60. 会談は、難航するもよう
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「……ごぶさたしています」
つなげた卓子の向こう側席から、静かに見つめてくるササタベーナの視線がある。
それを動じずに受け止めつつ、しかし感情のわからない平らかな表情にて、若い医師はぼそりと言った。
「医療にたずさわる人が、とにかく忙しいと言うことは知っています。だからこうしてここに来てくれただけでも、もう私は本当にありがたいと思う。お母さんとは、もう少しやりとりしてくれたら嬉しいけれど」
「……オーレイは、元気にしていますか」
少しだけ視線を伏せて、フィン医師は問うた。
「ええ、元気ですよ。キュリちゃんも」
「よかった~」
野太い声で囁くように、医師の横の用心棒エアンがほっこり言った。手に持つ白湯の湯のみが、異様に小さく見えている。
「俺は、戻るつもりはないんです。あいつにおっかぶせるようで申し訳ないけれど……。俺はいなくなったもの、と。皆にはそういう風に、考えてもらいたいんです」
振り絞るようにして、フィン医師は言った。
ふは~、……ササタベーナはぐにゃりと頭をうなだれて、知的なため息をつく。
「御方グラーニャからも聞いたけど。いちど決めたら譲らないところは、やはり変わってないのですね。君は……」
「すみません」
「……私個人としてはね。そういう君の突っ張りを、応援したいんです。けどね、旅立っていった時に皆が君にかけた期待と応援とは、どうなります? ……普通のお宅であれば、そういう方向転換もありだと、受け入れられもするでしょうけど。場合が場合だし、難しいですよ」
「その辺もわかっています。……エアン」
「はいはい、若様」
横の用心棒は、持っていた革かばんから布包みを取り出した。フィンはそれを受け取って、ずいーとササタベーナの前に差し出す。
「何です、これ?」
「国費でティルムン留学させてもらった費用を、一生かけて返済しようと思って。とりあえず今いっぱいいっぱいの一割分くらいを、現金でかき集めてきました。すいませんが、持ち帰ってもらっていいですか」
「うええええっ、ちょ、ちょっとおおおおおっっ」
こんな大金、触ったこともないササタベーナである!
びりびり雷撃でも受けたかのように、布包みからぱっと手を離して身を震わせた。
「困りますよッ」
「でも他に、どうやって返金したらいいのかわからないんです。エノ軍は全員に給与現金払いだし、こっちの金融機関に口座を作ったけどフィン・ナ・シオナ名義だし。小切手を送るのもどうかと思って」
「……いや。名義はどうでも、一度口座を作っちゃって機能すれば、送金すること自体はできると思いますよ~??」
ササタベーナの横で、ロランが冷静に言及する。
「エノ軍下のテルポシエで、そのお名前ですでに身分証を取得されてるんでしょう? 個人間のやりとりであれば、他のイリー諸国の金融機関とも互換性はもちろんあります。実際僕も、ここ何年かにテルポシエの人から古書を買い取ったり、売ったりしていますから」
「あ、そうなんですかロランさん? それじゃあ以降の分は、小切手で送って……。振出人を母にしたらいいですかね」
「ちょっとー、事務的にさくさく話を進めないでくださいってば」
ササタベーナは慌てかけた。
と、そこへふわーんと良い匂いが漂ってくる……。
「お待たせしました! 本日の日替わり鍋・山。≪谷きのこ満喫汁≫でございます」
明るく華やかに言いつつ、エリンがお盆にのせてきたどんぶり鉢皿を、一同の前に置いてゆく。
一緒についてきたミオナは、慎重に学者先生の分を置いた。
大丈夫かい? とササタベーナが問うた視線に、東部系の少女は小さく、こくっとうなづいた。
――ナイアル君は、お巡りさん呼びに最寄り派出所に走ってるし! 代役、がっつりこなすの!!
玄関先で、山賊にいきなり頭をわしづかみにされた時は、あんまりおっかなくってつい泣いてしまった。
けれど間を置かずにナイアルが助けてくれたし、ぎゅう抱きしてくれたし、ついでにお前は偉いぞうと頭てっぺんにぶちゅうとしてくれたので、今のミオナはどっちかと言うとやる気にみち満ちているのである。
「たいへん熱くなっていますので、どうかお気をつけください。お代わりもございますので、お気軽に申し付けてくださいね」
「今すぐ、ぱん籠をお持ちしますっっ」
はんなり女将とけなげ少女が行ってしまうと、ササタベーナはす~と静かにため息をつく。鉢から立ちのぼる湯気がゆれた。
「……とにかく、いただきましょうか」




