50. 月にほえろ! 料理人
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「ふ~。何かもう本当、すんごい会食でした!」
がらがらがら……。
夜の闇の落ちたイリー街道。合流したナイアル父の御す馬車に揺られ、テルポシエに向かって帰路を行くアンリは、誰にともなく低くうめいた。
しかし、これは料理人の本音だ。まさかこんな形で、兄と両親に再会するとは想像すらできなかったのである。気持ちはごちゃごちゃとして、まだ整理なんてできるわけがない。
兄に向かって言ったことだけは、いつも思っている本当の心意気だったけれど……!
「て言うか~。肝心のベッカさんとのお話、もう俺ってばぜんぜん参加できませんでしたけど。どうなったんですぅ? ナイアルさーん」
「安心しろ、そもそもお前に社交会話は期待しとらん。色々と興味深い情報交換ができたしな、収穫はいっぱいあったぞ!」
「そうですかぁ、さすがは副店長ー。え、何ですビセンテさん? ああするめですか、はいどうぞ。噛みがいがあるやつです」
「しっかし、皆。いい経験をしたもんだな? 戦争の前から、≪麗しの黒百合亭≫つったら庶民にゃとても手の出ない料亭だったが……。ガーティンローに移った今は向こうの富裕層に合わせて、さらに目ん玉の飛び出そうな高値になってるのと違うかい」
御者台から、ナイアル父が問うてくる。
「その通りなんだ、父ちゃんよ」
さすがの上流人、ベッカ・ナ・フリガンはいつのまにか支払いを済ませてしまっていた。会食の総額が一体いくらだったのかは、ナイアルにもわからない。
しかしアンリを外で待つ間、外灯に照らされた注文献立表を見て……ナイアルは危うく白目をむきかけたのである!!
何もかもが、≪金色のひまわり亭≫とは一桁二けた、ずれていた。疲れ目じゃないぞ!
――けどよ~。≪麗しの黒百合亭≫に一回行くのと、≪金色のひまわり亭≫に十回通うのと……。どっちがいいか決めるのは、個々人の客しだいなんだよな。
ここぞという時の晴れの舞台で、究極のうまいものを食べにゆく店。
雨の日も風の日も、すきっ腹をかかえて気軽に立ち寄れる店。
そもそも店の趣旨が全く違うと言うことを念頭に置きつつ、ナイアルは考える。
旬のもの、地産食材の底力を引き出して、限られた予算の中でめいっぱいのうまさを客に味わってもらう……。そういうアンリの料理と方針は、明らかに≪麗しの黒百合亭≫の客層むけではない。
だから、だ。
もしもエノ軍による包囲戦役が起こらず、テルポシエが平和なままで、≪麗しの黒百合亭≫が移転していなかったら?
アンリは一生、自分の腕を発揮できないまま、兄の助手として埋もれていたのかもしれないのだ。
――こいつの鍋が、誰にも知られず食われないまま……。それはちっと、もったいなさすぎる運命でないのか?
「え~、ちょっと何ですナイアルさん? そんな気持ち悪い顔で見ないでくださいよ~?」
素で引きつつ言ったアンリと、その横に座るナイアルの肩に、がしがしっと後部座席からビセンテの手が伸びてきた。
「おう。止めてくんな、父ちゃん」
いきなり鋭く響いた息子の声に、ナイアル父はうおっと驚いた。
「なんだよ。交代にゃあ、早くねえか?」
「いや。交代じゃねえんだ、父ちゃんはそのまま御者台にいてくれ」
徐々に緩んでいった、馬たちの歩みが完全に止まる。
しゃッ!
食べたりない獣人が、真っ先に馬車から降りる。
先ほどいつまでもぐずっていた小っさい娘に、≪声音の魔女≫ことミオナの母直伝の鼻歌をうたってやったのである。まじょっ娘のミオナと違い、その妹ははなはだしくがさつでやかましい。そいつがかくんと眠るのを目撃して驚いたとき、母親アランは妙な鼻歌をうたっていた。常人の耳に届かぬ、同族のみが聴ける歌なのである。
≪泣く子のだまる子守歌ようん。あんたにも、できるはず~≫
試す機会を得て、ビセンテが歌ってみたら、文官騎士の娘はほんとに機嫌をなおしたのである……。
あのまじょは本気ですげぇぞ、とすげぇ自分自身のことはすっ飛ばして、ビセンテはアランに感心していた。しかしどうにも食べ足りないのは変わらない。蒸し鶏の骨だけでは足りぬ、よって少々不機嫌である。そのぶつけどころが、前から来た。
その反対側。
もそりと馬車を降りたダンの手には、長槍が握られていた。石突部分にはもちろん、手作りつけ刃。なぎなたの刃がついている!
「なんだ、山賊か……。イリー街道だぞ、ここ? 今どき珍しいなあ」
ナイアルの父がぼやく。
短槍をふいんと振って、ナイアルは首を左右にごきゅごきゅ傾けた。
「馬車だからな。金目のものを積んでると、勘違いしたんだろうよ」
中にのっているのは、山賊よりも恐ろしい四人組……≪第十三遊撃隊≫。
それを知り得ない無法者の物盗り一団は、六人体制で街道さきに待ち構えている。黒々とした人影が、手に手に武器を構えて道に広がっていた。
「正面きってのがち衝突と見せかけて、確実に両脇に潜んでんな。さーて皆、想定訓練の十八番だ。行くぞう」
ぐりーん!!
隊長ダンの長槍が回転を始める。その背後にビセンテ、副長ナイアルが並んで続く。最後尾をゆくアンリは、のぼってきた満月に向けて、すうっと右手の平鍋をさし上げた!
「燃えよ!! 平ー鍋!!」
「ばかもの! 月に吠えてないで、援護射撃だアンリっ」
にぶい月明りに照らされた、深まる秋の街道脇。
またしても、ひとに知られぬ≪第十三≫の戦いが、静かに始まるのである……。




