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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
2.酒気帯兎のdistance
9/30

長谷堂。

「さ~おり~、おきてる~なら、出てお~いで~」

 トイレを済ませた女は二階に上がると、佐緒里の部屋をノックしながら怪しい裏声で呼びかけた。時間は午前三時過ぎである。迷惑極まりない。

「……どうしたの、長谷堂ちゃん」

 しかしあっさりと、扉が開いた。この時間でも起きているというのは、どうなのだろう。とまれ、出て来た佐緒里はどうやら寝ぼけ眼である。今ので起こされてしまったのか、それとも夜更かしをしていたのだろうか。

「ビール飲みたい」藪から棒に、女がつぶやく。

「長谷堂ちゃん」

「ビールないかな」佐緒里が呼びかけても、返事はなく、女は同じ事を言うだけだった。

「長谷堂ちゃんてば」

「ビールぅ」

「……あのね、聞いて、長谷堂ちゃん」

「え、ああ、無いよね、そうだよねごめん佐緒里」どうやら我に返ったようだ。

「そうじゃなくてね、あなた、下着姿じゃないの」

「何言ってるの、佐緒里」

 真顔で聞き返してきた。佐緒里はため息をひとつ。

「――酔っているわけじゃなさそうだけど、そう言うのは良くないんじゃないかな、ほら、春先で暖かくなってるとはいえ、今年はちょっと気温低いし、風邪ひいちゃうよ」そう言いながら、佐緒里が長谷堂のふとももを指先で軽く撫でた。

「ひ――」

 佐緒里の指先が直に肌に触れた。思わず長谷堂は声を出してしまったが、どう言う事だろう。これはおかしいじゃないか。

 なぜならあたしはジャージを着ているのだから。でなければ、佐緒里の指がジャージを貫通した事になる。イリュージョンだ。そんな事が有るだろうか。謎が謎を呼ぶ。種も仕掛けもございません。そんな事を考えながら恐る恐る改めて見てみると、どう見ても生脚であった。確かにこの夜中にこの格好でうろついていては、身体には良くないだろう。

「あ、あれぇ、あれ、あれ、うっそ、あたしジャージ上下着てたんだけどな、あれ、あれ、どこいったんだ」

 長谷堂は振り帰って、そのままひたひたと階段まで戻ると、数段下りた所にジャージの下が落っこちているのを見つけた。それを拾って二、三回はたくと、顔を赤らめ恥ずかしそうに履き直した。

「ん、ごめん佐緒里、寝ぼけてて。ところで、ビールあるかな」

 戻ってきた長谷堂は、さきほどと同じ事を聞いた。

「あるけど、今は、やめといたほうがいいんじゃないかな、と思うな」

「そう思うかぁ」

「飲んだらぐっすり眠れるって言いたいんだよね。気持ちはわかるけれど、でも今から飲んだらきっと朝までコースで飲んじゃうよ、それは私も同じ。だから今はやめておきましょう」

「明日、じゃにゃいや今日って仕事だっけ、佐緒里」

「ううん、休みだよ」

 どうも釈然としない。こうして今日が休みだと解っているときは、一緒に飲もうと言えば付き合ってくれた。いつもだったら、そうだった。長谷堂は考える。となれば予定が有るって事だろうか。

「ごめん、起しちゃって」

「あ、それは大丈夫、私も夜更かしして起きてた所だから」

 予定が有るわけじゃないのだろうか。一緒に飲むと昼ごろまで爆睡フラグが立ってしまうから、今から飲むのはやめようと言うのは解る。でなければ何だと言うのか。

「佐緒里、もしかして彼氏でもできたの、明日デートだったりするの」

「ううん、それはちょっと違うかな。リュウちゃんは良い子だけど」

「ああ、あいつと遊びにでも行くのか。だめだよ、ツグがいるんだから」

「うふふ。えっとね、昨日、隣の部屋に新しい子が入ったのよ。聞いてなかったかしら」

 ああ、ああ、ああ。

 そう言えばそんな話が有ったような無かったような。ここの大家は良く解らない適当な奴らしい。長谷堂は、大家本人と顔を合わせた事がまだ一度だって無いのである。

 どうやら、昨年から代理の人が家賃を回収に来ているのだ。そいつにしか会った事が無い。大家から色々任されていると言う佐緒里は、当然大家を知っているらしいが。

「あたしも新入りっちゃ新入りなんだけどね。若い子なんかな」

「そう、四月から高校生。リュウちゃんたちと同じ咲矢間高校」

 青春だな。

 青春か。周りに若いのが増えると、触発されてやる気が出てきたりするものだけれど、道を踏み外した者としては、奮起するという気概にもなれず。

「じゃあ、あたしはこの辺で部屋に戻って寝てた方がよさそうだねぇ。あたしの時みたいに歓迎パーティしてあげたのかな」

「もちろん。あなたも呼ぼうと思ったけど、夜までお仕事してたから、ごめんなさい」

「ああ、謝んなくても。気にしなくていいって、そーゆーんじゃないんだ、あたしも挨拶は早めにしておこうって思っただけ。部屋に戻るよ」

「そう。じゃあ、おやすみなさい、長谷堂ちゃん」

「うん、おやすみ、佐緒里」

 

 ――新入りかぁ。舞阪のやつとツグに後輩が出来たって事か。

 ……面倒くさい先輩だよなぁ。かわいそうに。


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