54. いらっしゃいませ! ササタベーナ先生
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テルポシエ大市、南区あなご通り三一七番地。
静かな住宅街の路地、その先やや奥まったところ……。
かつて栄華を誇った高貴族の、由緒ただしき屋敷を改装した隠れ家風の料理店である。
≪金色のひまわり亭≫に足を踏み入れて、ササタベーナ一行の三人は、ほほ~と感心している様子だった。
「ようこそいらっしゃいました」
「お疲れ様でございます」
エリンとナイアルに出迎えられて、ササタベーナは玄関で帽子を取る。
「ようやくお会いできましたね! 御方」
まっすぐにエリンを見て、学者おじさんはにっこりと笑った。
「とても嬉しいですよ。……貴女が元気そうで、本当に良かった」
その言い方が真摯で滋味ぶかかったものだから、エリンは身構えていた心から鎧を少し下ろして、ほっとする。
「ええ、わたしも嬉しいです。先生」
――なあんだ。文章と同じで、根の優しそうな学者先生だわ!
「本日、女将と一緒に給仕を担当いたします。副店長でございます」
控えめに挨拶したナイアルを、ササタベーナはやはり真っすぐに見た。
「ええ、よろしく。……表の献立表は、あなたが書かれたんですね?」
「は、さよでございます」
にこにこにこっ!
ササタベーナの青い双眸が輝いて、何だかいたずらっぽい笑顔になったのだが。ナイアルはそれを単に、おじさんの親しみあるあいきょうと受け取った。
「良い字を書かれる!」
「達筆の先生にそう言っていただけて、光栄です。……さあ、お席へご案内しましょう。お荷物と上衣は、こちら玄関でお預かりすることもできますが?」
「いいえ、このままで結構です」
ササタベーナ一行の背後に佇むビセンテとミオナに、ごくろうさん! の意味でナイアルはすばやくうなづいた。そうして廊下の奥に向かって、手をさしのべる。
「大切なご会談ということで。ササタベーナ様には、特別個室をご用意いたしました」
びしッッ!!
ナイアルのその言葉に、ササタベーナ以下三人の顔がかたく凍りついた。
「先生……?」
怪訝に思って、エリンがそっと問う。
と、微妙に青ざめた表情をむりやり笑いにひくつかせて、ササタベーナが答えた。
「あ、あのですね……。個室と言うのは、その。考えておりませんでした」
小刻みに震えているせいか、おじさん学者の顔の輪郭が、なみなみ波線描写になっている。
「じ、実は。パンダル君と僕は、大の閉所恐怖症なのです! できればごはんは、他の方もいるにぎやかなところでいただけると、とても嬉しいのですが……!」
パンダル・ササタベーナの友人であり助手だというロラン氏が、助け舟を出すような調子で腰低く言い添えた。
ナイアルとエリンは、ふあっと顔を見合わせる。
「そういうことでしたら、客間の角席へご案内しますが……よろしいのですか?」
「ええ、ええ。角席でも末席でも、ぜんぜん構いません! ひみつの密談だとか、ひとに聞かれて困る話をするわけでも、何でもありませんのでね!」
なんだかぎくしゃくした慌てぶりだったが、ともかくササタベーナ一行のためにナイアルは店長ダンを呼んだ。露壇口から陽光の入る、明るい角に卓子を二つくっつける。
まだ昼の営業を始めて間もない。店内には、早めの昼食にありついている男性客が数人いるだけだ。
大きく作ってもらった卓の椅子につきながら、ササタベーナは横のロランをさっと見る。
――助かったよ、心の友よッ。こんなに立派な店の個室なんて使ったら、追加料金がとんでもないことになるだろうからねッッ!?
――うん、なんてったってテルポシエだもの! 場所代とか油断できないしねッ。君も僕も本名で小切手きれないし、持ってる現金にだって上限というものがあるさッ。
――場所はどこでも! おいしいものは、おいしいです!
視線会話、発動!!
何か一人、ずれている護衛役のが混じってはいるが。
ふところ具合をどうにか隠そうとしている、ササタベーナ達の懸念をよそに、ナイアルは慇懃に言った。
「ご会食相手の皆さまがお着きになるまで、何かお飲みものをお持ちしましょうか? テルポシエが誇るシエ半島産の林檎発泡果汁など、各種取り揃えております」
ぎくり!!
一難去ってまた一難、ササタベーナは笑顔をひきつらせる。
「そ、そうですね~! けれどお食事の前ですし、それにたくさん歩いて喉が渇いてしまったので。お白湯をいただけると、とても嬉しいですね」
「はい。かしこまりました」
うなづいて、ナイアルは厨房へと歩いてゆく。しかし戸口をくぐったところで、小首をかしげた。
――う~む? ガーティンローのお人っつうから、派手なもんを好むと思い込んでいたが。白湯たぁ、地味に健康志向だな……。
が、すぐにぎょろ目を見張って思い直す。
――ああ? いや待て。相手はけっこうなおじさんだ。みかけは元気でも、何ぞ持病でもあるのかもしれんな! こりゃあ下手に色々すすめるのは、かえって迷惑になりかねない。よし、あくまでも向こうの希望に沿う形で、無難に行こう……。
ああ、何という慧眼の副店長。
その通り、パンダル・ササタベーナは慢性的な金欠病にかかっているのだ。
まあ、そういう星のもとに生まれついてしまった場合でも、持病と言うのかどうかは謎なのだが。




