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46. アントレ! 栗ときのこのなめらかスープ

 爽やかりんご発泡果汁の杯をめいめいの前に、とにかく会食は始まったのだった。



「しかし、皆さんに初めてお会いした時の、あの航海はほんとに揺れましたね! 僕は親の友人がいますもので、時々ああやって船でデリアドを訪ねるのですけど。あんなに激しく揺れたのは、珍しいですよ」


「それにしちゃあベッカさん、涼しい顔してませんでしたか?」


「あはは。以前、極小の舟で遠乗りしたことがあったもので……。身体が慣れちゃったんでしょう、酔わないんです」



 ナイアルは小首をかしげた。


 市庁舎勤めの文官……。どう見たって、机に鎮座してばりばり書類づくりをする方が似合っているのに。ベッカ・ナ・フリガンは案外、冒険をする人なのだろうか?



「ええっ。奥さまは、あの≪キノピーノ書店≫の方なんですかッ?」



 ガーティンローで一番大きい……どころか、イリー世界における最大手の書店である。ゾフィ夫人がそこの店主の娘と聞いて、ナイアルはぶったまげた。



「はい、修復士なんです。装丁の修理や、古書の複製をしていますの」



――うげぇっ。ほんじゃ、あの『テアルの巻』も当然のこと手がけたんだろうな!? ……ゾフィさんも、巨人の秘密を知ってるのだろうか??



 この春先、テルポシエ大市間近で起こった奇妙過ぎる戦禍のことを思い出し、ナイアルの脳裏をびりりと戦慄が走った。しかし副店長は、その痛々しい記憶をさっと振り払う。



――いいや。≪金色きんのひまわり亭≫としちゃ、巨人はどうだっていいのだ。客でなし! 大事なのは……。キノピーノ書店こそが、≪ももの実賞≫の主催会社だっつうことじゃねえのかぁぁぁ!!



 そう! ≪ももの実賞≫はイリー都市国家群における、すべての飲食業を対象とした大賞だ。


 覆面審査員が秘密裏に店を訪れ、その料理や販売物を審査する。最高評価の≪もも三つ≫を取得した料理屋や小売店では、客入りが段違いに多くなっている……らしい! 大手書店による絶賛おすみ付きの宣伝になる、というわけだ。


 今年開業したばかり、閑古鳥の鳴く日も多い新参≪金色のひまわり亭≫としては、胃ぶくろからにゅ~と手を出してでもつかみたいほどに欲しい賞なのである! いや怖いって、それ。



――こりゃあ、油断ならんッ。ベッカさん及び奥さんも含めて、何がどうでも好印象を植え付けねばッ!!



 ますますご縁を取り結びたい意欲にかられて、ナイアルが内心で力んだその時である。



「前菜でございます」



 からころ音を響かせて、給仕たちが小さな台車を押してきた。上には陶器のふた付き鍋がのっている。


 給仕店員はそこから鉢皿へと、手際よく取り分けて各自の前へと配ってゆく。



「今が旬まっさかり。森のかち栗と、谷きのこのつぶし汁でございます」



 あざやかな臙脂えんじ色の深皿に入った褐色の汁には、金色の粉がひとすじまぶしてある。


 しかし実際の料理を目にする前、給仕が≪谷きのこ≫と言ったとたんに、アンリの顔は毛筆描き輪郭へと豹変していた!



「まあ、栗ときのこですって。秋の味覚ね、わたし大好物だわ」



 知的雰囲気をまといつつも、ゾフィ夫人は朗らかな人だ。その華やかな言い方に釣られたように、一同は木匙きさじで汁を口に運ぶ……。


 ……ぬううう、と低くうなったのはアンリとナイアルである。



――うッッまー!! 何じゃこりゃあ。こく・・も強烈だが、どういう口当たりしてんだよ!? うちのつぶし汁とは次元が違う。これは完全に、飲み物でないのかッ。


――ぎいいいいいっ。つぶしを重ねに重ねてから、どれだけ裏ごしをしたんだッ。こし器に引っかかる分がもったいなくって、俺があえて排除している過程……! 悔しすぎるが、さすがだッ。しかしもったいないっっ。



「給仕さん。≪谷きのこ≫って言うのは、何なんです? 僕は初めて聞いたのですけど」



 ベッカは何気ない風に、店員に話しかけている。



「はい。谷間にのみ自生している、お出汁だしむけの希少なきのこでございます。料理人みずから採集した≪山うみうし≫という、口当たりの一番よいものを使用しました」


「へえっ! ティエリさんが、山へ行って採ったのですか!」



 アンリのいちご金髪が、がくぶると震えたのがビセンテの視界に入る。


 獣人は、じつに閉口していた。いや口を開けてたべてはいるが、困りつつ食しているのである。


 ようやく食いものらしいものが出てきた、と安堵したのもつかの間。このつぶし汁……。確かに味はするが、彼の場合牙を……じゃなかった。歯を突き立ててむしりかじる感覚を伴わないものは、食ったうちに入らない。アンリのつぶし汁はいいのだ。料理人はいつもビセンテ用に残しておいた、ぶつ切りのがら・・を一緒に入れてくれるから。



「……こちらの料理人の方を、ご存じなんですか? ベッカさん」



 平静を装って、ナイアルはベッカに問うてみる。



「ええ、僕は総務課勤務なもので。お店がテルポシエからガーティンローへ越してきた時、移転手続きのお手伝いをしたんです」



 文官騎士もまた、含みの一切ない言い方で淡々と答えた。



「ティエリさんは自他に厳しい方ですけど、お料理に関する真摯さにかけては、ぴかいちですね。あんなにまじめな方は、そうそういないと思います。だからこそ、こんなにおいしいものを作り出せるのでしょうけど」


「なるほど、さよですか」



 ベッカの正直な感想に、本当だなと同調したナイアルであった。


 だいぶ前になるが、実はナイアルは一度だけ、会ったことがあるのだ。≪うるわしの黒百合くろゆり亭≫を経営する一家に。


 その時の印象がそのまま、ベッカの口から語られた気がする。


 あの頃は、まさか自分たちが料理屋を立ち上げて、そこにがち・・勝負を挑むことになろうとは、夢にも思わなかったものだが……。



――こりゃ、予想以上の強敵だぞ。



 ぎょろ目をひんむき、ナイアルは静かに鼻息をついた。



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