ガラの、悪い。
而して、こうして外見がまるで女の子だなんていう思春期の少年の視点で概観していく事など、得てして方針に問題はないかもしれないが、語るべき物の心が腐りきっているという点で、純粋な描写ができるとは思えない。そんな理由でちょっと方向を転換してみた訳である。
――さてこのロゼッタ、名前からして男っぽくないわけだが、名前が先行して生まれてしまったキャラクターであるからそこは断じて譲れないのである。
――何だ男か。男で悪いのかよ。そんな感じである。
――これが若さか……。ってやつだね。
――え、でもそうは言ってもですね、あのね、それよりね、私ね、カミーユって名前のオジサマをテレビで見た事あるんですよ。多分世界遺産の番組だったかな、いるみたいよカミーユおじさん。そんな私としては、判断に困る話ではあるんですけれど。
――と、御嬢様が仰っています。だから、名前なんて大した問題じゃないんですって。とにかく私たちは、ロゼッタちゃんを眺めてニヤニヤしたいだけなんです。とっとと覗きますよ。
――そっちこそ静かにしないと蹴っ飛ばすわよ。不審に思われたらどうするの。
――ごめんなさい。
――なにはともあれ、これからご近所付き合いという名目で鍋パーティなるものが催されようとしている。こうしている間にも刻一刻と決戦の火ぶたが切っておとされようとしていると言うのに、何を呑気しているのか。実際に落とされるのは落とし蓋であるが。
――鍋なだけに。
――御冗談を。そんなシャレは言いませんよ、ただでさえ寒い季節なのに。いざ行かん、決戦の地へ。そんなことばっかり行ってたら寒くなるだけです、やめましょう。ところ変わって204号室、言うまでもなくここは伊儀佐緒里の部屋ですよ。こほん。
ロゼッタは現在ここで佐緒里と二人きり。そこはどうして見た目はどこからどう見ても女の子の彼にしたって、何かしらのときめきを感じざるを得ない空間と言えよう。
部屋の間取りは構造上自室と同じであるにしても、年ごろの女性らしく整然とされた部屋の中心に位置する炬燵に脚を延ばしぬくぬくしながら、大きく伸びをするロゼッタ。無駄な物が一切なく、モデルルームの家具をまとめて放り込んで配置したようなスマートな部屋だ。しかし、ここには女の香りが満ちている。
――前言を撤回しよう。
ここに来てこのロゼッタ、実にリラックスしている。この状況にあって何の緊張もしていない。それはそれで大物。
彼が胸をときめかせているのは、この空間における健全な男子の陥る所の不埒な妄想とは全くかけ離れていたのだ。
やはりね、こうして見ていても、私たちの心が穢れ過ぎているからそんな幻想を抱くのではないのか。ごめんなさい、私には彼の笑顔がまぶしすぎる。直視できません。ほんとすいません。
さて、彼が期待を寄せているのはこれからここで始まる酒池ゲフンゲフン鍋パーティである。
――確かに、これからここにもう一人健全な学生が二人増えるという事実は有りますが、この話は決してそのような不健全な方向にはいかないので期待している諸君には先に申し訳を立てておかなくてはならない。
「あの、佐緒里さん、さっき彼って言ってましたけど、男の子なんですか」
「あ、ええ、二人って言ったけど、男の子と女の子なのよ。ロゼッタちゃんと違って見た目とかちょっとガラ悪いんだけれど、中身はとっても良い子です。ヒバちゃんもリュウちゃんも、二人ともね」
ガラが悪い、と言う点でちょっとロゼッタは身構えてしまったのであるが、更に戦慄した。
――ヒバちゃん、リュウちゃん。ガラ悪いと言う二人ともが、ちゃん付け呼ばわりだ。この人は誰でもちゃん付けで呼ぶのだろうか。きっとそうなんだ。この屈託のない笑顔では、ガラ悪い人も戦意とか矜持と言ったものがなりをひそめると言う事なのか。私はそれを想像して、戦慄してしまった。何回目だろう、今日この人に会ってこういう衝撃を受けるのは。先生という立場は何かしらのカリスマを持っているものなのだろうか。
「ううん、ガラ悪い……んですか。高校の先輩ってけっこうそういう人も多そうですよね。やっぱり校風とかあるんでしょうけれど。まぁ、まだ入学式もしてませんが」
「さっき、留守電入れといたはずだから二人ともそろそろ来るんじゃないかしら。いや、やっぱり私がちょっと部屋まで行ってきますか。悪いけど待っていてくれるかな」
「あ、はい、解りました」
――こうして佐緒里さんが部屋から去った。
――このまま彼女がもう一人、いや二人の住人を連れてくる数分の間に、ロゼッタは何かするのだろうか。いや、そんなわけありませんよね、いいんですわかってますって。でもこういうのは、少しでも期待する余地のあるほうが、楽しめるじゃありませんか、ね。
――やっぱり大人しくしましょうよ、多分迷惑だから。
――……そうね。でも寂しくなったらまた出てこようね。