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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
4.叢話類聚~resonance affairs
28/30

椿雪荘、大人組。

 暇人がうろうろと町を歩いていた。咲矢間の駅周辺の割と繁華な町並みを、ジャージ姿の派手な髪の女が歩いていた。金髪赤メッシュ。そんな風采で裸足に突っ掛けた下駄をカラコロ言わせながら、足取りは軽やかだ。しかし普段の暇人っぷりと違うのは、その隣に人を連れているからだ。

「佐緒里、何か食べたいものない?」

「私は無いけど、――ねえ、長谷堂ちゃんが食べたいんだよね?」

「いや、あたしはいいけど、佐緒里が何か食べたそうにしてるからさ」

「ううん、別に何も食べたそうになんかしてないよ。長谷堂ちゃんが食べたいんだよね? ――ほら、鯛焼き屋さんがあるから買いましょう、長谷堂ちゃんはあんことカスタードどっちがいい?」

「え、肉まん食べたい」

「肉まんはないから。鯛焼き屋さんって言ったよね? で、どっちがいい?」

「にく……カスタード」

「じゃあ私もそうしようかしら。……おじさん、カスタードの鯛焼き六つお願いね」

「む……むっ……つ?」

 鯛焼きの袋を抱えて戻ってきた今日の佐緒里は、春らしいワンピースにカーディガンを羽織った女子っぽい格好である。ジャージ姿の長谷堂の隣に彼女がいるのは些か違和感が拭えないものがあるが、お互いそんな事には何ら頓着する様子も見せない。

 普段通りの二人である。

「佐緒里、あたし一個食べれればいいんだけど。あと五つ佐緒里が食べなよ」

「あら、違うわよ。もうそろそろヒバちゃんが帰ってくる時間だから、一緒に買っておこうと思って。だから一人二個」

「……あいつもカスタードでいいのか?」

「あっ……!」

「どうしたの?」

「あんこと三個ずつにするべきだったかしら?」

「……いやまあ、あたしは一個しか食べないから……」

「焼き立てのうちに食べておく? それとも帰ってから食べる?」

「なんかもうちょっと考えてから買おうぜ、いやまあ、文句言っても仕方ねっかー…とりあえず何かもう少し見て回ってから帰るかな」

「うん、じゃあもう少しデートしましょう。二人で外を歩くのは久し振りだもの」

 今日はお互い昼間に暇だという久し振りの機会だったので二人で町を散策していた。何だかよく分からない独特の空気の会話をしながら、二人だけの時間を過ごす。タイプの違う二人ではあるが、嬉しそうにしている所を見ると、どこか微笑ましくもある。

 結局長谷堂が二つ、佐緒里が一つ鯛焼きを食べ、追加であんこ入りを三つ買った。気前のいい鯛焼き屋のおっちゃんは、大判焼きをおまけしてくれた。



 ⇔



 その後の散策もしっかり堪能した長谷堂は帰り際、近道である商店街の裏通りで見慣れない店を見つけた。

「あれ、ここに本屋なんてあったかな」

 小首をかしげる長谷堂の隣で、思い出したように佐緒里が口を開く。

「あ、そっか……長谷堂ちゃんは知らなかったわね。入ってみましょうか?」

「うん? じゃあ入ってみるかな。こう言う所は思わぬ掘り出し物があるかもしれないし」

 二人が中へ入ると、扉のベルが鳴った。来店者を知らせるためのものらしい。風鈴のような可愛らしい音が静かな店内に響く。様々な古紙の香りが満ちていた。それほど広い空間ではないが、本棚がびっちりと並んでいる。ただでさえ、人が二人通れるかどうかというくらいの幅であるのに、通路には所狭しと本が積み上げられていた。よく見ると本棚の上にも本が積まれている。

「あぁ、これは典型的な町の古本屋だわ。……あたしにはあまり縁が無いかもしれない」

「一応新刊もマニアックなラインナップで仕入れているはずよ。探してみる?」

「ううん、どうしようかな」

 と言いながらも奥へ奥へと進んで行く長谷堂。最奥へと突き当たってみると、カウンターの向こう側で安楽椅子に座って本を読んでいる男の姿があった。

「あっ……」

 その男は長谷堂も知っている人物だった。椿雪荘の管理人、高階螢士朗その人である。

「ん……? お、誰かと思ったら長谷堂さん、と佐緒里も一緒か。――どうしたんだ二人して?」

「……どうしたんだって、一応あたしら客ですけど。いらっしゃいませとか言ったらどうよ」

「集中してて気付かなかったんだ、申し訳ない。それで、何かお探しのものでもあるのか? お茶でも出そうか」

「いや、こんな狭い所でお茶を出されても……」

「だよな、それは俺も思った。ちなみに俺が出すのは正確にはお茶ではなく珈琲だった」そう言って一人くすくす笑む高階。彼も不思議な男である。

「つーか、高階ってこんな所で働いてたのな。凄い本の数だわ」

「店主が日本中回って集めてくるんだ。どこまで行ってるかは知らない。野たれ死んでるかもしれないが、まあ帰ってくるまでのその間、俺が店番をする。出勤時間は適当。本は読み放題。珈琲も飲み放題。ちなみに俺はカフェでも働いてる。基本的にはそっちがメインだな」

「何か、しっかりしてるように見えて、適当だよな。そんな若いのに、零の親代わりなんだろ?」

「ああ、まあそうだがその点は心配いらない。――そう言えば佐緒里、あいつに最後に会ったのっていつだ?」

「あいつ……ああ、彼ね。長谷堂ちゃんが入る前だったから去年の夏かな?」

「半年以上戻ってきてないのか。ここの店主と変わらないな。どこで何やってるんだ」

「あいつって、もしかして202号室に住んでる奴か。全然話題にも上らないから忘れてた」

「そ。俺が椿雪荘の権利を手にした最初からあそこに住んでるのは佐緒里とそいつだけだ。でも忘れてて良いぞ」


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