51. 学者先生の会食ご予約
「え~と。何です、大事なお話って言うのは?」
だいぶ寒さがつのってきた、晩秋眠月のある朝。
≪金色のひまわり亭≫上階、店長ダンのすみか兼工房である大きな室の机の周りに、ナイアル・エリン・ダン本人とビセンテ、アンリが座っていた。
まだ仕込みに入る前、ずっと早い時間帯である。
呼び出され集まった面々が、≪第十三遊撃隊≫の四人と女将のエリンであることから、アンリは何となく不穏なものを感じ取って問うたのだった。
「うむ。今回はちと、深刻にして繊細な話だ。お姫が説明するので、皆しっかりと聞いて欲しい」
くいっと副店長のナイアルにうなづかれて、エリンは話し出す。
「わたしの個人的文通相手の方から、予約打診のお便りをいただいたのです。……こんどマグ・イーレの退役騎士たちが、九年前の戦役時に亡くなった人々の遺骨を探しに、テルポシエにやってくるという話を、皆さんは知っていますね?」
きりっとして、元女王の権威をみなぎらせながらエリンは言った。
いつもは少し眠たげに見える、やさしい翠のまなざしに、今は気品と知力が満ちて真剣である。
「えっ……。あの話は本当だったのですか? 俺もお客さんから聞きかじりましたけど、根も葉も茎もないうわさだとばっかり思ってました」
「そうなのよ、アンリ君。わたしもごく最近になって、城のエノ軍幹部たちから知らされたばかりなの。古戦場周辺と最寄りの集落を封鎖し、完全に一般人の目から遮断した状況で、遺骨や遺品の調査をするんですって。もちろん、公にはしない方針だそうよ」
「……要するに、敵軍の遺族が死んだ近親者の骨を拾いに来る、ってことなんだが。何せ相手はマグ・イーレの退役騎士たちだ。テルポシエ市民としては、またしても急襲進軍されたのかと恐慌に陥りかねないからな」
ナイアルが平らかに補足する。
かなり前のことになるが、テルポシエは仇敵国マグ・イーレ軍の夜間急襲を受けたことがあった。その当時、すでにテルポシエを占領して主権を握っていたエノ軍が防御に善戦する。市民や一般人への被害は出なかったものの、この戦役は恐ろしい記憶となって人々の意識に刻まれていた。やはりマグ・イーレに油断してはならないのだ、と。
かつて≪東の雄テルポシエ≫≪西の雄マグ・イーレ≫として、イリー諸国中で双頭角をあらわしていた両国は、伝統的に対立する姿勢にあった。背景となった昔の事情を知らない現世代であっても、二国人はお互いを構えてみる態度で接している。
「ところが。その遺骨調査団に、わたしの文通相手である史書家の方が同行することになったのです。現地調査において、監修を行う識者として」
その人物……パンダル・ササタベーナなる史書家自身は、マグ・イーレではなくガーティンロー人であるらしい。
どういう経緯なのかはわからないが、彼はそのマグ・イーレ遺骨調査団に加わって、テルポシエへ来ることになった。ついては旧知の仲であるフィン・ナ・シオナ医師と会食をしたいので、場所を借りられないだろうか、とエリンに依頼してきたのである。
「フィン先生というのは、エノ軍医の方でわたしもお世話になっています。ここテルポシエでの摩擦を避けるため、デリアドの出自ということになっていますけど……。実はフィン先生は、マグ・イーレのご出身なのです」
アンリは小首をかしげた。
遠路はるばるやってくる学者さんが、お仕事ついでに現地に住んでいる友達をたずねて、一緒にごはんを食べる……。それは、ごく普通のことではないだろうか? 長い名前ではあるけれど、学者さんは一般人っぽい名前だし、貴族ではなさそうだ。いまだ国交をつないでいない他国の軍人、すなわち騎士の往来はさすがに制限されているけれど、現在テルポシエには色々な国の人々が商売や買い物に来てもいる。平民庶民であれば、≪ひまわり亭≫へ食べに来るのに何の心配もいらないはずなのに。
――お姫さまとナイアルさんは、なぜここまで真剣むきむき顔になってるのだろう??
「ここからが、よく留意して聞いて欲しいところよ。絶対に口外してはなりませんが、フィン先生はマグ・イーレ王族の一員です」
一瞬おいて、……がくっ! がくーッ!! アンリとダンとは、口を四角く開けた。
ビセンテのみ平常仕様、ぶっちょう面をかくさない。さすがなり獣人、王さま王子さまを前にしても、彼の前にはただ生態系の内における人間でしかない。ヒトの醸し出す瑣事になんか、動じはしないのである!
「だよな~? 俺も、聞いたときゃぶったまげたが。しかしだ、医者のフィン先生は間諜なんぞではないらしい。むしろ身を盾にして、先の春どさくさまぎれに市内侵攻をしかけていたマグ・イーレ軍の矛先を変えてくれたと言うのだ」
つうか王族が敵国の首邑に潜入して間諜活動なんて、そっちの方がむしろ全然ありえないじゃん……? と、一応軍人歴の一番長いダンは胸中で突っ込んでいた。
「ササタベーナ先生は、フィン先生とはただ旧知の仲である、としか書いていらっしゃらないけれど。裏でマグ・イーレ関連のはかりごとがめぐらされているのだとしたら、由々しき事態です。非常にきな臭い会見が、≪金色のひまわり亭≫で行われる……ということになるのよ」
「その医師の身に、危険が及ぶと言うことですか?」
お姫さまの前だし仕方なし、珍しくまともな口をきいた店長ダンに、エリンはくっとうなづいてみせた。
「ええ店長。わたしはその方向で、心配しています」
「ササタベーナさんっつうのも、本当に学者の先生なのか怪しいもんだ。お姫とは、あの≪赤い巨人≫の謎解き段階で知り合ったのだったな?」
「そうなのよ、ナイアル君。ガーティンローの書店員さんを通して、向こうからわたしにお便りを送ってきたのだけど……。一応こんな達筆だし、学識者ではあると思うわ。さらに巨人の謎についても、だいぶ深いところまで知っているみたいだし」
言いつつエリンは、通信布を広げて机の中央に置いた。
「うっぎゃ、ほんとだ! すんごいうまい字~!!」
アンリは思わず声を上げ、ダンは真っ赤に充血した死神両眼をみはった。
本職お直し職人の店長は、きれいに整ったものに対して、素直に感心する審美観を持っている。
ビセンテですら、うなづいた……。よめる字、実に読みやすい字である。
「これ~、もうイリーお習字何段とかの次元ですか~?? ナイアルさん!」
「うむ、初段の俺が恥ずかしくなるほどの美筆だな。はかり知れんが、三段か四段は行っていると思われる。なまはんかに習得できる字ではないッ」
識字率の高くないイリー社会において、文章の書ける人や字のうまい人と言うのは、尊敬の念をもって見られるのである。
我らがナイアル副店長も、字づらだけはなかなかの男前なのだ、ほんとに!
「……字づらだけは、余計だ。しかしだな、美麗すぎてどうにも正規騎士や文官の字には見えない。よってササタベーナ氏が学者を装った、どこぞの国の騎士ではないか……という、お姫の推測はちと違うように俺は思う」
ナイアルに視線を向けられて、エリンは口をすぼめた。
「そうなのよね……。もしかしてマグ・イーレの騎士のなりすましだったとしたら、フィン先生に裏切者の制裁を加えに来るのか、と思ってしまうのだけど。まるっきり純正の学者先生がいらっしゃる、という可能性も大いにあるのよ。だから皆さんには、その辺をよくよく汲み取った上で、おもてなしに臨んでいただきたいの」
「なるほど~!」
うなづくアンリの横で、店長ダンは視線を宙にさまよわせた。ややこしいなーと思うも、めんど臭いので何も言わない。
「うちの母ちゃんとリリエル、ミオナには、込み入った部分は話さずにおくつもりだ。皆はお姫とよく連携してくれ。ササタベーナ氏が来るのは昼の営業中で、アンリは厨房で忙しいだろうが……」
「ふはッ、だーいじょうぶですよッ!」
アンリは焼きたて顔をあかく光らせ、ナイアルとエリンに不敵な微笑を向ける。
「俺としては全身全霊で、おいしいものをお出しするだけです!」
まーお前はそうだろうな、と思う一同を前に。
今日も張り切る料理人は、右手の平鍋を握りしめて見せたのである……。そう、どこにでも持ち歩いているのだ。




