45. ベッカ・ファミリーの登場です
「では~、皆さんとの再会を祝いまして。乾杯しましょう」
アンリのつぶやきを全く聞いていなかったベッカが、ふくよか朗らかな声を上げて玻璃の杯を片手に持ち上げた。
それで≪金色のひまわり亭≫の四人は、ふあっと我に返る。
「かんぱーい!」
「かんぱーい……」
めんど臭がりの死神店長と獣人も、ナイアルに倣って無言で杯をかかげる。
気配りの鬼のようなベッカ・ナ・フリガンとしては、その慧眼でもってこの二人の特性をすでに見抜いていた。
ほとんどしゃべらなくても、これがダンさんビセンテさんの通常なのだな、と察して特に心配もしない。
しゅわっと喉ごし、さわやかに胸の中に満ちるりんご発泡果汁の飛沫!
「いいですね。軽い発酵なのに、とんでもない芳香だ。地のものでしょうか?」
ナイアルはつい、乾物屋買い付け係の顔になって聞いてしまった。
「はい。ガーティンロー北部にある、当店との契約農家の産でございます。林檎の発泡果汁と言えば蒸留酒同様、テルポシエ東部のものが逸品とされておりますが。なるべく品に旅をさせないように、という料理人の意向でして」
壮年の給仕役店員が、そうっと低く説明した。
それを聞きつけて、アンリはふがっと顔を上げる。
――いや……。たしかにこの果汁は、むちゃくちゃ爽やかでおいしいけれど……。一番よいものが別にあると知れているのに、なぜあえて地のものを選んだんだッ!?
眉根を寄せてアンリが考え込んだ時、廊下の方から物音がした。
若い男性店員が、女性たちを連れて入ってくる。
「お待たせしました、ベッカさん。みなさーん」
「ああ、来た来た」
和やかなベッカの声に、入口のほうを見やる。ナイアルは、おおおうと胸中で感嘆した!
「皆さん。僕の奥さんの、ゾフィさんです」
「初めまして、福ある夜を! 娘のリブレインを助けていただきまして、本当にありがとうございました」
ふくよかベッカの横に立つと、ゾフィ夫人は頭半分ほど背が高い。すらーりとした知的美人である!
優しげな双眸と同じ、深みのある青い毛織ものをふわりと着て、その片肩に長い金髪みつあみが流れていた。
一同は立ち上がって挨拶をする。と、そのゾフィ夫人の背後にて、ぐすんと湿った声がした。
「あらら、どうしちゃったんだい? リブちゃんは」
ゾフィ夫人の背後には、ずんぐりがっしりした老女がいた。腕いっぱいに、小さな子を抱きかかえている。その女の子はお婆ちゃんの首ったまにしがみついて、ぐすぐすとべそをかいているのだ。
一瞬、横幅的に似通ったものを感じて、こちらベッカさんのお母さまかしらん? とアンリは思ったのだが……。
「すみませんねぇ、ベッカ坊ちゃま。ここに来る途中で、リブちゃまのうさぎがこわれてしまったもので」
がっしりどっしり幼女を抱えたまま、お婆ちゃんは上衣のかくしから、片手にひょいっと何かを取り出した……。
もこもこ毛皮でできた、うさぎの頭だけ、である。
続いて胴体も取り出したのだが、完全に離れてしまっていた。
「大丈夫だよリブちゃん。おうちに帰ったら、あとでミラベルばあやが直してくれるよー?」
ベッカは言いつつ娘の背中を、でかい手のひらでさすった。しかし娘は父親と同じ、鳶色がかった金髪おかっぱ頭を振って、いやいやをする。
「うさたん、しんじゃったぁー」
お婆ちゃんの肩から顔を離すこともせず、悲愴に泣き始めてしまった。
「……ずっと、この調子なんですよ……」
ゾフィ夫人が、済まなさそうにしょぼんと言う。
「というわけで。ミラベルはリブちゃま抱いて、お店の裏庭あたりをちょっとお散歩してまいりましょ。失礼いたしますね、皆さま」
「すまないねぇ、ミラベルや」
「よろしくお願いします、ミラベルさん」
ベッカ夫妻に、そしてひまわり亭の四人に一礼すると、たくましいお婆ちゃんはのっしのっしと廊下に出て行った。
「ごめんなさい、皆さん。リブレインも丈夫な子で、こんな風になっちゃうのは本当に珍しいことなのですけど」
苦笑しつつ、席についたベッカが言った。
「でも、ミラベルさんに任せておけば大丈夫よ。あなたのことも、昔はあんな風に抱っこしてあやしてくれていたのでしょう?」
何気なく言った、ゾフィ夫人の言葉ではあるが……。ナイアルとアンリは傍らで震えあがっていた!!
――なッッ……。せ、世代越えのばあやさんがいる家なのかッ。そりゃそうよな!?
――ごはん食べに来るのに、女中さんが付き添う……! これはもう、ものほん級の大富豪ですねッッ!? ベッカさんち、おそるべしッ。
ともかく、会食は始まったのである。




