62. デザート妥協にこぎつけて
本日の食後の甘味は、金色の焼き林檎である。
これと一緒に、≪タエ≫なる赤褐色のすばらしい香湯が運ばれてくるまで、ササタベーナとフィン医師とは卓子を挟んで低くぼそぼそと話し合った。
しかし中年学者は、若い医師の意思を変えることができないまま。時間切れが近づいてくる。
甘いりんごのとろける身を口中にしていても、ササタベーナの胸中には苦みが満ちていた。
ササタベーナは怒ることなしに、……哀しみだけを顔にたたえてフィンに問う。
「やはり、帰る気持ちは。私の後を継ぐ意思は、全くないと言うのですか」
「ないのです。申し訳ありません」
それが完全なる本音ではないと言うことを、パンダル・ササタベーナは理解していた。
彼は、故郷を懐かしがっている……。
それでも自国興盛のために戦争をしたがっている母親の元へは、絶対に帰りたくないのだ。ひとの命を守る医師として。
「そうですか。……仕方がありません。モーラーン侯、引き続き彼の身辺をよろしく護ってやってください」
「ええ。お任せください」
医師の隣の巨漢エアンは、久しぶりに侯呼びされても平らかな笑顔で答えた。
「マヘル若侯にも、元気でやるようにと言ってくださいよ」
医師はこくり、とうなづく。
ササタベーナを見返してくる医師の穏やかな青い双眸は、ぎーんと冷たく未来を見据えて光りつける、母親の目とは似ていない。
むしろ長年、鏡の中に見ていた自分自身……。開かない扉をそれでも叩き続け、そこから出ようと悩みもがいていた時代の自分によく似ている、とササタベーナには思えた。
「……私は君に、何もしてあげられなかった。そういう父親失格の人間が言うことなんて、聞きたくないと思いますけどね。……今後せめて、連絡だけは切らないでもらえると嬉しいのだけど」
「……」
すす~、ササタベーナは上品に椀をすする。ふむ、≪タエ≫とな? 妙なる味、未知のものであるが美味。何の香湯なのだろう。
「……母上は、許さないでしょうね。こういう俺を」
許さないも何も、最近この息子の話題が出るたび、母親のニアヴ・ニ・カヘル……マグ・イーレ第一王妃にして現在の実質的国家元首は、激怒する。
激おこ状態を意思の力で抑えつけても、周囲にはよくわかってしまう。少々ぺしょってきた鳶色もこもこ髪が、どばーんと活力復活するからだ。怒髪天を突くのである。
敵対国テルポシエに軍医師の身分で沈没し、形としては人間の盾となって祖国マグ・イーレからの武力介入を避けさせている、フィンこと第一王子のフィーラン・エル・マグ・イーレ。
息子の意思を変えることはできませんでしたー、と正妃に報告するのは……。ササタベーナ、本名ランダル・エル・マグ・イーレ王にとって、んもう本当に恐怖でしかない。
学者おじさんを装って、無理やり遺骨調査団に同行。監査役のデリアド副騎士団長カヘル侯にも、ぎりぎり青筋をたてさせての敵国首邑潜入であったと言うのに!!
成果まるで無し、帰国するようフィーランを説得できなかったですってぇー!? 陛下ぁーッ!!(※予想)
――ぅあああ、怖いっ。ていうかニアヴさんとカヘル君、おばと甥のそっくり冷えひえ眼光を食らって、私凍っちゃうっっ。
本気で想像して戦慄するササタベーナをよそに、フィンはふっとロランにたずねた。
「……ロランさんの書店に、父の筆名あてでたよりを送ったら。城へ配達する時に持ってってくれますか?」
「えっ? ええ、それはもちろん。と言うより最近は、お父さま店にもよく来るし」
本当の身分は、マグ・イーレ城下随一にして唯一の書店主、ロランは答えた。
正妃とその甥に眼光でしばかれる想像に打ちのめされ、蒼ざめている隣のササタベーナをちらっと見る……。実のところ、王が店番すらしていることはさすがに言えない。
「じゃあ、お願いします。俺の方は、フィン・ナ・シオナの名宛で……。ここの店、ひまわり亭方でとりあえず送ってください。女将さんは患者なので定期的に診ているし、城の医務所に送るよりも安全だと思うので」
「……いいのかい?」
ササタベーナは、きょとんと顔を上げてフィンを見た。
てっきり、今後の連絡はいっさいお断りしますとか何とか、息子に拒絶されるのだとばっかり思っていたのに。
「はい」
ぼそり、とフィン医師……フィーランは父に言った。
「母上には、何をどう言っても。理解も許しも、してもらえないみたいだけど……。父上は一応、俺を個人的には応援してくれてるとわかったので。……違ってましたか?」
「いやいやいや、あってる合ってますよッ」
ぷるぷるぷる。
少々落ちたものの、やっぱり下向きさがってきている頬おにくを揺らして首を横に振り、ササタベーナは言った。




