56. 巨石遺跡に先生ときめき
「北門すぐのところにある丘ね。あれにまつわるお話を、御方は何かご存じありませんか?」
「えっ。丘ですか?」
だしぬけ、予想外の問いを向けられて、エリンはササタベーナをぎくりと見た。ええと、あの丘は……。
「荒涼とした、自然の丘に見えますよね。イリー植民の最後の一流がテルポシエ市を建立した時に、仮の基盤とした≪丘砦≫なのは間違いないでしょう。けれどそれ以前に、どうも丘全体が人工物なのではないか、と私は思ったのですよ……」
「あんなお山のような丘を!? ひとが作ったと仰るのですか」
続くササタベーナの話に心底びっくりして、エリンは目を丸くしてしまった。心配した方向とは全く違うらしい、ほっ!
「にわかには、信じがたいですよね! 僕も聞き知った時は、そんなばかなと思ったものです」
ササタベーナ脇のロラン氏が、湯のみを両手に相槌を打ってきた。
「もちろん、まっ平らなところに一から丘をこしらえた、というのではありません。もともと盛り上がっていた土地に手を加え、そこにあった岩を組みかえるかして、≪墳丘≫にしたというのが妥当です。てっぺんの方には、倒壊した≪環状列石≫もあると言うし」
さっぱり聞き覚えのない、専門用語をまじえた話である。ササタベーナがその道の学識者なのだ、というエリンの確信はますます高まった。
ササタベーナの言う丘の正体とやらは、エリンが知っている≪東の丘の秘密≫とはほど遠い。
このくらいならば差し支えないだろう、という部分の言い伝えをエリンは教えることにした。
「あの丘は墓所のすぐ近くですし、一般の方は立ち入り禁止となっているようですけれど。わたしが子どもだった頃、大人に聞いた話があります」
「ほうほう? ぜひお聞かせください!」
「はい。あの丘は、妖精の住まいなのだそうです。それにちなみ、本当の名前は≪シーロウの丘≫と言うのですって」
「ほ~!!」
「ほう、ほう~!!」
おじさん二人は、興味まる出しにくわーっと目を見開いて、エリンを見た。
ほうほう言ってて、先生たちふくろうみたいだな、と端席の青年は思う。
「シー……ロウ。つづりは、こちらであっていますか?」
一体いつの間に出したのか。携帯筆記具を卓の上に置き、書きつけた布切れをロランがエリンに差し出してみせる。
「たぶん合っていると思うのですけど。何しろごく小さかった頃のことですし、口伝えに教えられただけですので、他は全くわからないのです。住んでいるのがどういう妖精なのかも、はっきりしませんし」
亡国、イリー世界全滅級の大怪物が眠っているのだとは、とても言えない。
教えるのはここまで、とエリンはすっとぼけることにした。
「お母さんとか、おばあさんに聞いたお話なんですかー? それ」
端席の若者が朴訥に聞いてきたが、エリンは苦笑まじりに首を振る。
「実はそれも、さっぱり記憶にないんですのよ。大昔、うちにいて下すったばあやさんか……ねえやさんか。ご近所の方から聞いたのかもしれませんし、本当にあやふやなんです」
「そうですか、そうですか。いや~じつに結構、いいことを聞いたねぇ? ロラン!」
「本当だねえ、パンダル! うちに帰ったら、地名学の文献をあたってみよう。土地の名前には由来、すなわち歴史がはめこんであるものさ。いにしえの墳丘にまつわる何かが、解明できるかもしれないよ~!」
二人のおじさんは両手こぶしを丸く握りしめて、胸の前でぶんぶん小さく振っている。
無意識にやっているらしいが、二人とも好奇心に興奮しているのか。頬に赤みがさして、のりのりの少年たちみたいだ。
――ふふふ、楽しそうだわ! 本当に、根っから研究好きな学者さんたちなのね。こんな素敵な面白い人たちが、マグ・イーレ側の間諜だなんて……。うん、絶対にありえないわ。
つられて、エリンがふわっと笑った時である。
店内はだいぶ席が埋まって、他の客たちの談笑がにぎやかに満ちてきていた。
その和やかな雰囲気に、ざわりと動揺の波が揺れ入ったのである。
――そろそろ、フィン先生がいらっしゃる頃かしら?
何気なく、のんきに客間入口の方を振り返って……エリンはびしりと固まった。
黒っぽい野暮な格好をした男たちが、四人。ずかずかと客間の中ほどに歩いてきたのである!
その先頭のひとりが、むさ苦しい上衣の腕にリリエルを引きずっているのを見て、エリンはがたりと席を立った。
「狼藉は、ご遠慮いただきましょうッ! 迷惑です!!」




