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金色のひまわり亭にいらっしゃい♪ きのこ鍋っ子、腹ぺこちゃん  作者: 門戸
またのご来店をお待ちしております♪
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【完】ナイアル・ミルクティーでまたのお越しを!

 

「世界の終末ですか、ナイアルさんっ!?」



 アンリはぎょっとした。


 急須からタエを注いだ湯のみの中に、副店長は蜂蜜と……ぎゅぎゅぎゅ牛乳を入れて、混ぜているうううう!? そんなこと、今まで一度もしたことがなかったと言うのに!



「ミオナちゃんを心配しすぎて、あるいはひまわり亭の売り上げがはかなすぎて、お顔以上に頭が変になっちゃったんですねー!?」


「ばかもの。これはタエ生産者のキヴァン人がみとめる、公式淹れ方のひとつだっ」



 力なく見上げてきたミオナに、ナイアルはその湯のみを手渡した。



「大丈夫なんだ。飲んでみな、ミオナ」


 言われて、ミオナは恐るおそるすすってみる。



 びっくりした。



 これまでに飲ませてもらった≪タエ≫とは、全然違う。……いいや、同じ素敵な香り。けれどそこに牛乳のまろやかさと、蜂蜜の甘さがよっこらしょと肩を組んでいて、……とてつもなく優しかったのだ。



「おいしい。すっごく、おいしい」



 飲み込んだ先の喉からお腹から、ぽーっと温かくなる感覚に満たされて、ついミオナは声を上げた。



「はー、ようやく今朝はじめて笑ったなぁ」



 極太まゆ毛をぎゅっと上げて、ナイアルもみどりのぎょろ目でミオナを見た。



「ななな何なのですこれは、ナイアルさん! 俺の知らない、異世界の味がするぅっ」



 ついでに淹れてもらった湯のみを持って、未知の味覚にアンリはわなわなびいと震えた。



「温めた牛乳とも、まーったく違う! タエの渋みが在りながら、それを内包したまるい口当たりになっているとは……!?」


「俺も教えてもらった時は、びびったけどよう」



 自分では何も加えないタエを飲みながら、ナイアルは言った。



「このタエ作った、農家のばあちゃんはな。どうにも疲れて力が出なかったり、体調がわるい時にこれを飲むんだと」


「あ~、確かにそんな感じはしますね。養生系っぽい」



 年間を通して元気はつらつ、むしろ張り切り過ぎの料理人は同意した。



「俺には、あんまり必要ないかな~」


「お前に淹れとらん」



 飲み干されたミオナの小椀に、もひとつ淹れてやりながら、副店長はじとりとアンリをにらんだ。



「……今だから言うけどよ、ミオナ? 俺っちもな、試験にいっぱつ合格なんぞ、したことがないんだ」



 えっ、とミオナはナイアルの顔を見た。ぎょろ目が言っている、嘘じゃない。



「お習字も計算も短槍も乗馬免許も、二回三回落っこちてからようやく昇級してったんだ。やっぱ恥ずかしかったし、つらかったけどよ? そこんところでっぽり出さんかったのは、自分でも偉いと思う。諦めない限り俺らはその目標に向かってんだし、向かい続けていいんだ。やめる理由にはならん」


「負けてないのは、勝ちのうち! 同点引き分けを勝利に含める、強引な方針ですね? ナイアルさ~ん」


「俺は球技せんから、そのたとえはよくわからん。けどミオナ、わかってるな? お前は何にも、なーんにも失ってないんだよ」



 見下ろしてくるみどりのぎょろ目は、やさしくて活力に満ちていた。


 けれど……、とミオナはわだかまる。



「ナイアル君。いらついてない?」


「へっ? 何でだよ」



 今朝からずーっと、ミオナは聞いて気づいていた。


 ナイアルの心音が、微妙に乱れているのだ。


 こんなところで失敗をした自分にがっかりして、歯がゆい気持ちでいるんじゃないのか、と思えた。


 ……ミオナがいちばん辛く感じたのは、実はそれなのである。



――なんにも失くしていない、と言うけど。わたし、ナイアル君の信頼をなくしちゃったんじゃないのかな……。



 と、と、と、と……。


 ミオナのその不安を押しのけるようにして、すぐそばのナイアルからいつもの鼓動が聞こえてくる。


 ゆるがない、一定の心音はいつもの調子にもどっていた。



「ぜんぜん全然、怒ってもいらついてもいないぞ。むしろ、俺らのミオナが得をした、と思っている」


「得?」


「そうだ。反省して、次の機会に対策として活かすための経験。いっぱつ合格したやつが、絶対に得られない経験値だ。失敗はしたもん勝ち、乗り越えた者がちなんだよ」



 にいっと笑顔で言うナイアルにつられて、とうとうミオナもににいっと笑った。



「そうだね。ナイアル君がお得って言うんなら、それ本当だもん。次回までばっちり勉強する気になったぶん、ついてるってことにしよう」


「ようし、よし」



 副店長がうなづいた時、厨房の入り口に、にゅうと出た姿がある。ビセンテだ。


 その後ろ、もっそりとダンも顔を出した。



「おう? ビセンテ、母ちゃんの送迎が終わったのか。ほんじゃ東門まで、イスタの野菜配達を受け取りに行くっすかね? 大将ー」


「おゆのみ、洗っておきます」



 ナイアルの手から湯のみを受け取って、ミオナはてきぱきと流しに向かう。


 副店長と獣人がばたばた出かけ、ついてく専門の店長がそれに続いて消えた。


 専用の仕事衣に着替えて、客用手洗いの掃除に行こう……と向かいかけたミオナに、何気なくアンリが声をかける。



「ミオナちゃん。さっき、どうしてナイアルさんが怒ってる、って思ったの?」


「えっ、……」



 少女は驚いて料理人を見た。


 アンリは鍋ふたを取り、豆の煮え具合を見ながら聞いてきている。



「ナイアルさんの中から、何か変な音が聞こえたのかい?」


「うん、……ちょっとだけ、心音が乱れてたから。アンリさんにも、聞こえたの?」


「い~や! 俺にわかるのは、腹ぺこちゃんたちのぐう・・の音だけだねえ」



 ちょっとどきりとしたミオナは、それでかくんと脱力する。


 ≪声音の魔女≫の娘、自分たち家族以外にあの音は聞き取れないものだと言うことはわかっていた。



「でもー。ナイアルさんの調子が、いつもと違ってたって言うなら。それ単に、ミオナちゃんのこと心配してただけなんだよ」


「……」


「例えば、だよ。俺が料理で、取り返しもつかなければ焼き直しもできない、壮絶なあやまちをおかしてしまって。猛烈に落ち込んだら、ナイアルさんあのタエ淹れてくれるだろうか」



 ミオナは小首をかしげた。……想像できない。



「くれないよ。背中をいっぱつ、ばっしーんとぶっ叩いて、おら次だ次次! 次の鍋を作るのだアンリ~! と明るく気合いを入れて、以上おわりさ~。しかしミオナちゃんには、牛乳タエをつくってくれる。お客さんにも出したことがなければ、ほかに誰も飲んだことのないやつをさ。どうしてだろうね?」


「どうして、って……」


「あの人。ほんとの本当に、心配してたんだよ。元気なくしてるミオナちゃんを!」


「……」


「何といっても、≪金色のひまわり亭≫および≪紅てがら≫の超重要・最年少店員であり、大事なお習字妹弟子だからね~!!」



 豆の鍋のふたを閉めて、アンリはくるりとミオナを見た。ぺかぺかぺか……その頬が真っ赤に焼きたて、ぺかついている!


 アンリは後半部分、理由づけにものすんごく力を入れて言ったつもりだった。かわゆい処ますこっとが副店長を大好きなことは知っている! しかしそこにはどえらい年の差があるのだ、分別ある大人として何としてもミオナに諭していかなければならぬ……あんなおじさんのお嫁になることを夢見ちゃいかんッッ。



『料理以外に分別のかけらもないお前だが、ここだけは合っとるぞ!』



 調理台前の壁にかけられた古き平鍋ティー・ハルも、しかつめらしくうなづきながら同意した。



「さて、ミオナちゃん! 今日も一日、はりきって腹ぺこちゃん達をお迎えしようねッ」


「はいっっ」



 ミオナの頬っぺたも、アンリにおとらないばら色に染まっていた。


 さっき飲んだナイアルのタエが、お腹の中で力強い熱になっている。料理人の力説前半があんまり嬉しい衝撃だったから、ミオナは後半どうでもよくって聞いちゃいなかった!


 ナイアルが、心の底から心配してくれた……。大事にしてもらっているという事実が、イリーお習字五級試験の落第を、もう小さな小さなものにかすませていた。



――そうだ、そうだった! わたしにはこんなところで、落ち込んでるひまなんてないんだった! 失敗をいっぱいして、どんどん経験を積んでいかなけりゃ、お父ちゃんの蜜煮屋支店をのれん分けしてもらえるわけがない。どーんと立派なお店をかまえて、ナイアル君をお婿に迎えに行くんだもん! 絶ッッ対!!!



 ふーんっっ! 鼻息も勢いよく、ミオナは厨房から出てゆく。


 やがて洗い場の鎧戸よろいどを外すと、冷たくも明るい冬の朝日が輝いて、外に植えてある常緑の樹々の葉を照らしている。



「おはよう、さ~ん」


「お早うございまーす!」


「おはようエリンさん、……店長起きてるかなー」



 玄関の方から、出勤してきたナイアル母、女将のエリン、リリエルの声が聞こえてくる。


 ほの温かい厨房で、アンリはがしりと平鍋ティー・ハルの柄を握りしめた。


 本日の献立はみんな大好き、定番・塩豚と白いんげんのこっくりこく煮。そして自家製≪谷系腸詰め≫ゆるり汁だ!



「ふふふ。今日もこぞっていらっしゃい、腹ぺこちゃん達っっ」



 ≪金色きんのひまわり亭≫に、開店準備の朝が来る!!



【完】






〇 〇 〇


 は~い、皆さんお疲れさまでした! おそまつ様でした! 俺の壮大なる鍋叙事詩におつきあいくださり、まことにありがとうございました。もしよろしければ、ページの下のほうにある評価とかブックマークとかリアクションとか、お願いしますねー。


 今季も皆さんにお鍋をお届けできて、俺はほんとに幸せものです! できれば次の鍋の季節にもカムバックしたいんですよ~、冬の風物詩としてねー? 無理ですかねダメですかねー。それは作者の門戸さんしだいなんですけどぉ、あの人ってば年じゅう鍋たべてますからね。食べるからにはネタが出るわけなので、まあ帰って来れるかもしれません! というか俺としては、ナイアルさんとミオナちゃんの仲を全力で妨害しなければいけませんから、何が何でもカムバックしなきゃー。はあ~、おいしいものを食べてもらいたい!! 


 ちなみに≪金色のひまわり亭≫のスピンもと作品はこちら。「海の挽歌」

 https://ncode.syosetu.com/n4906ik/

 そして、開店直後のようすを描いたシリーズ一本めがこちらです!

 https://ncode.syosetu.com/n0423ji/


 え、忘れずに次作案内しろって? そうなんですよー、明日からまた新連載がはじまります。詳しいことは聞いてないんですけど、どうにも主人公が骨! 骨らしいんですよ、うええ~? 何食べるの? カルシウムが鍋つゆに流出しない~?? って疑問ばっかりなんですけどぉー! もしよろしかったら、ぜひ触れてみて下さいね! だいたい同じ時間帯、昼営業の更新ですって。タイトルが……『髑髏仮面夫人の静かなる鉄槌』ああん、漢字よめな~~い!!


 それでは皆さん! お鍋の季節に、またお会いしましょう~~! 腹ぺこ読者ちゃん、ジュッテーーーーム!!!(絶叫)


(料理人アンリでした) 

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