雲雀の囀り。
引き続き、休日のそんな一幕です。
トイレ掃除を済ませた雲雀さんと長谷堂さん、舞阪さんもちゃんと手伝いました。
それに、ロゼッタくんも混ざって現在、舞阪さんの部屋に集まってゲームをしている所です。愉快な人たち。そうしてしばらく経った頃。
「あ、すいません、僕ちょっとトイレに」
そう言って、皆さんにゲームをポーズすることを確認して、ロゼッタくんが席を立って行きました。
「……せっかくだ、俺もついでに行くか」
少し遅れて、舞阪さんも席を立ち、廊下に出て男子トイレに入りました。そして二つ並んだ男性用小便器。水の流れる音の後に、向かいの個室の戸が開き、ロゼッタくんが出てきました。
「あ、どうも、お先に」ちょっと恥ずかしそうにしながら、用足しの舞阪さんの背を通り抜けて、水道で手を洗い、トイレから出ていこうとするロゼッタくん。
「ロゼ公」
「あ、はい、なんでしょうか」舞阪さんの呼びかけに、ロゼッタくんは振り向きます。
「……お前、いつも個室使ってるのか」
「え、そうです、けど……何かおかしいでしょうか」
「そりゃ……おかしいってことはないさ、しかしここに男性用が二つ並んでいるのにそれを使わない訳か」
「ええ、いつも座って……やっぱりおかしいですか」
「いや、おかしくはないんだが、座りションってのは、男にとってあんまりよくないらしい、――と言う話があるんだがな」
トイレの窓際に置かれた消臭剤は、雲雀さんが買ってきた詰め替え用の薬液がなみなみと注がれ存分その効果を発揮しているようです。それを見やりながら、用を済ませた舞阪さんも手を洗います。
「いや、気にするな。俺はおかしいとは思わないが、……男には連れションという文化もあるにはあってだな、もしお前が座りションを学校でもしているとしたら、もしかしたら不思議に思うやつもいるかもしれない、――そう言う話だ」
「あ、なるほど……お気遣いありがとうございます、こういう話はトイレでしか話せませんよね」
連れションの意味を何となく察したのか、ロゼッタくんは晴れやかな笑顔でトイレから出ていきます。舞阪さんも後に続いて廊下に出ました。
「……本当についてるのか」
「え、何の話ですか」
「いや、何でもない。……現実と言うのも存外、不思議なものだと思っている所だ」
「でも、――やっぱり、新入生合宿に行ったら、裸の付き合いってのをするんですよね」
唐突に、ロゼッタくんが持ち出した話。
それは、咲矢間高校恒例、五月の黄金週間を控えたこの時期、直前の平日を利用した三泊四日の新入生合宿。ちなみに振替休日はありませんが、帰ってくると黄金週間ですので、そこで埋め合わせをしているようです。
「そうか。俺も……また行かなければならない訳か。まあクラスは零も一緒だし、俺はいつも通り本でも読んでやり過ごすさ」
零さんは舞阪さんとロゼッタくんと一緒のクラスに配属されていましたが、色々あって入学が遅れてしまったのです。彼女は見かけによらずと言ったら良いのか、物怖じしなさそうに見えますが人見知りなようですし、クラスメイトに馴染むのには舞阪さんとロゼッタくんが協力してあげなければならなかったようです。
しかし、女の子ですから女の子同士の輪に入って、そんな気の良いクラスメイト達でしっかりフォローしてくれているようです。
「でも学校の専用合宿寮なんてあるのが私立っぽいんでしょうかね。温泉だそうじゃないですか。楽しみです」そんな話をしながら、二人は部屋に戻りました。
――ロゼッタくんとお風呂。男子たちが浴槽から立ち上がれなくなりやしませんでしょうか。舞阪さんも同じような心配をしてたりなんかすると、とっても胸が騒ぎますね、お嬢様。
――気持ちは解らなくもありませんけど、私たちは合宿風景は想像しか出来ないのだし、あんまり面白い話ではないですわ。
――そうですか。でもきっと楽しいお土産話が聞けると思います、それを思うだけでもう。ああ、楽しみですね、楽しみですねお嬢様。
「舞阪、あのさ」
「なんだ、ツグ」
「お前、来週からゴールデンウィークの頭まで、ロゼッタと零と一緒の、新入生合宿だよな……?」雲雀さんも、なにか思う所があったようで、新入生合宿の話を切り出しました。
「その話をしていた所だ。……まぁ新入生ではないが、俺がサボるわけにもいかないだろ?」
「…………はぁ」
「何だ、そのため息は」
「…………だってつまりはゴールデンウィーク使って合宿じゃんか、って事はだよ、あんたら帰ってくるまでのその間…………あたし一人ぼっちじゃんか」
「寂しいのか」
「あ、う、さ、寂しくなんか無い! ただせっかくの休みなのに一人ぼっちは――」
「やっぱり寂しいんじゃないか」
「だ、だから、もう、お前が、――お前がぁあぁ、うぅううぅう」そのまま長谷堂さんに泣きつく雲雀さん。若干呆れ顔をしながら、それでも頭を撫でてあげます。ああ、ちょっぴり羨ましいですね。
「……ほら、あたしらがいるんだからさ、気にすんなよ」そうして優しい言葉をかけてあげる長谷堂さん。
「と言うかな、お前一緒に遊びに行く奴とか……まだ、いないのか? 休みの後半は俺たちが帰ってくるからいいだろうけど、それで良いのかお前は」
「みなまで言うな、恥ずかしいんだよ、女の子同士で遊びに行くのだって、あたし浮くだろ絶対、迷惑に思われたらどうしようって思うじゃんか」
舞阪さんと離れ離れになってしまい、馴染みの薄かったクラスメイトたちとますます距離が出来てしまった雲雀さん。彼女も不憫な立ち位置ではあります。
「別にあいつら、――お前が思うほどお前の事を疎んじてはいないんだがな……そりゃ、そう思うんなら髪を黒くすればいいんじゃないのか」
「それは、何かいやだ」
「ツグも、もっと普通に女らしくしてみるとか、どうだ?」
「……長谷堂さんがそれ言うんすか」




