9. おにく屋さんへ、レッツゴー♪
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「……ここなんだけど」
リリエルがアンリを連れてきたのは、≪紅てがら≫からさほど離れていないところにある肉屋である。
ここも歴史のある老舗らしく、小ぢんまりした店構えにはよく手が入っていた。
≪にくや≫と刻まれた看板、古びた飾り窓はきれいに磨かれ、赤煉瓦積みの外壁に鉢植え金柑の緑があざやかだ。
夕食の用意をするにはだいぶ早い時間帯ながら、開いたままの扉から客の待ち列が見える。並んでいるのは、こぎれいなかっこうをした年配女性ばかり。
「なかなか美味しい、いけてるおにく屋さんなのだねッ」
扉をくぐって行列の最後尾につきながら、アンリはリリエルに低く言った。
「実際に食べる前なのに、わかるの?」
「うん。料理人の第六感というやつでね! ナイアルさんの妖精じんましんみたいなものさ」
さらっと嘘である。
店の外側へのお金のかけ方、客層の様子で、食べもの商売の繁盛あんばいはだいたいわかるものだ……アンリにでも。
「リリエルちゃんちの、行きつけのお店なのだよね?」
「ええ、そう。うちはいつもここで買うの。……アンリさん、何買うの? ひまわり亭の食材にするの?」
「いいや、今日は俺の興味本位でお買い物なんだ。ともかく、例の謎の腸詰めをいただこうと思ってね」
リリエルが、ちょっとだけうつむく。
「あれはちょっと、……外れだったみたい。あたしは、おいしいだろうって信じて買ったんだけど」
アンリだけに聞こえるような、低いぼそぼそ声でリリエルは言う。
伏せた瞳が、何だか寂しげだった。
「……俺も信じるところがあるんだ。だからこそ、君にここに連れてきてもらったのさ~」
「え?」
リリエルが小首をかしげた時。会計をすました女性が、ひとり二人と続いて出て行った。列が一気に前に進む。
「次のお客さん、どうぞ。……あっ」
「福ある日を」
ぴしッ、といきなりしゃっきり改まった態度で、リリエルが長台むこうに挨拶を送った。
「……いらっしゃいまし。≪紅てがら≫のお嬢さん」
いかにも典型的な、肉屋の内側である。
長台いっぱいに売りものの肉類を並べて、壁側の作業台で客の希望どおりに切り分け処理をしてくれる様式だ。
三人の肉職人がめいめい客の注文を聞き、年輩のおかみさんが端っこで勘定を担当している。
リリエルに声をかけたのは、一番若い青年の職人だった。
まろやかな表情をまる顔にのせ、まるまるとした身体にお仕着せ前掛けをつけている。しかしやっぱり肉屋である、あどけなさを残した顔とは裏腹に、両腕はもりもりと力強そうだ。
「……なにを、差し上げますか」
「昨日いただいた茸入りの腸詰めは、ござんすか?」
はにかんだように言う職人に対し、リリエルは母マリエルそっくりの若女将調子ではきはき問うている。
自分に向けてぼそぼそ話していた時との変わりように、アンリは少々面食らった。
――いきなりぴりっと黒こしょうをきかせるとは……、リリエルちゃん? なんで??
「はい、……ございます」
「ではそちらを。アンリさん、いくつご要りようざんすか」
あおぎ見られて、アンリはぺかっと小さくてかった。
「あ、ええっと。二十四本、お願いしますぅ」
青年肉職人は一瞬、ぱかっと口を四角く開けた。しかしすぐにうなづく。
「で、では今お持ちしますので」
長台の裏戸から、貯蔵庫のあるらしき場所へと出て行った。
「……お店用じゃないって、言ってなかった?」
再び声を低く落として、リリエルがアンリに囁いた。
「うん、自分ち用だよ! と言ってもほら、味を確かめるためには俺も数を食べるつもりだし~。それに何と言っても、うちにはビセンテさんがいるからねぇ~!!」
やがて青年が、大きな包みを手に戻ってきた。
「あ、あの……。申し訳ありません。今朝は二十本しか作っていませんで、これで全部なんです」
肉職人のまる顔は、真っ赤になっていた。アンリは朗らかにうなづく。
「あっ、それで構いませんよ! ところで、中のきのこは何を使っているんです?」
「き、菊花茸です」
「きくだけ~? み・て・る・だけ~??」
「きっかだけ、です……」
きらぺかっと頬を光らせて、アンリは若い職人にうなづいた。
「なるほど。どうもありがとう」
「……まいど、ごひいきに……。お勘定は、あちら奥でねがいます」
勘定役のおかみさんにお釣りをもらい、腸詰めの巨大な包みを持ち上げた時。アンリの視界に、ふいと入った小さな景色があった。
伏し目がちに目礼を送る肉職人の青年に、リリエルがうなづき返している。
いなせな顔をきぱっと輝かすように、口角をちょっと上げて、≪紅てがら≫の次期おかみは口ぱくだけで青年に声をかけていた。
≪がんばってね≫
そう言った……っぽいな、と料理人は思う。思うだけであとは何も考えない。
アンリの脳内には、この時とぐろを巻く新鮮な腸詰めへの思考だけが、ぐるぐるいっぱいに詰まっていた。
ほかのことを考え気にかける余地なんて、みじんこ麦粒ほどもなかったのである。




