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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
3.融雪の孤狼~master and servant
16/30

主様の帰還。

 ちょうど、長谷堂が結構な決心をしたその日。佐緒里の部屋で飲んだくれている時のその夜であった。椿雪荘の敷地に、見慣れぬ二人の人影が有った。

「やっと着いたな」男がつぶやく。

「ええ、久しぶりですね」その隣の少女が答える。

「久しぶり、か。お前ここにはあんまり来た事ないのにそう思うのか」男は旅行鞄を二つ、引き摺っている。隣の少女の分も持っているのだろう。持ってあげているのか、持たされているのか。

「確かにほんの数日でしたね。でも、久しぶりに感じますよ、ここの風景」

「そうか。それにしても……」

 午後十九時、割に早い時間であるから、椿雪荘の部屋から漏れる明かりが煌々と、暗い庭を照らしている。庭の男は、その光を数えて、

「随分、増えたな……ここの住人は」

「そうですね、私は佐緒里さんしか知りませんが」

「佐緒里はいいとして、……あいつの部屋は電気付いてないな。生きてるんだろうか」

「とにかく、まずは家です、私のために一年も空けてしまっていたのですから」

「いえいえ、お気になさらずに。掃除も楽しいもんだぜ」

「あの、学校の方には説明してあるんですよね、卒業旅行で――」

「それは、ちゃんと説明してある。それ自体は気にするまでもない。しかし、お前の方は、そうだな、――どうしたものかな、入学式から一週間経ってるんだ」男が少女に向き直る。

 慄然と傍に控える少女は、舞阪のように表情一つ変えずに、涼やかな声で答えた。

「私は、転校生だと思えばいいんです。ビビってはなりません」

「ん、まあ、そういう心構えなら大丈夫だろうな」

「はい、私は大丈夫です。兄さんは、どうするんですか」

「どうするも何も、ここが俺の家だからな。とりあえずお前の部屋でも作って、だからその前に掃除だ」

「私の家に居た時は、兄さんは頼まれた通りの仕事をこなす、立派な専業主夫兼家庭教師でしたけど、もうそうしなくてもよいわけですから……」

「やめてた仕事場に復帰する」

「……そうでしたね。今までお世話になりました」少女が深々と頭を下げる。

 男は、頭を掻きながら、欠伸をして答えた。

「ふぁあ、ろういはひまして」


  ⇔


「長谷堂ちゃん、窓開けて、窓。匂いが凄い、凄いから窓開けて」

「わかった、すぐ開ける」

「すごいですね、二人とも、こんなに飲むんですか」佐緒里の部屋にやってきたロゼッタは、いつもの整然とした佐緒里の部屋に、空き缶が大量に転がっているのを見て絶句している。フローリングには水滴が零れている所もある。

「いやいやロゼ公、こんなの、水だからさ、あはは」明らかに酔っているが、それでも長谷堂は意識がしっかりしている。

 どうかしているとしか思えない。むしろ、寝ぼけている時のほうが彼女は危ないのだが。

「あははは、ごめんね、ロゼッタちゃん。どうかした? うふふ」

「今、下のキッチンで舞阪さんがパスタ茹でてるんですけど、二人とも夕飯まだだったらどうかって」

「そうね、お相伴しましょうか、うふふ」

「パスタねえ。――あれ、外に誰か居るぜ」

 窓際の長谷堂がその人影に気付いた。

「誰かって、誰かしら」

「誰ですか」

「……あたしは知らないよ。でも二人組だね。あたしが幽霊でも見てるんでなければ、声をかけてみればいいんだろうけど。悪い人だったら困るし」

「こんばんわー! 御届け物ですかー?」

 いきなり、佐緒里が窓から身を乗り出し、大声を出した。それを長谷堂とロゼッタは支える羽目になった。

「ちょ、と危ない、あたしが落ちるだろっ」

 窓の外には格子が有って、ちょっとした鉢などぶら下げておけるようになっている。佐緒里が長谷堂と一緒にそこから半身を乗り出している。大手を振る佐緒里を長谷堂が抱きかかえる。格子がもろかったら大変なことになっている。

「大丈夫です、僕が支えてます」

「だから心配なんだよっ、痛い、痛い佐緒里痛い」

 静かに飲んでいたため長谷堂ですら気付かなかったが、佐緒里はかなり酔っているようだ。


「……誰かと思えば、ありゃ佐緒里だな」

 外の二人は、二階の酔っ払いたちの騒ぎを眺めていた。

「……宅配便か何かと間違えているんでしょうか」

「まあこの荷物があるからな。でもあれ酔ってるみたいだな」

 長谷堂の痛い痛い痛い痛い! が、殊にうるさい。

「返事したほうがいいんでしょうか」

「いや、――ここは騒いでも大して近所迷惑にはならない。だが、返事しても意味が有るかどうか、――だな」多分、意味は無い。

 男は荷物を少女に任せ、椿雪荘の玄関に向けて一目散に駆けだした。人が部屋に集まっている時、佐緒里は部屋の鍵はかけない。普段もたまに開いているくらいだ。

 男が思った通り、造作も無く部屋に入る。転がっている缶を蹴り散らかし急いで、疲れてへとへとのロゼッタを退かして、長谷堂と佐緒里を部屋に引っ張りいれた。

 あっという間である。

「だ、誰だか知らんが助かった。……女の部屋に勝手に入って来てる事については見逃してやる」

 ここが佐緒里の部屋だからであろう、長谷堂が何やらまともな事を言っている。自分の部屋であったらば、恐らく気にもしない。

 ロゼッタは、うつ伏せになり瀕死である。息も絶え絶え、無残。

 彼女の細腕で大人の女性二人を良く支えたものだ、と、ロゼッタを見遣り男は思った。

「あ、――久しぶりぃ……」佐緒里は男の顔を見てそう言ったきり、そのまますやすやと眠ってしまった。

 男は思案顔でこう言った。

「やっぱりベランダが無いのは良くないよな」

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