愛されている証
学生時代にお世話になっていたMDラジカセが壊れてしまって、修理する方が高くつくと言われたのを思い出して。今はMDラジカセも無くなったな……。
祖父の手が好きだった。
歪で見栄えが悪いと男爵とはいえ、貴族なんだからそんな恥ずかしいと父や母から不評だったその手が魔法使いのようにいろんな物を直していく。その様を見ているのが好きでよく時間があると祖父の側に行き、物が直っていくのを見つめていた。
「これはね。愛された証なんだよ」
「愛された証?」
不思議に思って尋ねる。祖父は手を止めずに教えてくれる。
「誰かに愛されて、必要とされているから直してほしいと持ってこられる。新しい物を買った方が早いという話もありそうだけど、これでないといけないと思われたからわざわざ直してほしいと持ってこられる。まさしく愛の証だ」
祖父の言葉がすとんと胸の中に落ちて響いた。
愛された証。
必要とされているからこそ祖父の元に来て直されていく。
それはとても素晴らしいことだと思えた。
「私もお爺さまのような魔法使いになりたい!!」
「ははっ。ノーチェが後を継いでくれるのか。そうか」
そんな私の言葉を祖父は嬉しそうに目を細めて聞いていた。
「いい加減にしろ!!」
父が叫ぶ声がする。
「何がです?」
持ってこられた柱時計をゆっくりと解体していく。
亡くなった祖母の花嫁道具なのですと依頼主が持ってきた品物を一つ一つ慎重に部品を外して修理箇所を探していく。
「そんな骨董品の修理などをしなくても新しい商品を買ってもらった方が儲かるんだぞ!! なのにいちいちくだらない修理など引き受けて……」
「くだらなくないわっ!! これは愛の証なのよっ!!」
祖母を愛していたからこそ直してほしいと持ってこられた。なのに、
「何が愛の証だ。お前も親父もそんな世迷言を言って!! 二度とこんな仕事を引き受けるな!!」
怒鳴るだけ怒鳴って、去っていく。
「………二度と引き受けるな。か」
祖父の時代は物は大事に使うのが当たり前だった。だけど、時代が変わって、修理をするよりも新しい物を買った方が安く済むという傾向になっていった。
作れる職人はいても、直せる職人は少なくなった。
この工房で直せるのはもう私一人だけだ。
「ありがとうございます!!」
柱時計の修理を依頼してきた貴族令嬢……いや夫人が嬉しそうに直った柱時計を見つめる。
「新居に持っていくのが間に合ってよかったです」
結婚したばかりの依頼主は、愛おしいという感じで時計を見つめる。
「新居に持っていかれるのですか?」
「ええ。祖母と同じように花嫁道具にしたいとお願いしたら両親が喜んでくれて……」
依頼主は優しく柱時計に触れる。
「………わたくしと夫を結んでくれたキューピッドなんですよ」
何度も話をしているのか思い出の時計を直してくれたのが嬉しかったからか。夫人は話をする。
旦那さんになった方とは政略結婚だったが、夫人には三人の姉がいて、自分を含めての誰か一人選んで結婚するという話で、お茶会の名目でお見合いをしたとか。
姉三人は積極的に話をしていたが、夫人はしり込みしてしてしまい話の輪に入れずに柱時計の側で隠れていたとか。
そのタイミングに柱時計が時間を知らせるように鳴り響き、初めて聞いた音に後の旦那さんが驚いてそちらを見て目が合ったとか。
柱時計に背中を押された気がして話に参加をして気が付いたら……と。
「だから、婚家にも持っていきたくて……」
「それはいい話ですね」
「貴女のおかげで夢が叶いました」
そんな話をして去っていく。
「――お世辞に気付かないなんてなんてお気楽なお姉さまなんでしょう」
「ペニエ」
綺麗なドレスに身を包んだ妹が呆れたように告げる。
「これで貴族令嬢なんて恥ずかしく名乗れませんわね」
「貴族令嬢って、お爺さまの代で貴族になっただけで、男爵位なのに威張ることでは……」
「あのお爺さまで爵位がもらえたのよ!! もっと爵位は上がるに決まっているでしょう!!」
お馬鹿ねと呆れたようにペニエは笑う。
「あの柱時計を修理をするのを待っていてあげたんだからもうこの工房を壊すってお父さまが言っていたわよ。物を修理するなんて貧乏人のすることで貴族がすることじゃないでしょうって、お姉さまも取り壊しに巻き込まれないようにもうここに来ないようにしてくださいね」
まあ、巻き込まれて亡くなっても構いませんがと告げてくるペニエを見て、あの父が修理を待っていてくれただけましだと判断して、修理の道具を持てるだけ持って外に出る。
貴族だからという理由で住みだした屋敷はまだ自分の家という実感は湧かない。祖父もそんなことを言って工房に暮らしていたことを思い出す。
工房の仕事が好きな祖父が貴族になったのは祖父の技術を認めてくれた方が支援した結果だったとか。詳しいことは分からないが、名誉貴族のようなものだと。だからこそ、父はその名誉貴族の様な立ち位置から脱却したいために様々なことをしているのをじっと見ていた。
それが悪いことではない。新しいものが増えるたびに手に入る人が増えるのだから。だけど、それで今まであったものが消えていくのもまたおかしい話だと思う。
もやもやとした気持ちを抱えて、何をすればいいのか分からずに後日。壊されていく工房をただ見つめることしかできなかった。
「お久しぶりです。まさか、こんな形で会えるとは……」
工房が壊されて半年たち、貴族令嬢らしくしなさいと言われてお茶会に送り込まれたのだが、そこは柱時計の修理を依頼した夫人が参加していた。
まさかの再会に二人して、驚き、そのまま話が進む。互いにこういうお茶会で話をするのが苦手だったので二人で話をしていられるので気が楽であった。
貴族令嬢。貴族夫人としては失格扱いだが。
「工房なくなってしまわれたのですね」
「ええ。まあ……」
工房が壊されていくのをつぶさに見ていたので顔が曇ってしまう。
「でも、新しく立て替えるのですよね。あそこはだいぶ老朽化していて危なかったので」
「……………」
老朽化で建て壊したと思っているのかそんな風に言われるが、何も言えずに口ごもる。
「実は、義弟にあの工房を紹介しましたの。義弟が大事にしている物を修理してもらえるかと」
「えっ?」
「だけど、工房は壊されていて、工房の管理をしていた男爵に相談しても『壊れた物よりも新しい物を』と言われて傷ついてしまって……」
夫人の話を聞いて、祖父の口癖の者は愛の証というの思い出す。大切にされてきた証をそう告げられたらどんな想いになるのか。
「アランナ侯爵夫人。私……いえ、わたくしに修理させてもらえませんか?」
胸に手を当てて頼むと、
「わたくしが言おうと思っていました」
と微笑まれた。
「これを直してもらいたいのだが……」
アランナ侯爵夫人の紹介で現れたのは近衛騎士団の方だった。
工房がすでにないので、どこで修理を引き受ければいいかと考えて、祖父の友人の職人に頼んで場所を借りた。
(確か、この方……ペニエがファンだと騒いでいたわね……)
名前は、ローベグリューン・アランナ。侯爵の弟君で、アランナ家にある爵位の一つを将来貰う予定とか……。
ローベグリューンさまの持ってきたのは粉々になった懐中時計。
確かにこれなら新しい物を購入した方がいいと薦めるほどの壊れ具合だが……。
「なるほど。――直したいですね」
蓋を開けるとそこに文字が刻まれている。
――君との永遠の友情を誓って。
大事な人から贈られた物。
その一文。
「……文字盤を保護していたガラスは新品になりますね。後、部品もいくつか交換………」
ああ、この部品は今は現存していないものだ。代用品に……。
時計を解体しつつ、どこまで修理できるかを呟きながらメモ書きをしていく。
「……直せるのか」
不安げに小さな声が尋ねる。
「ええ。――直します」
ただの物ではない。これは友愛という形の愛の印だ。
取り敢えず、部品が取り寄せられる物は取り寄せ………取り寄せられない物はそれに近い製品を削ったりして加工して、使えるようにする。
歪んでしまった針は叩いてできる限り元の形状に戻すようにして、硝子盤は新しく購入。
そんな作業光景を何故かローベグリューンさまは毎日見に来る。最初は本当に直せるのだろうかと不安げにだけどどんどんその表情が楽しそうなモノに変化していく。
まるで、魔法使いの手のようだった祖父の作業を毎日見に来ていた私のようだ……。
ならば、その期待に応えられるように直していくだけだ。それに毎日来られるのなら確認しやすい。丁度、このように。
「この傷はどうしますか?」
「傷?」
壊れた原因はおそらく、蓋の表面にある刃物の傷だろう。蓋とチェーンが切れて落ちたことで壊れたと想像が出来る。
だが、この傷を見ると。
「何者かに攻撃されたのを守ってくれたと思われます。――友人の贈り物で助けられたという証を研磨して消そうと思えば消せますが……」
「………残してもらいたい。無理でないのなら」
「分かりました」
ならば、傷を残して……でも、この傷痕が原因で悪くならない様に加工をして……。
「貴女の手は魔法使いのようだ……」
ローベグリューンさまが言葉を漏らす。
「ふふっ」
それについ笑ってしまう。
「すみません。……変なこと言っていました」
「いえ。――私も祖父の作業を見ながらそう言っていました。自分がそう言われるような立場になって嬉しくて……」
ああ、あの時憧れた祖父の技術を自分も身につけられているのだ。
それが嬉しい。
「そっか……」
「はい……」
時計を直す音だけが響く。
「俺は騎士団だから。怪我をさせたり、壊すことはできるけど、直すことも作り出すことも出来ない。辺境の騎士団は要塞を作ったり、人が住める環境を用意するらしいが、近衛はその技術を学ばない」
じっと見つめながら告げられる言葉。
「貴女は、ノーチェ嬢はすごい……」
褒められて、名を呼ばれると顔が赤くなってしまう。
「べ、別にすごくは……」
「いや、すごい」
はっきりと断言されると嬉しくなる。
家族はわざわざ直さなくてもいいと言っていたが、やはり直す作業が好きだ。
「ノーチェちゃん。ノーチェちゃんが良ければ、うちの工房の職人にならないか」
そんな私にお世辞のように祖父の友人が言い出す。
「あっ、でも。それでは貴族から庶民になってしまうのか……」
それなら無理かと心底残念そうにしている職人の声に、
「なら、俺の息子の嫁……」
「あの、自分は、一応、爵位を貰う立場ですが、領地のない名前だけの爵位なので貴族としての仕事もほとんど王都で騎士の仕事をするのみなので貴族夫人としての仕事も最低限になるので、あの、その……」
ローベグリューンさまが職人の言葉を遮って慌てて、そんなことを言い出す。
「す、すみません。その……ノーチェ嬢の修理に対する真摯な眼差しを好きになりました。結婚を前提にお付き合いをっ!!」
いきなり言われて驚いた。顔を赤らめて告げた後に、
「本当はここでいうつもりはなかったのですが……」
と言ってくる。
多くの職人がこちらを見て、どんな返事をするのかと見てくる。
「えっと、修理を終えてから返事をしてもいいでしょうか」
今はそんなことを考える余裕はないし、修理に集中できなくなりそうなのでと告げてしまう。
「はい。――俺も本当は修理が直ってから言おうと思っていましたが……」
職人の言葉で焦って言ってしまったと言われてつい笑ってしまう。
そんなローベグリューンさまの言葉に湧き上がる笑い声。
その声を聞きながら懐中時計を修理していく。無事に修理が完了するとともに、
「貴族らしいことも出来ないで、修理するのが好きな女性でも構わないのならお受けします」
と告げると感極まったように抱き付かれた。
父とペニエは納得いかないと文句を言っていたが、ローベグリューンさまの目の前で言う勇気はなかったようで婚約はすんなり許された。
「あら、わたくしがキューピッドになってしまったわ」
アランナ侯爵夫人――義姉の言葉に、
「ならば、柱時計が紡いでくれた繋がりですね」
と返すと義姉は嬉しそうに、
「ますますあの柱時計を大切にしたくなったわ」
と話をしていた。
「ところで、懐中時計の文字に関して聞かないのですね?」
「えっ? 聞いてほしいのですか?」
「まあ、いつか分かることですからね……」
そんなローベグリューンさまと同じ懐中時計を修理してほしいとローベグリューンさまの友人が訪れるのはそんな話をした数日後。
祖父が貰った爵位は人間国宝のようなものだと判断してください




