無自覚ホラスポブレイカーまひろちゃん
海の見える丘の上の一軒家を前にして、まひろは大きな荷物を足元に置いた。
今日から遠縁の親戚である八坂の家にお世話になる。失礼の無い様にしないといけない。
凡そひと月前、まひろの両親は事故で他界した。
まひろの両親は親戚の中では孤立していた。
葬式会場では遺されたまひろを誰が引き取るか、遺産は、と言う話をまひろはうわの空で聞いていた。
そうして49日の法要が終わる頃に、「うちには部屋が余っているから、まひろちゃんはうちで引き取りましょう」と声を上げたのが八坂の叔母様だと聞いている。
八坂の叔母様の家は遠い。
まひろが両親と住んでいた家のある街から電車とバスを乗り継いで4時間以上、更に徒歩で数十分とかかってここまでやってきた。
迎えに来てくれてもいいじゃない、とまひろはやっとひと息ついた。
呼び鈴を鳴らす前に、八坂の叔母様―――八坂千尋が姿を現した。
「貴女の部屋は、玄関から右の廊下の突き当たりにしたけど良かったかしら」
千尋は仕草で「あの部屋よ」と示してくれた。
八坂の家はかなり大きな平屋の日本家屋だった。
まひろが長旅で疲れているのを汲んだのか、「大輔、まひろちゃんの荷物を部屋に運ぶのを手伝って頂戴」と叔母様が声を掛けると家の奥からすぅ...、と背の高い男性が、「大輔」が現れてまひろの足元にあった荷物を持って千尋が指定した部屋へと運んで行った。
「ごめんなさいね、迎えに行けたら良かったのだけれど。うちには車が無くてね」
「いいえ、置いて頂けるだけでも有難い事ですから」
「車が無い」。
あの車庫にあるワンボックスの普通車は、飾りなのだろうかと、喉をついて出そうになったが、きっと何か理由があるのだろう。
「学校は丘の麓に見える、あの建物よ」
夏休みが明けたらあの学校に通うのか、とまひろはボンヤリと考えた。
行きは下り坂になるから楽そうだが、帰りはキツそうだ。
「運んだ」
いつのまにか戻ってきていた大輔は短くそう言った。
「ありがとう。さ、まひろちゃん、お上がりなさい。今日からこの家が貴女の帰る家よ」
ぺこりと頭を下げてまひろは八坂の家に入る。
木造の独特な香りが心地良かった。
「まひろ」
大輔がまひろの名前を口にしたので振り向いたが、別に呼んだ訳では無いらしい。
大輔は頭をポリポリとかきながら玄関から左側の奥へと姿を消した。
*
まひろに与えられた部屋は八畳の和室で、大輔が運んだまひろの荷物は部屋の隅に無造作に置かれていた。
(...あれ...?)
八坂の家に来る前に千尋から、6LDKの広い家で主人と2人暮らしなのは寂しいから、と聞いていた事をまひろはふと思い出した。
「じゃあ、大輔って、誰?」
会話していた時はすんなり受け入れてしまったが、大輔はどう見ても千尋のご主人、と言う年齢じゃない。
千尋の子供かなとも考えたが、それならば「主人と2人暮らし」とは言わないだろう。
訳ありで一緒に生活している?
葬儀と法要の場で数回会っただけだが、千尋は必要な説明は省いたりしない人だ。
『変わった風習の残っている地域でね。
まひろちゃんは恥ずかしいかもしれないんだけど、20歳になるまでは夜間に外出する時は保護者と手を繋いで歩くとか、女の子は月経の時は家屋から出てはいけない、と言う細かい風習があるの。
後は、女は家の右側の部屋に、男は家の左側に。部屋と部屋の間には必ず空室を作る、と言った感じね』
だから今は主人と2人暮らしなのに部屋がたくさんあるのよ、と千尋は言っていた。
元々は娘と暮らしていたが、嫁いで行ってしまったので2人になり、地域に伝わる奇妙な風習で娘1家とはもう長らく会っていないとも言っていた。
「夕飯の時にでも聞いてみようかな...」
◇
八坂琥珀、千尋夫妻がこの地域に越して来たのはもう40年近く前の事になる。
大学で民俗学を専攻していた琥珀がこの地域に伝わる風習に纏わる謎を解き明かしたいと願い、妻の千尋の賛同を得た事でこの地域に居を構えた。
『2人暮らしなら、部屋は4つか5つはあった方がいいですよね?』
この家の建築に関わったこの地域出身の大工はさも当然の様に言っていた。
「もしも子供が産まれたら、無償で増築しますよ」、とも。
この地域では、例え夫婦であったとしても「女は家の右側の部屋に、男は家の左側の部屋に」と言う決まりを守らないといけないので同じ部屋で生活する事は出来ない。
なら、どうやって子供を?と聞けば、
「祭の日に、神社の本殿と村長の家の土蔵が解放される。
子供が欲しいなら、祭の日に神社か村長の家に行くといい」
と返された。
子供が欲しい夫婦は、春夏秋冬に開かれる例大祭の日に神社か村長の家で子作りをするものなのだとあっけらかんと返された。
八坂夫妻は疑問に感じながらも「そういう地域に伝わる風習のひとつなのかもしれない」とどうにか納得して飲み込み、この村で娘を設けた。
なお、意外と個人情報は守られていて良くその手の風習の残る地域でまことしやかに語られている野次馬だとか、乱交等は一切無かった。
『お父さん、客間として扱う訳でも無いのに、どうして部屋と部屋の間に空室を作らないといけないの?』
娘の千花の疑問は当然だった。
『この地域の風習だから、としか言えないな…。僕も色々調べてはいるんだけれど、未だに詳しい事は判明していないんだ』
千花が成長し、大学進学を期に上京した先で出会った智治を結婚相手として連れて来た時、村長が八坂家に顔を出した。
『八坂の家は人が泊まるのには適していないから、もしこの村に泊まるつもりなら私の家に来なさい』
当然、智治は混乱した。
八坂家は6LDKだ。智治が泊まるだけの部屋はたくさんあるじゃないか、と。
『部屋と部屋の間にある空室は、人が泊まる為にある訳ではないからね』
イエモリ様の為の空間なんだよ、とその時に夫妻は初めて空室が存在する意味を知った。
―――イエモリ様と言う存在は、この村を守護する神様とその眷属の総称である。
この地域の人間が平穏に暮らす事が出来るのは、イエモリ様の眷属が家の中にある空室に棲みつくからなのだと、村長はそう言った。
*
(不思議な風習だな...)
大輔はイエモリ様の眷属だと、千尋は言った。
ただ、まひろは霊感と言うものは無い。
この地域に越してきて、急に霊感に目覚めた、と言う訳でも無いだろう。
霊感が目覚めたと言うのなら、良く分からない存在である大輔よりも両親の姿を見たい。
ぽたり、ぽたり、と涙が畳を濡らした。
今までただショックが大き過ぎて考えないようにしていただけで、中学生のまひろにとって両親の事故死は衝撃だったし、引き取って貰ったとはいえ良く知らない土地で生活を始めないといけないのは納得出来なかった。
そんなに多くは無いけれど、前の学校には何人か友達もいた。
まひろのスマホには、友達からまひろの身を案じるメッセージがいくつも届いている。
涙を拭い、まひろはひとつひとつにしっかりとメッセージを返した。
『いくつか守らないといけない風習のある地域だけど、叔母様も叔父様も良い人達だよ』
『変な風習?なにそれ』
『子供は20歳まで夜間外出する時は保護者と手を繋いで歩くとか、生理の時は家から出たらいけないってやつ』
『何処の秘境の風習よそれw』
『まひろ、ほんとに日本国内にいるんだよね?』
『うん、電車とバスを乗り継いで、更に徒歩で歩いたから間違いなく日本国内だよ』
『令和にもなってそんな風習が残ってる地域ってあるんだΣ(゜д゜;)』
そんな風にメッセージを返していると、千尋が部屋に入ってきた。
「まひろちゃん、言い忘れていたんだけど。子供のスマホは夜間、保護者が管理する事になっているから、渡してくれる?」
「...はい...」
「ごめんなさいね、向こうにお友達もいるでしょうけれど、この地域の決まりだから」
千尋は慣れた手付きでスマホのトーク画面にメッセージを打ち込むとまひろのスマホを持って部屋から出て行った。
手持ち無沙汰になったまひろは、荷物の中から教科書を取り出して広げた。
夜は長い。
スマホが無い、となると勉強をするくらいしか、時間を潰す方法は思い付かなかった。
□
『まひろの引越し先、心霊とか都市伝説のまとめサイトで有名な地域だよ』
『なっちゃん、調べるのはやいね』
『明日の朝、スマホを返して貰った時にまひろが直ぐに分かるようにしておこうと思って。はい、これがまとめサイトのURL』
『さんきゅ』
『ちょい見てくる』
10分後
『なっちゃん、アレマジ...?ほんとなら心霊でも都市伝説でもやばくない?』
『マジかどうかはまひろに聞くしかないと思うよ。伝えようにも、夜間はまひろに伝えられないし』
『でも、まひろは八坂のおばさんに頼るしか無いんだよね?他の親戚はまひろのパパとママを良く思っていない感じだし』
『...飽くまで噂聞いた話だけど、まひろのパパはまひろのママと略奪結婚したって話だよ。まひろを引き取ったのは確か、まひろママの遠縁の親戚のおばさんだよね』
『噂でしょ?まひろんちのパパとママ凄く仲良かったし』
『そりゃ略奪してでも手に入れたかった相手と一緒になれるなら仲良くなるでしょ』
『まひろパパが無理矢理連れ去ったー、とかだとしたら?』
『やめやめ。他人の家の事情に首突っ込まない。まあ、まひろなら大丈夫じゃない?』
『まひろはホラスポブレイカーだもんね』
『本人は気づいて無いけどね』
『イエモリ様終了のお知らせw』
□
あれは、2年前の修学旅行の時だった。
平和学習の一環で、当時防空壕として使われていた場所に行ったり、資料館を見学した後まひろは眠りに付いた。
熱もないし、疲れてただ眠っているのだろう、と担任と養護教諭は話していた。
実家が神社で霊感のあるなっちゃんが、「修学旅行の間、まひろ起きないかもしれない」と言った。
その言葉通り、まひろは修学旅行の2泊3日の期間中ずっと眠っていた。
目を覚ましたのは何かしらの病気かもしれないからと連絡を受けたまひろの両親が迎えに来てから、修学旅行に参加した教諭と生徒が全員学校に帰り着いた後だった。
ほぼ3日の間眠っていたまひろは、よく分からないうちに修学旅行が終わってしまった事を残念がっていた。
「あれは、すごかった」
帰宅したなっちゃんはそう言った。
「太平洋戦争で時間が止まっている霊体とか、元々その土地にいたやつとか、他にもたくさんの幽霊が私らの泊まってる旅館に入って来ようとしてたんだよ」
真面目に話を聞かずに面白半分で見学していた生徒に不快感を持ったものや、敵だと思い込んで攻撃してこようとした霊体が旅館まで憑いてきていたらしい。
しかし。
「全員、まひろに憑いてるヤツに追い返されてた」
まひろが眠ったのは、「推しに泥臭い姿を見せたくない」と言う矜持らしく、修学旅行が終わり、全員の無事が確認出来ると何処かに去っていったらしい。
「まひろって、何が憑いてるん?」
「...なんだろう、アレ...?」
なっちゃんは自由帳に「身長3mくらい」「筋肉」「色々デカイ」等々書いたが誰も今ひとつピンとこなかった。
*
朝。
まひろが目を覚ますと千尋と、まひろが寝入ってから帰ってきたらしい八坂の叔父様―――八坂琥珀が不可解そうにしていた。
何があったのか、と聞くとイエモリ様の為に空室にしている部屋が壊れているらしい。
内側から慌てて何か飛び出したかの様な酷い有様だと言う。
「嫌だわ、泥棒でも入ったのかしら?」
「それにしては、外から入った形跡は無いぞ」
ふたりが首を傾げていると、す...、と背の高い男性が姿を現した。
大輔ではない。
誰だろう、とまひろが思っていると男性は口を開いた。
「さかしまの呪いなら、解いた。まひろが住むのに、いわく付きの家は、良くない」
男性はまひろの首筋をなぞる。
「まひろが、持っていてくれたから。見付けるのは、難しく無かった」
まひろは父から「いつも身に付けていなさい」と言われた鮫の歯の首飾りに似た首飾りを服の下から取り出した。
「これの事?」
「そう。オレの爪」
ケラケラと、男は笑う。
「イエモリ様は、もういない。オレが、喰った」
「貴方、誰?」
「名前は、無い。人が、勝手に呼ぶ名前なら、ある。だが、まひろにその名前で呼ばれたくは、無い」
すりすりと頬擦りしてくる男にまひろが困惑していると、村長と神主が血相を変えた様子でやって来た。
「まひろは、なあんにも、知らなくて、良い」
男がそう言ってまひろをひと撫ですると、まひろは深い眠りに付いた。
―――この日、心霊スポットとしてのこの地域は完全消滅した。
『○○村のイエモリ様』
災厄から村を護る存在として○○村で祀られている存在。
実態は妖怪が神を騙り始めた存在であり、村に伝わる風習はイエモリ様が村を自由に動き回る為に必要な条件である。
明治初期から神主がイエモリ様の存在の眷属を騙り人攫いを主導する様になったと噂されている。
現在のイエモリ様の眷属の多くは脱獄者や、出所後に居場所の無い者達だと言われている。
『酒呑童子』
まひろに取り憑いている存在。まひろの両親が親戚の中で孤立していたのはまひろが生まれた時に鬼の花嫁としてまひろを差し出した為。
まひろにベタ惚れの大妖怪。




