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5. 新兵アンリの強烈カミングアウト

 

 アンリが火を起こしてから、こうしておよそ四半刻ののち。


 ≪第十三遊撃隊≫の四名は、各自の金属椀内に杣の粥をすすっていた。



「……」



 半信半疑だったナイアルは、衝撃のあまり口を四角に開けていた……。



「う・ま――ッッッ! 何じゃ、こりゃああああ」



 自分の手巾で手をくるまねば、持てないくらいに熱い椀。その中のあつい粥!


 それは今までの人生で何度となく食べてきて、兵役についてからは嫌いになりかけていたほど飽きていた杣だと言うのに。何をどうしたってうまかった。



――兵舎で出る杣のねっとり感が、まるで無いッ! 口ん中でほかほかほぐれていく感じの食感!!



「……」


「……」



 近くの岩盤にかけて食べているダンとビセンテは、何も言わない。


 言わないが無言のうちに絶え間なくすすり食べ続けている以上、アンリの粥が気に入っているのは明らかだった。



「……塩。お前これ、ふつうの岩塩じゃねえだろ」



 自身も頬をあかくして両手で椀を持っていたアンリが、はっとナイアルを見る。



「わかるのですか?」


「当ったり前だろ、前にも言ったが俺ぁ乾物屋だ。マグ・イーレ産のあら塩を持ってるたぁ……。何者なんだ、お前!」



 ふるふるふる……。アンリのぺかる丸顔が震えているが、恐怖でなくって何かが嬉しいらしい。



「おみそれしました……。さすがです、ナイアル副長!」


「本職は食いもの屋か?」


「いえ……。俺は、ただの見習い下働きです。実家が≪うるわしの黒百合亭くろゆりてい≫という店なのですが」



 ぶおおおーッッ!!


 あやうく噴きかけて、どうにかナイアルはこらえた。だがしかし、杣粒がいくらか鼻に入ったらしい。みどりのぎょろ目に涙がにじむ。



「なッッ……、何だとおおお! あの南区の、超高級料亭ー!?」



 何と料理人だったのか、とただすとアンリは少し寂しそうに頭を振った。



「いえ……。俺は父と兄の指示で、下作業をするだけなので。お客様に差し上げるものは、まだ作らしてもらえないんです。今は……、でも、……」



 言いかけた言葉が詰まっていって、アンリは粥を作る前のもじもじどんくさい調子に戻ってしまった。何かを一生懸命に伝えたいらしいが、それを内にこらえてしまっている。


 火の消えた即席石かまどの周りで、でこぼこ岩盤に腰かけていた一同の合間に、沈黙が流れた。


 柔らかいものゆえ、ビセンテの規則ただしき咀嚼音もよく聞こえない。


 やがて勇気を振り絞るように、ようやくアンリが口を開いた。



「……兵舎の杣粥は、作って時間が経ってるのばっかりですし……。ナイアル副長や皆さんが、その……。食べるたんびに、疲れた顔になってくので……。本気でおいしくなってくれてる、熱いお粥ちゃんを召し上がっていただきたかったんです」



 口に含んで咀嚼していたナイアルは、それを聞いてぎくりとした。



――何だよそれ……。じゃあ自分が食いたかったんでなくて、俺ら・・のために作ったのか??



「お口に合いましたら、うれしいです」



 ぽそりと囁くように言って、うつむいたアンリをナイアルはじっと見つめた。



「合ったどころじゃねえ。こんなにうまくて腹にしみるものは、久しぶりに食ったぞ」



 アンリは顔を上げて、ナイアルを見る。


 作ってもらったからのお世辞でも何でもない、ナイアルは本心から言っていた。



「胃の腑におちた熱い粥が、そのまんま腹ん中であつい。力がでる味だ、塩と木立薄荷きだちはっかの合わせ方もとんでもなくうまい。ありがとう、アンリ」


「……」



 口を噛みしめて、アンリは何も言わない。


 のっぽの隊長はもそもそ咀嚼しつつ、顔をたてに振って、副長に全面同意を表明した。胸に抱いた感想を言うのもめんど臭い。



「だからな、お前はこれから俺ら≪第十三遊撃隊≫のめし係を担当しろ。野営の機会があったら、ぜひともこういううまいのを作って、士気を上げてくれ。いいっすね、大将?」



 ぴかーッ!!


 アンリの顔が曙光を照り返して、ぺかり始めた。いやどうして、東側に背を向けて座っている新兵の顔がてかるのだ?



「し、しかしナイアル副長……。俺はまだ、半人前の身で……」


他所よそでの評価はどうでもいい。人間、できることとできないことがあるからな? 今いる場所で、できる限りの最善を尽くしてくれりゃあ、それが一番いいんだ。俺らの胃袋を頼んだぞ、アンリ」


「は……は、はいーっっっ!!」



 ぺかぺかぺか! いまやアンリの両の頬は、ばら色のつやを伴って輝きぺかっていた。


 厳格な兄のもと、不遇な下積み時代を送っていたアンリが、初めて顧客・・を得た喜びに、つい涙をこぼしそうになった時。



「くそがき」



 低くするどく、獣人がアンリをにらみながら言葉を投げてきた。


 その手元を見たアンリは、もはや臆すことなくビセンテに笑顔を向ける。



「はいっ。何でしょう、ビセンテさん!?」


「つぎ、もっとつくれ」



 獣人の手中の金属椀は、なめつくしたようにぴかぴか空になっていた。


 ……実際ビセンテは、ひっついた杣粒を全てなめとっていたのであるが。



「はいっ! たくさん作ります、お腹いっぱい食べてくださいビセンテさん!」



 ぺかぺか照りつける太陽のようなアンリの焼きたて顔に、ビセンテがぶっちょうづらのまま目元を細めかけた時である。


 くあっ!!


 その目を大きく見開いて、獣人はいきなり立ち上がった。



「来んぞ、ナイアル」


「なにッ。犬か、人間か!?」



 またしても野犬あたりが林中から出現するのか、と察してナイアルもすばやく立ち上がる。



「……ふね」



 言うとビセンテは身をひるがえし、岩場の向こうへとすいすい歩いてゆく。


 そこは浜草が生い茂る丘陵、後ろはすぐに海だ。


 ナイアルとダン、アンリはビセンテの後を追う。


 緑の草にまだらに覆われた砂丘の先には、砂浜と磯場とがぶっ違いに入り乱れている。ビセンテはその岩々が重なり合う黒い磯場へ、けもののように軽々と走ってゆく。


 海に向かって突き出た巨岩のかげに身を潜め、ビセンテは東側の砂浜をうかがっていた。その後ろから、ナイアルたちがのぞくと――。



「……!!」



 黒い影が五人分、ごく小さな舟の上にうごめいている。



「エノ傭兵すね、大将」



 曙光のにぶい明るさの中にも、その姿はくっきり敵兵と判別できた。



――うん。だっさい毛皮上衣にごつい革鎧、背中の武器と武装のしかたからして間違いない。



 無意識のうちにお直し職人の本業感覚を発揮し、服飾・・でエノ傭兵と見抜いたダンがナイアルにうなづく。



「……偵察の先行にしては、かさばっているし目立ちすぎだ……」


「んじゃあ、この先の漁村に強奪に入る気かな。浜につき次第、叩いてつぶすっきゃねえぞ」



 岩の陰でうなったナイアルに、アンリがもそっと近寄った。



「あのう。どうして、きゃつらの上陸を待つのです?」


「へ? いや、どうしてって……。俺らは近接戦専門だからよ?」



 ナイアルの答えに、アンリは一応うなづきはしたが。



「ええ……。でも、今のうちに叩いて、上陸不可能にしといたほうが楽なのではないでしょうか?」


「楽って、お前……」


「俺らも楽ですけど、向こうも引き返しやすいんじゃないですかねー。ナイアル副長、小弓をかしていただけますか」



 副長が答える前に、アンリはナイアルの肩からするりと矢筒を外してしまった。



「うえっ? おい、アンリ??」



 新兵は、そのままもそもそ・きゅるッと磯岩の上の方へ上がって行った。


 今までのどん臭さは一体何だったのだ? まるでりすみたいに、敏捷な身のこなしである!


 ふと立ち止まったかと思うと、ひょい・ぱすッ!


 実に何気ない所作にて、アンリは岩陰から浜へ向かって小弓を弾いた。



「ぎあッッ」


「うげっ」



 下の方からあがった野太い悲鳴に、むしろナイアルとビセンテとダンのほうがぎょっくりした。


 三人が岩の合間からのぞけば、砂浜みぎわまで近づいていたエノ傭兵たちが、小型の浜のり舟の上で慌てている!


 ひょい・ぱす! ぱす、ぱすすっ!



「ぎゃっ」


「うわ、やられた」


「だめだ、待ち伏せされてんぞ!」



 次々に潮野方言のうなり声が聞こえてくる。


 ナイアルのぎょろ目には、彼らが一様に上腕を抑えて狼狽しているのがよく見えた。そこに突き立っているのは、アンリが放った自分の矢なのだ!


 舟底が砂地に擦るかというところだったが、男たちはかいを操って再び沖合の方向へと漕ぎ出していく。ずーっと東の方へと、波間の向こうに小さな舟影は消えていった。



 それを見送ってから、のぼり同様もそもそ・すとん、と軽い身のこなしでもって、アンリは三人のいる磯岩周辺に戻ってくる。



「アンリ、お前……。狙って当てたのか、あれ?」


「はい、もちろん。貸していただいた矢を無駄にしちゃあ、申し訳なくってナイアル副長に顔むけできません」



 肩に提げていた矢筒と小弓をナイアルに差し出しながら、アンリは答えた。



「いや、そうでなくて! 敵の五人とも、右腕を狙って撃ったのか!?」


「はーい」



 ナイアルの背後で、ダンはうすく口を開けた。


 確かに利き腕確率の高い右腕を狙えば、殺傷力の低い小弓であっても効果的に敵の戦意を削ることができる。



「お前、射撃ができないんではなかったのかぁッ」



 ナイアルはぎょろ目を最大限にひんむいた! 入隊初日、ことごとく的を外していた練習は何だったのだ!?



「え~。だってあの的ってば、ぐるぐる渦巻もようみたいで、見てて気持ちわるくなるじゃないですか~??」



 狙撃手は、相変わらずぺかぺかとてかる焼きたて笑顔をかしげて答える。


 イリー暦188年、テルポシエ領内東部。夏の青空がひろがりかかる、朝の浜でのことであった……。


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