7. できそこないのソーセージ
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「う~ん……」
「微妙だぁね」
ここはテルポシエ大市の北区。気の置けない買い物のできる、にぎやかな下町の一画である。
老舗乾物商≪紅てがら≫の台所兼食堂に、家族がぎっしり詰まっていた。
そこにあるのはまちがいなく団欒の温かさなのだけれど、四角い食卓についた一同は、めいめい各自の皿を前に考え込むような表情をしている。
夜八ツを過ぎて店を閉めた後、皆で囲む夕餉はいつだってうまい……はずなのだが。
「腸詰めと言ったら。一番かんたんな平鍋蒸し焼きで、実力のほどが知れるもんだが」
もぐもぐごくり、とのみ下したものの感想を、ナイアルは神妙に述し始める。
「……こりゃあ落第だ。残念だが」
「ああ。残念だが、ぼんやりし過ぎな味だね」
上記二行のこのせりふ、言っている人物はたしかに二人いるのだが、まったく同じ音声である。
ナイアルの評価に同意したその父が、似すぎな声でぼやいたのだ。
「香辛料がまるできいていないし、塩っ気すら感じないよ?」
ナイアルの正面席で食べていたその姉、≪紅てがら≫現おかみのマリエルが、弟そっくりの翠の瞳をかげらせて言う。
「香草ならじゃこう草か迷迭香、熊にんにく……。なければ黒胡椒やにくずくなんかの香辛料を、腸詰めには入れるもんなのに。わざと入れてないのかね、これは?」
「そうだね、忘れたってこたぁないだろうよ。意図的に抜いてるんでないの」
その横で食べているのは、ナイアルの母。マリエルをひと世代分しわしわにしただけの、複製のようなおばさんは≪紅てがら≫前おかみだ。
「でもさ、これ食感はちょっと面白いよね? 肉の他に、何が入ってんだろう」
「それ、茸なんだって。お祖母ちゃん」
マリエルの反対側から口を出してきたのは、次世代≪紅てがら≫おかみの若きリリエル嬢だ。
祖母および母マリエルと、みごとに同じ顔である。きりりと太い眉に、大きな翠の双眸がなかなかいなせ。ぱらりと目立つ美人の娘である。
「あ~、そっか! きのこの味と香りを殺したくなくって、わざと香味を入れてないんでないの?」
角席で食べていた、マリエルの夫にしてリリエルの父が言った。婿養子としてこの家に入った、ナイアルにとっての義兄である。
「いや、義兄ちゃん。それにしちゃあ、茸っぽい芳香なんともしなくないか?」
勢ぞろいした≪紅てがら≫の面々が食評しているのは、リリエルが肉屋で買ってきた豚肉の腸詰めだった。
緑のつぶ豆をこんもり盛った上に鎮座した本日の夕餉主役は、一家が期待した味とはかなり違っていたのである。
「しゃあない。色々かけてみるかな……。えーと、熊にんにくに塩と黒胡椒」
ナイアルはひょいと立って、調理台の上の棚から素焼きの壺をいくつか取り出した。食卓中央に置かれたそれらの香辛料に、四方から皆の手がのびる。
「ま~、うちは乾物屋だしねぇ。香辛料をあとづけするのも造作ないが、用意のない他のお宅には、ちと不便だね」
塩をつまんでぱらぱらと腸詰めに振りかけながら、マリエルが言った。
「だねー。リリエルや、せっかくお使いしてくれたのに悪いが。次からはいつものやつを、買ってきておくれな?」
「……はい」
穏やかに頼んだ祖母に、リリエルは短く答えた。
その後、食卓の話題は本日のできごと総まとめ編に移る。各人めいめいの好みの香味をふりかけられて、腸詰めも食べられてしまった。
ただ一人、ミオナが何もあとづけせずに食べたことには、誰も気づかない。
リリエルのすぐ横で、この少女だけが≪紅てがら≫次期おかみの異変に気付いて心配していた。
なりたい見本としている年上の娘の横顔は、ミオナがそっと盗み見ても、平生と変わらない。静かなすまし顔である……しかし。
――リリちゃん。どうしてそんなに、悲しがってるの??
常人の域を超え、ずば抜けた聴力を有する≪声音の魔女≫の娘であるミオナには、聞こえてしまっていた。
かなしさくやしさ、あるいはやるせなさ。
そういう負の気持ちをしずめようとして、必死に脈打っているリリエルの心音が。
・ ・ ・
「ミオナちゃん。あとはあたしが片付けるから、先に洗い場でお湯を使っちゃって」
「はい」
夕食の片づけを一緒にしていたリリエルにそう言われて、ミオナはようやく心音から意識をはがす。
≪金色のひまわり亭≫と≪紅てがら≫。両方の店で丁稚あつかいのミオナは、市から遠い家には帰らずに、乾物屋に住み込んでいた。
もっともこれは、翌年産休に入る女将エリンの穴埋めに備えてのことだ。≪ひまわり亭≫に詰める日数の多くなる、今に限定した住み込みだった。
地上階、店舗脇の≪商談室≫ひとつを改造した狭い室が、ミオナの現住居である。簡易寝台をむりやり押し込んだだけ、納戸みたいな場所だが、少女はここが気に入っていた。
ちゃきちゃき話す乾物屋の一家はみんな優しいし、まじめである。そういう人たちの音に囲まれて暮らすのは、心地よいことだった。その中心にナイアルの心の臓がどくどく平らかに脈打っているのだから、さらに好い。
小さな寝台の上、蜜蝋灯りを吹き消す前に、前回お稽古の書道お手本をもう一度指でなぞってみる。
「……」
むずかしい。
正イリー語は、長いつづりの中で各文字つづりをきれいにはねさせるのが、本当に難しい。
けれどミオナは、早く大人になりたかった。
かっこいい字がすらすら書けて、頭の中でばんばん暗算のできる、大人の女将さんに。
実家の父に、蜜煮屋ののれん分けをしてもらう……。そのテルポシエ市内支店を、一刻もはやく繁盛させたいのだ。
――ナイアル君が、他のところへお婿に行っちゃう前に! 早くはやく!!
焦る気持ちをどうにか静めながら、今夜もミオナはお習字をなぞっている……。




