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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
4.叢話類聚~resonance affairs
24/30

謎:減りの早い消臭剤。

「なあ、消臭剤切れてんだけど。トイレの」

 見た目ヤンキー女一号のヒバちゃんが、いつも通り廊下に椅子を出し本を読んでいる舞阪さんへ声を掛けましたよ。ほんわか陽気の休日の午前中で。四月も末を迎えて、また過ごしやすい季節となりました。まぁ私たちの季節にはまだ早いですけどね。――いえいえ、こっちの話ですから、お気になさらず。

 運動会が春か秋に分かれている理由がなんとなくわかる気がします。春にやった方がいいですよね。例えばこの時期になると新入生合宿をやる所とやらない所なんてあったりしますし。

「待てよ。トイレって、女子トイレだろ。……そんなに早く切れるモノなのか。あれって確か、三カ月くらい持つだろうに」

「んなこた知らねーよ、切れてるから切れてるって言ってんだよ、そっちはどうなんだ」そっち、と言うのはもちろん男子トイレの事ですが。

「……見てくればいいだろ」

「ば、――行けるかよ!」

「気にすることは無い、今なら誰もいないし、誰も見ていない。俺はいるがどうでもいい」

「あのな。トイレったって、一応上も下もあるし、ここ」

「――だけども、最初に気付いた奴が気を回せばそれでいいじゃないか。第一、こうしてここに一緒に住んでたらトイレなんて男も女も一緒に使うものだろう、そういくつも自宅にトイレがあるわけじゃない。ここは共同スペースとして設けられているだけであって」

 そうして御託を並べる舞阪さん、しかし話しかけられた時から目線はずっと手元の本から動かしていません。ヒバちゃんの方は見向きもしていません。

「な、な、屁理屈は良いんだ、男子トイレに足を踏み入れるのは気が引けるから、ちょっと確認してくれればいいんだよ、そしたらちょいと一っ走り、あたしが消臭剤の詰め替え用を買ってくれば済む話なんだ」

「ついでにトイレ掃除でもしてくれればいいんだが」

「するよ、そのつもりだよ。だが女子トイレは超清潔だ、皆丁寧に使ってるからな」

「……ふむ。長谷堂の奴が便所を丁寧に使ってるとは思えないが」

 舞阪さん、長谷堂さんも女性なんですからそう言う事をはっきり言うのはどうかと思いますよ。

「なんだと、おま、長谷堂さんを馬鹿にするなよ」

「…………朝から何だっての、お前ら」

 そこに見た目ヤンキー女二号の長谷堂さんが現れました。ちょうどいいタイミングですね。

「いや、……ツグがな、女子トイレの消臭剤が切れてるから、男子トイレも切れてるかも知れないっつって、俺に確認して来いと言うんだがな、……俺は席を立ちたくないんだ、だから動けない。説明終わり」

「お前、もう、お前、どうしてそんな理由で動けないなんて、堂々と言えるンだよ……」と、呆れ顔のヒバちゃんです。

 舞阪さんにも困ったものです。この二人に関しては、お互い様と言えばお互い様なのですが。

「ん、じゃあちょっとあたし見てくるわ」

「えええええ! 長谷堂さんが何もそんな事を、この馬鹿を甘やかすのは間違ってるっすよ!」

「いや、いいんだ、ついでにトイレもしてくるからさ」

 そう言って、長谷堂さんは何の躊躇いもなく男子トイレに入って行ってしまいました。

「……………」

「ツグよ、この建物でトイレが別々なのは、気にする奴がいても困らないためであって、気にしない奴にとっては全部共同施設って事だ。男子トイレは個室が一つしかないから、場合によっては女子トイレを使う事だってあるだろう」

「そりゃ時と場合によるだろうけども、何て言ったらいいんだ、あたしがおかしいのか、何か全然納得いかないんだが」

 少し困惑気味のヒバちゃんですが、彼女はまだ羞恥心のあるうら若き乙女ですから、男子トイレと書かれているものに入る事に抵抗があるのはしかたないでしょう。かわいいですね。

「いやな、別に俺はあいつを馬鹿にしたんじゃない。お前もあいつを見習うなら、あれぐらい事も無げにやって見せろと言う事だ」

「…………ううぅうん」



 ⇔


 

 のそっと、長谷堂さんが男子トイレから出てきました。

「こっちも切れてたな。せっかくだからトイレ掃除でもするか」

「あ、あたし手伝います、――の前に消臭剤買ってきます」

「そ? じゃあ、あたし払うわ、ここは曲がりなりにも大人がねぇ。ふふふ」

「あ、はい、解りました、失礼しまっす」五千円札を受け取ったヒバちゃんはそのまま、サンダルを下駄箱から出して外へ駆けて行きました。

「……元気だなぁ、あいつは」それを見送る長谷堂さん。舞阪さんはその間も本から一切視線を外しません。

 しかしおもむろに本を閉じ、隣りに立つ長谷堂さんを見上げました。何か思う所があるようです。

「……長谷堂、お前ちゃんと流してきたのか」

「いやお前、真顔でそんな事聞くなよ、あたしも女なんだからさ」

「見ればわかる。――しかし俺やロゼッタじゃないとしたら、お前以外に誰がいるかな」

「え、なにそれ、冗談抜きの話で……?」

 察しの良い長谷堂さんは、舞阪さんが言わんとしている事が解ってしまったようです。

「まあ、根拠もなく人を疑うのは良くないとは俺も承知している……が、お前でないとしたら――」

「……いや、そしたら、確かにあたしかもしれない。ごめん、手間かけさせて」

「――それと、な。消臭剤の減りが幾分か早いと思ったからな、……そう言う事もあるかと思っただけだ。それに、酒が絡むとなると、例えば夜中のうちに済ませて、流し忘れて朝までとなるとな、籠るだろうしな」

「…………トイレ掃除頑張りまぁす」


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