましたが、まさかこれがヤクってわけでもないでしょうし」

 嘆息と共に呟かれた喜彰の声を聴き、電話の向こうの男は「そうか」と頷いた。

『本当にそれが核だったとしたら儲けもの程度にしか考えておらんかったが、やはりそうか』

「しかしオヤジ、これでは我王愛生らに恩を売ることはできませんね」

『別にそれが目的というわけではないわい。この程度であやつらと良好な関係が築けるはずもない。ただ、本当に核なら、どこぞの研究室にでも売り飛ばしてやろうかと企んでおっただけじゃよ』

 かっかっか、と電話越しの老人が枯れた声で笑う。いつものような、あの卑しい笑みをしていることが容易に想像できる。喜彰はパーカーのフードを深く被り直しながら、オヤジに何かを言おうとして……思いとどまる。先に、別のものが目に入ってしまったのだ。

「おい、照美!」

「はにゃ?」

 間抜けな返事と共に振り返った女。ピンクと黄色の派手な髪をして、パーカーと派手な下着だけを見につけた奇妙な女。照美は今、男の腹の上に跨っている。そのスーツを来た男はピクリとも動かない。当たり前だ。男は既に、死んでいるのだから。

 手も足も顔にも目立った傷は見られない。ただ胸の辺りだけが何度もの何度も刃物を突き立てかのような、ぐちゃぐちゃの穴が開いていた。刃物を使って大木を不器用に掘ったような、そんな傷だった。

 照美は振り上げた鎌を、さっきまで何度もそうしていたように男の胸に刺して、粗雑に引き抜きながら首を傾げた。その顔は血で濡れていた。

「どしたの、喜彰。もしかしてお腹空いた?」

「お前と一緒にするな」

 ため息をしてから、喜彰は強い口調で言った。

「殺し過ぎだ。もう死んでいる。今朝も言っただろう」

「はーい」

 照美は男の上からどくと、血だらけの髪を振りながら喜彰のもとまでやってきて、そのまま影の中に消えていった。

 それを見届けてから、喜彰は再び電話を耳に。

「すみません、オヤジ」

「構わん。それより、何を言おうとしていたのじゃ?」

 問われ、喜彰は辺りを見渡す。薄暗い空間。この車以外にあるものといえば、点在する柱にもたれかかるようにして死んでいる二つの死体。先程まで照美が跨っていた男の死体。そして、駐車場の出口でうつ伏せに死んでいる女の死体。合計四つの死体が、薄暗い空間で放置されている。

 全て、喜彰と照美の手によって殺された人間だったものだ。

「この運び屋たち、見た目に反して仕事は結構いい加減でしたよ。上司のふりして電話かけたらコロッと信じやがって、こんなとこまで誘い出されましたし。連れていた超能力者は一斉検挙で行き場を失くした《チーム》の残党。能力自体もたいしたことない奴でした。こんな奴に偽の荷物を運ばせて、六道の野郎は一体何がしたかったんですかね」

 それに、と喜彰は柱にもたれかかって死んでいる死体の内、一つに目をやる。

「それに、逆崎が同行していた理由も気になります」

 喜彰の視線の先。そこにはかつての仲間が死んでいる。余程、慣れ合うことはなかったが、顔見知りではあった男。

 逆崎。六道側に寝返った、たった一人の裏切り者だ。

 外傷は首にある横一線の刃物の痕のみ。喜彰によるものだ。襲撃と同時に喜彰は逆崎の存在に気づき、真っ先に殺したのだった。喜彰は悲しむわけでもなく、ただじっと疑うような視線を逆崎に送っていた。

 電話の向こう。老人はわざとらしく唸るふりをしてみせる。

「うーん。まあ、それに関しては儂の方も確証は得られておらんが……逆崎を連れていた以上、荷物運びが失敗したということは六道にも伝わっておるはずじゃ。仮説に過ぎんが、奴はきっと敵が動き出したという情報を得たいがために、わざわざ偽の情報を流したのだろう。それで戦力を割くことができれば更に御の字じゃ」

「そうですか……」

 老人が言ったのは、喜彰が既に予想していた答えとほぼ同じものだった。もしかしたら、何か自分が気づかない大きな企みがあるものかと疑ってみたが、それは期待外れだったようだ。

 六道も、随分とつまらない策を取る。

 こんなものかと、一人勝手に落胆しながら喜彰は腕時計で時間を確認する。

「だけど、六道の企みも殆ど意味をなさないでしょうね」

 まさか喜彰も一日に二度も〝同時刻襲撃〟の作戦を行うとは思ってもみなかった。

《スタンドアローン》も中々に捻くれている……。

 自分たちが襲われた時の敵の作戦をそのままに再現して使ったのだ。確かにこれが一番有効な策ではあるが、一度自分も襲われた作戦だ。忌避感が芽生えないものなのだろうか。意趣返しと言えばいいのかもしれないが、これではなりふり構っていられないと公言しているようでもある。

 それこそ、なりふり構わずか。

 今頃、愛生らの方でも動きがあるはずだ。既に戦いは始まっている。

「しかし喜彰よ。お主よく我王愛生との共同作戦を承知したのう」

「別に、俺がすることは襲撃を時間通りに行うことだけですから。ズレがあったり失敗したりは向こうの責任。断る意味もないかと」

「儂は気持ちの問題を問うたのだがのう。お主もよくよく理知的すぎるところがあるのう」

「そんな賢そうなもんじゃないですよ」

 学校にだって、途中までしか行ってないのだ。

「ま、お手並み拝見といこうではないか。どちらに転んでも、儂らには美味しい話じゃ」

 あなたもよくよく卑しい人だ。

 喜彰がそう言うと、鏑木流は嬉しそうに笑う。

 白の機械。見上げるほどの高さと圧倒的な重厚さを持つその機械は、ぐおんぐおんと獣が鳴くような不快な音を立てて稼働していた。電力を供給している大人の男の腕ほどもある太いケーブルが地面を覆うようなその空間に、作業着を着た男が一人。白の機械と、地面に置いたノートパソコンを交互に見やりながら、何かの操作をしていた。

「ふうー」

 事の終わりを告げるように男が息を吐く。すると、白の機械はその唸り声を止める。時々、白の装甲の隙間から見えるパイプのようなものを震わせながら、巨大な機械は完全に静止した。

「さすがに大きいだけあって、音も巨大だ」

 男は耳にあてていたヘッドフォンのようにも見える防音のためのイヤーマフを外しながら文句を垂れる。

「耳がおかしくなっちまうよ」

 耳の穴に指を突っ込んで何かを掻きだすような仕種をする。掻きだされるものなどないはずだが、ただ痒かったのだ。

 すると、後方から男の名前を呼ぶ声が。

「呉成実。経過はどうだ?」

 呉と呼ばれた作業着の男は振り返る。そこには現在、自分と目的を同じくする同士の姿が。雑に切りそろえられた漆黒の髪。異様に白い肌。中性的な顔立ちに浮かぶ青と黄のオッドアイ。夏だというのに全身黒尽くめで黒のコートを着込むその姿。間違うはずもない。六道だ。

 相変わらず不吉な男だと心内だけで小馬鹿にしながら、呉は満面の笑みを表情に出した。

「順調だよ。さすがに完全稼働するわけにはいかないけど、部分的稼働実験の状態では問題なしだ」

 この白の機械は、その巨大な見た目に比例するようにとんでもなく多量の電力を使用する。実にラボラトリの電力総量の三分の二を一回の稼働で必要とするのだ。

「前段階で一番大変だったのって、これを組み立てることよりもどうやって電力を集めるか、だったもんな。まあ、いくらか前の例のラボラトリ内部テロのおかげで地下発電施設の改修工事が相次いで、そのどさくさで細工ができたから思っていたよりは楽だったけども」

 六道は軽く頷いただけで、何も言わない。面白くない男だと思いながら、呉は白の機械を見上げる。ともすれば白い巨塔のようにも見えるそれは、六道が根幹部分を提唱し、呉が実用化にこぎつけた《不死身の少女》を殺すための機械だ。

「あの少女のためだけに作られた白の巨塔。名を《クチナシ》。死人に口なしとは言うが、また随分と妙な名をつける」

「…………」

「そういえば、あの少女の名前も花の名前だったよな。なんなんだっけか」

 六道は何も答えなかった。呉は若干の苛立ちを覚えた。が、それは決して表に出さないようにしておもむろに《クチナシ》に手をついた。

「しかし、六道。お前も中々どうして良い発想を持っている。まさか、不死身の少女を殺すために壊すのではなく〝創ろう〟というのだから」

 クチナシの設計に置いて、その中心部。リナリアが殺される死刑場とも呼べる場所は基本構造を生物の培養器と同じくしている。言うなればそこは生き物の成長を促す卵なのだ。

「どんな傷だろうと、首を刎ねられようと死なない規格外の自己回復リカバリー。だけど、お前はそんな自己回復リカバリーを持つ少女も『成長』しているという点に着目した」

 それは人間にとって、生物にとってあまりに当たり前のことで忘れてしまいそうになるが、成長とは自己の破壊行為でもあるのだ。

 新たな細胞が次々と作られていく中、古くなった細胞はどうなるか。勿論、それらは死んでいなくなるのだ。

「彼女は垢も出せば、髪も伸び、汗もかく。だけど、その体から血が流れ落ちることは決してない。それはつまり彼女は不死身ではあっても不老ではないということ。成長の際に生じるどうしようもない細胞の犠牲を彼女の体は受け入れている」

 自己回復リカバリーはその犠牲を犠牲とせず、回復能力を発動させていないのだ。

 自己のありとあらゆる全てを最善に保つ彼女の超能力ならば、その肉体すら最善の状態……最善の大きさに保たれているはず。しかし彼女の肉体は年齢通りに、着実に成長をしている。急激な成長も、停止もみられない。

 つまりあの少女にとって人間らしくまっとうに成長する、ということは害ではないのだ。

「だから、お前は考えたんだろ。成長を害と認識せず、許容しその尋常ならざる回復能力が発動しないというのら、成長させることで彼女を殺そうと」

 ああ、とそこで初めて六道はまともな返事を返した。

「成長を害意と認めないのであれば、成功するはずだ」

 無論、本当にただ成長させるだけではない。あの少女は規格外のフェーズ7なのだ。もしかしたら、ある程度のところまでは成長しても、その後の老化は回復能力が反応してしまうかもしれない。

 だからこそクチナシは人間としての成長ではなく、もっと単純な細胞分裂を促進させる機械だ。マクロである成長、その中のミクロで起こっている細胞分裂という現象を異常なまでに増進させる。

「自分の肉体内で増え続ける余剰細胞の処理に間に合わず、それらは適切な細胞として利用されることなく全て未分化の状態で固定される」

 そうして作り出されるのはただの肉の塊。このクチナシはミクロの成長を過剰に増進させることで、あの少女をただの肉の塊へと変えてしまうのだ。

 無論、そう一筋縄でいくことではない。細胞処理が追いつかないようなスピードで、尚且つ回復能力の適用範囲外で行わなければならないのだ。他にもいくつもの段階を必要としている。それだけに、ここまで巨大な設備を必要とした。

「これだけの出力を持った培養器なら、三十分と立たない内に彼女を殺しつくせることだろう」

 六道の言葉に呉は静かな高揚を覚える。胸の高鳴りは願望の成就へのカウントダウンだった。

「成功すれば、俺たちはフェーズ7の自己回復リカバリーを殺すだけの技術を作ったことになる」

 不死身をも殺せる技術だ。転用すれば、それは全てを殺す技術になり得る可能性を秘めているのだ。それはすなわち、力に他ならない。

 政府が秘密裏に抱えていたフェーズ7を殺害するのだ。成功すればそれこそ政府の恨みを買うことにもなりかねないが、それと同時に呉は力を手に入れるのだ。フェーズ7を殺すだけの力だ。政府はきっと欲しがるはず。万が一でも、他の国に売り渡してしまえばいい。

 あの少女を殺した時点で、呉は不死身をも殺す力を持った科学者となるのだ。

 愉悦に浸る呉を冷たい眼差しで眺めながら、六道は首を横に振る。

「名誉にも権力にも、金にだって興味はない。俺はただ、彼女が殺せればそれでいい」

 ことごとくつまらない男だと、ついに呉は耐え切れなくなってため息を吐く。だが、それもそれでいいだろう。発想の根幹を提唱したのは六道だが、その空想のような発想を人間が扱える技術として形にしたのは自分だと、その自負が呉にはある。

 権利を主張しないのなら結構。その分は俺がいただくとするさ。

「それよりも、稼働はまだなのか」

 六道の問いかけに呉はわざとらしく肩をすくめた。

「今ようやくテストが終わったところだ。これから内部を培養液で満たして、電力も充填しなくちゃいけない。そもそも今朝やっと完成したところなんだぜ? あと一時間は待ってもらわないと」

「遅いな。どうにか時間を早められないのか」

 せっかちな奴だと思いながらも、頭の中でスケジュールを弄る。

「お前が手伝ってくれれば、三十分は短縮できるだろうな」

「よし、それでいこう。何をすればいい?」

「待て待て、えっとまずはな――――」

 と、その時だった。不意に作業着のポケットに入れていた呉の携帯が音を立てた。呉はビクリと体を震わせながら、まさかという思いと共に画面を見る。そこには逆崎の名前が表示されている。

 偽の荷物を運ばせた運び屋たちの方に何かがあれば、こうして逆崎から連絡がくることになっていた。六道が言うには、優先順位的に必ず荷物の方が先に狙われると。それが、現実となったのだろうか。

 逆崎からの連絡だということを六道に伝えると、彼は頷きと共に電話に出ろと促す。言われるままに通話ボタンを押して携帯を耳にあてる。

「…………え?」

 だが、聞こえてきたのは予期しない声。呉の知らない人物の声だった。六道が怪訝そうな表情でどうした、と呉に問う。呉は携帯を六道に差し出しながら言った。

「女だ。逆崎じゃない」

「なんだと……? 一体、誰なんだ」

 呉は携帯を六道に無理やり押し付けた。

「お前に代われだとさ。名前は《スタンドアローン》と、そう言っていた」

 押し付けられた携帯を手に、六道は少し思案する。逆崎ではないとするならば、それが意味するものは一つしかない。

「六道だ。代わったぞ」

 向こうから軽い衣擦れのような音が聞こえると、すぐさま返事がやってきた。

「あなたが、六道ですか」

 確かに女の声だった。どことなく機械的な、平坦な響きを持った声。逆崎ではない女が逆崎の携帯から連絡を取ってきたのだ。

「お前は誰だ」

 問いかけに、軽いため息が返される。

「《スタンドアローン》と、そう言ったはずですよ」

「……」

 その名を知らない訳ではない。《スタンドアローン》、五月女女学園が誇る高位能力者。制圧力だけならば、他の777(スリーセブン)すらも圧倒すると言われる稀少能力者でもある。

 こうして、自分に電話をかけてきた以上、スタンドアローンは我王愛生の味方だと考えるべきだろう。そうでなくても、こちらの敵であることは確かなはずだ。

「まさかラボラトリ随一の制圧者が出向いてくるとはな、さすがに想像もしなかった」

「……あなたは、敵に回す人を間違えたんですよ。我王愛生は、決して怒らせるべきではない人だ」

 その通りかもしれない。彼を敵に回すということは、そのまま裏方八九郎というフェーズ7とスタンドアローンまでも敵に回すということになるのだ。状況によってはあの《世界最強》とも敵対しかねない。

 だが、千歳は六道のその考えを違うと一蹴した。

「確かに、彼には心強い味方がたくさんいます。愛生自身の戦闘力など及ぶはずのない強い友人が、彼にはいます。ですが、我王愛生の強さはそこにはない」

 電話先の女が冷たく言い放つ。

「断言します。あなたの企み必ず失敗することでしょう」

「俺が、負けるというのか」

「間違ってはいませんが、正確ではありませんね。我王愛生が本気を出した時点で、その勝負に勝ちも負けもない」

「わからないな。結局、あの男の何が強いと言うのだ」

「私自身、言葉で説明するのは難しいんですけどね。直接対峙すればわかると思いますよ。我王愛生はそうやって、進んできたのですから」

 勝つわけでもなく、負けるわけでもなく。ただ、ただ前へと進んできた。

 面白い……。

 六道は自分が笑っていることに気づいた。不覚だとも思ったが、しかし今更とめようとは思わなかった。悔しいが、認めるべきなのだろう。我王愛生という存在に、自分は特別な想いがあるのだということに。

 それはきっと彼女を――――リナリアを中心としたものだ。

「忠告痛み入る。スタンドアローン、言いたいことはそれだけか?」

「ああ、これはお喋りが過ぎましたね。私が言いたいことは二つだけですよ。一つは報告と、そして宣戦布告です」

 スタンドアローンの言葉に六道は顔をしかめる。

「どういうことだ。宣戦布告というのはわかる。だが、報告とは一体……?」

「簡単な報告ですよ、ええ。…………あなたの用意した三百人の兵士による防衛線はすでに〝制圧〟させていただきました」

 六道は内心で凍りつく。防衛線が既に破られている。それはつまり、事態の進行を意味しているのだ。

 途端、示し合わせたかのように呉のノートパソコンから警報のようなアラームが鳴る。すぐさま画面を確認した呉が青い顔で告げる。

「六道! 開発区域内に超高熱反応! 間違いない奴だ。《熱機関オーバーエンジン》だ!」

 運び屋。逆崎。連絡。通話。スタンドアローン。そして熱機関オーバーエンジン

 六道の頭の中で様々な情報がごちゃまぜになり、一つの形を創りあげていく。閃きはすぐに訪れた。何故ならそれは、今朝自分が使った策でもあったからだ。

「同時襲撃……! 良い性格をしている!」

「さあ、なんのことでしょう」

 とぼけた声で、スタンドアローンは言う。

「すでに状況は始まっているようですね」

 その言葉を最後に、通話は一方的に切られた。ツーツー、と携帯が機械的なリズムを刻む。

 挑発されているということはわかった。だが、わかった上で六道は苛立ちを隠すことなく、その憮然とした表情にそれを乗せた。

「いいぞ。それでこそ、俺の敵だ」

 自分にしか聞こえないように呟くと、六道は手にした携帯を呉へと投げ返す。そうして踵を返して部屋の出口へと向かう。

「お、おいどこにいくんだよ!」

 すると、後ろから呉に呼び止められ、六道は振り向く。呉と目が合うと、途端に彼は怯えたように目を逸らした。知らない内に、威嚇するような目つきになっていてしまったのかもしれない。だが六道はそれに構うことなく、意識された静かで平坦な声で告げる。

「一時間とは言わない。四十五分だ。それまでに起動できる準備を整えておけ。そのくらいの時間は俺が稼ぐ」

「時間を稼ぐって、どうやって……?」

「《アンチ》を使う。全機出動だ。パスを解除しておけ」

「アンチを、全機!? じゃあ、ここの守りはどうするんだ!?」

 呉がヒステリーともとれる金切声をあげる。それを右手で制止しながら、六道は変わらぬ口調で言った。

「ここの守りは俺と忍花で充分だ。ここには熱機関オーバーエンジンはこない」

 呉は首を傾げる。理屈がわからないのだろう。当たり前だ、と六道は思う。

 リナリアのことを知らない人間には、わかるはずもない。

 裏方八九郎では無理なのだ。それを〝奴〟はきっとわかっている。ここにくるのは他でもないあの男だ。それ以外に、ありえない。

 未だ、納得のいかない呉を一人残して六道は部屋をあとにした。様々な機材の集まった倉庫のような部屋を抜けると、先程のクチナシのある部屋ほどではないが、大人が数人走り回っても不自由のないくらいには大きな空間にたどり着いた。

 壁や床、天井は全面を真っ白に塗装されていた。痛いほど目に飛び込んでくる白色は生活には不向きに見える。何か、研究施設か保管場所のようなものに利用されるはずだったのかもしれない。

 生活感や日常から切り離された部屋の中央。そこに、彼女がいた。何をするわけでもなく、灰色の髪をした少女は膝を抱えたままじっと何かを見つめている。

 その視線の先には何もない。もしかしたら、彼女は何も見ていないのかもしれない。

「来い……我王愛生」

 リナリアに聞こえないよう、六道は囁くような声で言う。

 お前が強いというのなら、俺はその強さを叩き潰す。

 それが彼女へのはなむけだと、六道は信じていた。


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