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8. 食材をもとめて……市内縦断、大疾走

・ ・ ・ ・ ・



「……って言うことが、あったの」


「ほ、ほ~! にしてもミオナちゃん。その腸詰めって、そこまでおいしくなかったのかい?」



 テルポシエ南区、あなご通り三一七番地。≪金色きんのひまわり亭≫厨房である。


 料理人アンリとミオナは中央の食卓いっぱいに浅いざるを並べて、明日の昼営業に出すための白いんげん豆をっているところだった。



「ううん。ちっともまずくなんて、なかったの。わたしは腸詰めあんまり食べたことないし、そういうものなんだって思ったんだけど……。ほろほろっとしてて、やさしい味だったな」



 つぶつぶ、極小のたまごみたいな豆粒をかなりの速さでつまみ上げながら、ミオナは言った。


 アンリの方を見てもいない。若く細い指で、ひたすら白いんげん豆を選んでゆく。虫の食ったものだけを、水につける前に取り出さないといけない。


 ずんぐりむきむき、むしろ腸詰めみたいな指を駆使して、やはり超高速の豆つまみ上げを行いながら、アンリも考え込んでいる。



「お肉は豚と言ったね。入っていたきのこの種類、わかる?」


「全然わからないの。今までに食べたことのない匂いと食感だった、ってことしか……」


「ふむ」



 それじゃあ一般に出回っているようなきのこじゃないな、とアンリは推測する。



――秋から冬にかけた今の時季に出回る森のきのこは、よく知られたものが多い。俺も最近よく使っているし、ミオナちゃんなら判別のつくものがほとんどだろう! ……と言うことは、ちょっと珍しい≪原きのこ≫かな? 春に出た乾物だろうか……。



 ぺか、ぺかーッ!! 考える料理人の頬が、本日もぺかる。しかし食材推理に勘を働かせているために、照り方が少々つや消し・・・・まったり気味であった。



「……ナイアル君はね、≪谷きのこ≫じゃないかって言ってたよ?」



 ふいッ!


 顔を上げた時、料理人の顔の輪郭は毛筆描きのようなおとこの顔になっていた……濃い!!



「本当かい、ミオナちゃん!」



 料理人の声の響きに深刻さを聞き取って、ミオナもまた顔を上げた。


 アンリの顔の濃さに微妙に引きつつ、少女はこくりとうなづく。



「ナイアル君でも、きのこの種類まではよくわからんって言ってたけど。歯ごたえがあるのは水気が多いからで、そういうのは谷間でとれるきのこによくあるからって」



 ふ・しゅ~~!!!


 なぜか突然、真っ黒べた塗りになった背景をしょったアンリ。そのするどき眼光が、白ぬりほわいとに光る!! ううっ、集中線はきつい!



「なるほど……。ミオナちゃん、すまないが俺はちょっと出てきます。ここを任しても、いいかい?」


「え? あ、はい。もちろん」



 腰掛から立ち上がったアンリを、ミオナはきょとんとして見つめたが、即座に答えた。



「傷んだお豆をぜんぶって、そのあと軽く洗ってから、あのお鍋に漬けとくのね?」


「そうそうそう。よろしく頼むよ」



 アンリは料理人の帽子を頭から取りながら、満足そうにうなづいた。



――手先も器用なら機転もきく、ほんとによい子。こんな未来まぶしき素晴らしいお嬢さんを、ナイアルさんのお嫁なんかにさせちゃあ絶対にならん! 全人類の損失だッ!



「半刻ばかしで、必ず帰ってくるからね……。ああそうだ、こういう時こそ店長の出番! 店長、店長ぉぉぉー!! すてきにめんどい単純作業があるんでぇー、代打してもらっていいですかあー!?」



 思いついて、アンリは天井にむかい叫んだ。


 ど・こッッ!!


 さほどきつくもない衝動、その天井が低い音をたてて震える。



「イマイク、マットケ……だって。ミオナちゃん、店長が豆りを手伝うからね~!!」


「はい」



 厨房のだいたい上にある、上階の一室で本職のお直し活動を行っているダンが、手加減……足加減したかかと落としを床にぶつけたのである。


 とくに機嫌が悪いわけではない。これがめんど臭がり屋のダンの、日常交信だった。



・ ・ ・



「こーんにーちはぁっ! アンリでーす!!」


 顔を真っ赤にして、南区から一直線。


 北区下町の≪紅てがら≫まで疾走してきたアンリは、老舗しにせ乾物商にとび込むなり声高らかに言ったのである。



「すみませーん!! リリエルお嬢さんを、お借りできますでしょうかぁっ!?」



 午後の早い時間帯だ。さいわいお客はいなかったが、勘定長台の後ろにいたおかみのマリエルが、ぶはッと噴いてこけそうになった。



「いきなりどうしたね、アンリ君? どこか行くのに、道に迷ったのかえ!」



 地図の読めない男、および番地を聞いてもそこにたどり着けない男として、アンリは広く周知されている。ちなみにここ≪紅てがら≫へは、過去さんざん通っているので、さすがのアンリも一人で来ることができていた。



「リリエルは近場に配達に行ったところだよ。ナイアルなら奥で在庫の補充してるし、なんぼでも貸すがねー?」


「……なんかひでぇこと言ってねぇか、マリエル姉ちゃん。おうアンリ? 何でここに」



 話を聞きつけて、長台裏の戸からナイアルが顔を出した。



「いーえ、ナイアルさんはもう間に合ってるんで結構ですう! この瞬間、俺が必要としているのはリリエルちゃん、≪紅てがら≫期待の若たけのこ! リ~リエ~ルちゃ~~ん!」


「熱っぽく吠えるな! 客が来たらどん引きされるだろうが、ばかものッ」


「……あたしが、どうしたってー?」



 その時、正面玄関から扉を押して、からんとリリエル本人が入ってきた。とたん、アンリはぺかーっと頬をてからせる。



「すまないね、リリエルちゃーん! 俺をとあるお店に、配達してもらえるかーいっ」


「はぁー???」



 ナイアルとそっくりの太い眉を上げ、翠の大きな目をさらに大きく見開いたリリエルは、そのままさくっと料理人に押し出されて出かけることになったのである……。



「お買い物……? アンリさん、何であたしと??」


「はっははー、新規開拓というやつなんだ、リリエルちゃん! ≪紅てがら≫のお夕食になったという、謎の腸詰めの正体を確かめたくってねッ」



・ ・ ・


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