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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
4.叢話類聚~resonance affairs
26/30

新入生、たち。

 午前八時過ぎ。

 今日は五月の黄金週間(ゴールデンウィーク)の開始を控えた週末。兄さんはまだ自分の部屋で寝ていると思うので、軽い朝食の準備を済ませておいて、私はトースト一枚をつまんで外に出ました。

 涼しい水玉模様のワンピースに、編上げのサンダル。ちょっとヒールが高めです。少し歩くと、庭の草がつま先をくすぐります。こそばゆい。そこに人影がありました。

「あ、こんにちは」

 私は、ロゼッタさんに挨拶をしました。

 私が参加に遅れたクラスに馴染めているのは、彼、ロゼッタさんと舞阪さんのおかげなのです。まさかこの二人ともが同じクラスとは思っていなかったのですが、その事は本当に救いだったと思います。感謝の気持ちもあって自然、私の方から挨拶が出ていくのです。

「こんにちは。お散歩ですか」

 庭で洗濯物を干しているロゼッタさんは、柔和な、その美しく愛らしい顔立ちに相応しい笑みを私に返しました。不思議な人です。

 どこか、この世のものではないような雰囲気さえ感じてしまうと言うのは、少し失礼かもしれないけれど、本当に。――女の子にしか見えない。白磁の肌に奇麗な銀糸の髪。

「はい、散歩です。神社さんまで」

 これと言った用事があるわけではありません。ただ、夏が来る前の穏やかな陽気、外に出て歩きまわるのにこんなに心地の良い日もないので。

「ロゼッタ、合宿の荷物なんだけどな、――お、零もいるな。おはよう」

「おはようございます、舞阪さん」

「まだ纏めてないです。でもそんなに持っていくものなんて無いですよね」

舞阪柳刀さん。物静かな雰囲気だし、無口な人だと思っていたけれど、実際は学校では確かにそうなのだけれど、ここでの彼は少し違うのです。さすがに頼れる先輩らしく。

「零は荷物纏めたか。俺は新入生合宿二回目だから、解らない事があったら何でも聞いてくれ」こうして、無口そうに見えて良く喋る舞阪さんなのですが、なぜ無口そうかと言うとそれは、彼が常に表情を変えないからなのです。

 無表情。その割に、笑うべきなのか、笑っていいのかよく解らない冗談めいたことを言われるので、私は困ってしまいます。本当に冗談のつもりで言っているのか、表情から全く読み取れないのです。

「もちろん頼りにしてますよ」

 ロゼッタさんは何の事もなく受け答えます。舞阪さんの不思議なテンションにも、もう慣れてしまっているのかもしれません。不思議な二人。付き合いもそれほど長い訳ではないのに、本当に仲が良く見えます。それが普通なのでしょうか。――おそらく、椿雪荘で暮らしているからなのでしょう。

「私は、もう纏めました。……本当に必要なものしか入っていませんけど」

「必要なものしか。――そうだな、俺に言わせれば、こういう時は不必要なものも必要だ」

「どういう事でしょう」

「うん、解ってると思うが、行きはバスだぞ。こいつがまた、なかなかに時間がかかる。おそらく車中は騒がしいだろうが。零はそう言う時はどう過ごしてる」

「えっと、私は、……本を読んだり、すると思います。あと音楽を聴いたり、かな……」

「なら、ちゃんとそう言うものも持って行くといい。確かに持って来いとは言われていないが、持ってくるなとも言われていないからな。抜けてるんだあの先生は――いや、髪の毛の事じゃあないぞ、これ言うなよ?」

「言いません」

「大丈夫です」

「あとは、手軽なボードゲームやカードゲームだな。携帯ゲーム機も場合によっちゃ有りだ。学校行事だからって気負う必要もないし、名目上学びを修めると言う修学旅行とやらでもない。――つまりは、ただの親睦会だ、新入生合宿なんてえのはな。好きな音楽なんかは話題のタネにしやすいだろうから、プレイリストを新しくまとめてみたりなんかするのも、準備の内に入るわけだな。まあ、余計なお世話かもしれないが、零の好きにしたらいいさ」

「――そうですね、散歩しながらちょっと考えてみます」

「そうか」

「いってらっしゃい」

 二人に見送られて、私は散歩に出かけます。



 ⇔



 ――雲雀先輩と舞阪先輩、と呼ぶのはよしてほしいと言われているので、舞阪さんですが、二人がこの椿雪荘に住まう事になった、最初の学生さんです。

 それまでは佐緒里さんと、もう一方が暮らしているようなのですが、今は部屋にいないでどこかに行っているそうなのです。私が兄さんと私の家で暮らしている間、椿雪荘には変化が色々あったようです。なんだか、本当に兄さんには迷惑をかけてばかりです。

 ちょっと長めの階段を上った先にある咲矢間神社の境内はひっそりとして、風のそよぎが木々を揺らす音ばかりが響いていました。涼しくて心地よいです。

「おいっす、零じゃんか」

「え、あ、雲雀先輩……おはようございます」私の後ろから声をかけてきたのは、雲雀先輩。スイカっぽいアイスを咥えていました。

「どうしたん、こんなとこで」

「ちょっと散歩です」

「……零も、ロゼッタも、あいつも明日から新入生合宿か」声のトーンが明らかに沈んでいます。どうしたのでしょうか。

「そうですけど、……どうかしましたか」

「いやさ、三泊四日で皆が楽しんでる間、あたしは一人で過さなきゃいけないんだなって思っててさ」

「あ、そうなっちゃいますよね……何かお土産とか買ってこれるといいんですけど」

「そんなん買えたかなぁ、買えたとしても、あっちで買うほどのものがあったような気はしないんだけどな」

「でも、佐緒里さんと長谷堂さんと一緒にどこか行けるんじゃないでしょうか。そしたら私も一緒に行ってみたいですね」

「やっぱりそうなるんだよなぁ。でも零、ここに着いた日のアレ見たろ。あの二人の間で、あたしどうすりゃいいと思う」

「……難しいですね」


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