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49. ある家族の再会

 小ぶりの林檎りんごを蜂蜜で丸ごと煮た姿煮、≪秋のくだもの籠≫。


 中には、ゆるくなった干しぶどうがぎっしりと詰まっている。まさに絶品、逸品の甘味であった。


 生の葉から淹れた薄荷はっか湯とともにそれを食べ終えて、ベッカ・ナ・フリガン一家と≪金色きんのひまわり亭≫一同の会食はおひらきとなる。



「僕は一応、これでも騎士なので。現状ではまだまだ、テルポシエへ入市するのは躊躇ちゅうちょせざるを得ません。けれどいつか必ず、皆さんのお店にも伺いますからね」


「あーら。それじゃあわたしが、ベッカさんの代役で、≪金色きんのひまわり亭≫に食べに行こうかしら? テルポシエと言ったら、やはりお鍋ですわね。楽しみだわ!」


「リブもいくのー」



 片手に蘇生したうさぎ、もう片手にミラベルばあやの手を握って、リブレイン嬢が母親ゾフィさんにあいの手を入れた。



「ええ、ええ。再会してごちそうできる日を、店員一同お待ちしていますので。……おっと、アンリ。お前はお手洗いを拝借してから出てこい。店のすぐ前で待っててやるから、な~~??」


「は? ……ナイアルさん??」



 しょぼんとしたアンリをさりげなく残し、一同はにぎやかに≪うるわしの黒百合くろゆり亭≫を出た。



「……」



 アンリは両手を胸の前で握る。


 背後、大広間の方からは、客たちの笑いさざめく声があたたかく聞こえてきていた。そして、店内に漂うティエリの料理特有の香り。


 アンリは一瞬、目を閉じた。


 十年以上の時間が巻き戻って……戦役前のテルポシエ実家、≪うるわしの黒百合くろゆり亭≫にいるような錯覚に陥る。


 今よりずっと若く、何の経験も力もない、支えてくれる≪第十三遊撃隊≫の仲間たちをも知らなかった頃の自分。そういう弱い自分のいたところ。



「……アンリちゃん。アンリちゃんっっ!」



 かすかな声に呼ばれて、アンリは振り向いた。


 ぷくっと丸顔の中年女性が小走りに寄ってきて、がしーっとアンリを抱きしめる!



「お母さん、……お父さん!」


「アンリ……」



 続いて出てきた中年男性は、ティエリと同じ料理人の白い上衣を着ている。兄によく似てはいるが、年齢を経てだいぶ丸くなった背高い父は、小柄な母の上からアンリを抱きしめた。



「給仕から、平鍋しょったお客が来ていると囁かれて……。やっぱりお前とティー・ハルだったな。ようやく、ようやく会えた」


「ごめんなさい。ずっと会いに来られなくって」



 アンリは父と母に抱擁されたその内側から、もそもそと謝る。



「いいんですよ、ちゃんと消息は伝えていてくれたのだし。あなたが生きててくれて、お母さんはめちゃくちゃ嬉しいわ! ねえお父さん?」


「お母さんの言う通りだぞ、アンリ」



 久方ぶりに会った両親は、びっくりするほど老いていた。


 けれどその言葉はあまりに温かくて、アンリの胸にじんわりしみてくる。そう、むね肉にしみてやわらかくなるりんご酢の如きまろやかさ……重曹でもいい!



「――先先々代の屋号。≪金色きんのひまわり亭≫を名乗る店が、テルポシエにあらわれたと人づてに聞いて、いったい何の冗談かと思っていたのだが」



 びしーッ!


 そこに、菜っ葉包丁であざやかにおひたしを切り分けるかの如く、するどい調子で割り込んできた声がある!


 はっとアンリが顔を上げると、父の背後に兄ティエリが佇んでいた。



「まさか本当に、お前の一味の店であったとはな? アンリ」



 ひと回り以上も年齢の離れた兄弟は、血のつながりの前に料理を通した師弟の関係なのである。


 かつて、ひたすらその指図に従うしかなかった弟アンリは、いま……師であり兄であるティエリをきっと見据えた。



「ええ、そうなのです。兄さんの足もとにも及ばない俺ですが……。心から頼れる皆さんに支えてもらって、これから≪金色きんのひまわり亭≫を育ててゆきます」



 召集されて市民兵となる前は、兄に向かってこんな口をきくことは許されなかった。


 しかしアンリは胸中にナイアルとビセンテ、ダン、エリンの顔を思い浮かべて、震える声をふりしぼる。


 相変わらず派手にぺかる焼きたて顔を前に、しかしティエリは弟に怒号を投げつけなかった。


 かわりに口角を片方だけ、くっと不敵に上げてみせる。



「ひいひいひいじい様の店の名に恥じるようなものを、客に出したら。こし器・・・を持って、俺がつぶしにゆくからな?」



 くるっ!


 アンリの返事を待たず、兄ティエリはきびすを返す。厨房とおぼしき戸口に向かって歩いて行った。



「ええ……。ええ、ティエリ兄さん! この平鍋・正義の焼き目ティー・ハルにかけて。≪金色のひまわり亭≫を、りっぱな店にしてみせます!」



 背中にくくっていた古い平鍋をいまその右手に握り、頬を真っ赤にして、アンリは兄の背に答えた。



「そして……。そしていつの日か、兄さんに追いついてみせるぞっ」


「うん、その意気で精進するのだ。アンリ」


「がんばるのよ、アンリちゃん」



 どこか世間離れした老夫婦、料理と店のこと以外のいっさいを他人に丸投げしている点で子ども二人にそっくりな両親は、のんきに次男アンリを応援していた……。



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