学生たちの朝。
翌日、生活リズムがまっとうな人間のそれに近くなって朝早く目が覚めた長谷堂は、シャワーを浴びて、ブラトップ一枚の上にジャージを羽織った格好でアパートの廊下の窓を開けていた。
空気の入れ替え。時間はまだ六時過ぎである。庭でスズメがちゅんちゅんと、しきりに草むらをつついている。朝ご飯だろうか。一体えさとなる何があそこにいるのやら。
しばらくそうしていると、舞阪が部屋から出て来た。彼の服装は、標準的な部屋着である。
「舞ちゃんおはよう」顔を見合わせると、とりあえず舞ちゃんと呼ぶようになったらしい。
「うん、おはよう。珍しいな、バイトか」
「いや、あたしの仕事は短期だからな、朝から働きに行く事もあるけど、今日は違うよ」
「そうか」質問しておいて、その答えにはどうでもよさそうな反応しか示さない。
――何考えてんのかな。
長谷堂もそう思ったきり、再び窓の外の景色に目を遣る。
「あ、長谷堂さんちぃっす」
今度はかわいらしいワンピースのパジャマ姿の雲雀が長谷堂に挨拶をした。雲雀が髪の毛をスミレ色にしていたのは以前からだが、青メッシュを入れたのは長谷堂の影響である。
「おはようツグ。かわいいな」
「え、あ、や、あ、あざっす」どう答えたものやら、辛うじて礼だけは飛びだしたと言う感じである。
このガラの悪いツグでさえ、寝るときはワンピースなんて寝間着に着換えて寝るんだよな。なんだかんだで、かわいい女の子だな、と長谷堂は思った。
「あんたたち朝早いんだな。春眠暁を覚えずって言うもんじゃないか。ま、あたしも早起きなんてしちまってんだけどさ」
「今からシャワー浴びてくるとこっす、出るのは早くても七時過ぎくらいで」
「なんて言うんだっけ、あ、そうだ、新学期だからな、張り切るのも解る。でも、そのうちなかだるみってのになるんだぞ、二年生は」
「うちの学校、校則は寛容と言うか、あたしの髪なんか見て解るとおりで割と緩いんですけど、一応朝風紀ありますんで。ちゃんとやらないと生徒会長が真面目ですから」
「へえ、そうか。ツグと舞阪は風紀委員だったもんな。でもお前らどう見ても乱す側だろ」
「え、いや、そんな事は無いっすけど、まあ、一理あると言うか……」
「まあいいや、ツグはシャワー行ってきな」
「あ、はい、じゃあ行ってきます」
長谷堂を相手にした雲雀は、敬語を多用する。どの辺りに敬意を表しているのかは分からないが、長谷堂にシンパシーでも感じているのか、自ら進んで舎弟のようなものをやっている。長谷堂が何か買って来いと頼んだら、喜んで駆けて行くだろうが、長谷堂もそこまでやきは回っていないので、未だ何も言いつけたりはしていない。
「長谷堂」
「何だよ舞阪――って、いつの間に着換えて来たんだ」
「いや、お前らが話してる間にだが」
舞阪は通っている学校の制服姿でさっきまでいたと思っていた場所に立っていた。こういう所は長谷堂も若干の警戒心を持っている。驚かされるのは、なんとなく癪にさわるからだ。
実際に、着替え済ませてそこに立っていた舞阪を見て長谷堂は驚いてしまったが。
「それで長谷堂、お前もし暇だったら、うちの学校の学食で働かないか」
「……どういう人脈から出てくるんだ、そう言う話。っていうかあたしにその話をなぜ持ちかける、明らかに人選ミスだろ」
「いや、昨日な、学食のおばちゃんに捕まって、昼休み中ずっと世間話を長々聞かされたんだが、その時に俺の周りで何か暇そうな人はいないかと聞かれてな」
「アホぬかせよ舞阪、どこにこんな髪型で食品扱う店員がいるんだよ。ボランティアだって断るぞ」
自分を客観的に見れる長谷堂であったが、舞阪は淡々とした反応しか返さない。長谷堂は久しぶりの真人間サイクルで起床して普段より血の気が多い。
「そういうの、誰も気にしないと思うが、暇そうな奴がいたら声をかけてくれと言われたので、目の前に居る暇そうなやつに聞いてみただけだ。――言っておくが当のおばちゃんも緑とオレンジのパーマ頭だしな」
「おばちゃんファンキーだな」
「人手が足りないと言うわけじゃないんだ、話相手がほしいだけらしい」
「つまり日中おばちゃんの話相手になれと言う事か。断るわそんなん」
「もしかしたら相性いいかもしれないと内心思ってたんだがな。じゃあ。キッチンでラーメン茹でてくる」舞阪は袋麺をちらつかせると、そのまま共同キッチンへ向かっていった。
「うへ、朝からラーメンかよ……」
「あ、おはようございます長谷堂さん」振り返ると、今度はロゼッタだった。
「ん、おはようロゼ公」
――そうか、この朝は学生たちの時間なんだな。
共同スペースの多いこのアパートで暮らす楽しみと言えば、この若い連中と共同体として生活することにあるんだと思う。佐緒里も毎日が楽しみでしょうがないと言う感じである。酒には付き合ってくれるし、愚痴愚痴した話も笑い話にできる。酔ってじゃれついたりじゃれつかれたり。
長谷堂にとっては佐緒里は、とてもいい友人である。しかしたまに眩しくもある。年も近いが、長谷堂とは感覚が違うのだ。なんとなく、塾の講師をしている佐緒里が羨ましいと思う事が有る。
「ほんとに、大学でも行ってみようかな……」
「学食で働けよ」
「それは断るっつったろ。ちゃんとラーメン見てろよ!」




