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44. 超高級料亭の美麗アミューズ・ブーシュ

「いらっしゃいませ、フリガン侯」



 重厚な扉をくぐると、しゅッとした若い男性店員がすぐさま呼びかけて来た。



福ある夕をこんばんは! 予定よりちょっと早めでしたけど、いいですか?」


「ええ、問題ございません。いつものおへやでお取りしております」



――ここ、個室があんのかよッッ!!



 ベッカの背後で、ナイアルはぎゃひっと胸中うめいた。若い店員は、慎ましくさっと一同に目をやり、穏やかに言う。



「お客さまの外套とお荷物を、こちらでお預かりすることもできますが。そのままお持ちいただいても、もちろん結構でございます」


「どうします? いいですか? あ、そうですかー」



 軽く確認して、すらっと進みかける文官騎士。


 これにはダンが、ふ~と胸をなで下ろした。ガーティンロー大市に着いてそのまま長槍を背に担いできてしまったけれど、玄関に置いていくのは心細いのである。


 いつもは自分の店で客の上衣うわぎを預かる役をしているくせに、その辺まったく気が回らなかった。


 ちなみに、こうして玄関先で上衣や持ち物を預かるのは、イリー社会における格式ある店ならではのことだ。大衆向けの食堂だとか酒商などでは、皆そのまんま入ってゆく。


 では≪金色きんのひまわり亭≫が格式高いのかと言うと……全然そんなことはない。料理人も副店長も女将も、気の置けない食事どころを目指している。


 それなのに玄関で色々と店長が預かるのは、客間として稼働できている床面積が卓数に対して少々狭いからである。客になるべく身軽にくつろいでもらうための工夫、さらに接客力皆無の店長ダンの手持ちぶさた解消であった。


 しかしこれがかえって、≪安いお店なのに高い雰囲気≫として女性客に喜ばれているのも事実なのだが。


 そうして今回、かさばる四人は店員とベッカの後ろに続いて、ほんものの格式ある料亭の廊下を進む。


 夕方早い時間帯だと言うのに、すでに蜜蝋みつろうがそこかしこの燭台にともって、実に明るい。通された先の個室には、長細い食卓の上に陶器や銀器類が整然と配置されている。そこになでしこ生花の小鉢が精彩を加えて、なんとも夢のような光景だ。


 平静を装いつつも、ナイアルは内心でぎゃひーとうめき続けていた。



――ななな何というお上品な会席だッ。つうかここまで格の高いところ、俺だって入ったことねえぞー!? おひい、助けてくれぇぇぇぇッ。



「ここのお店、実はテルポシエから移転してきたのですよ」



 する・ぷよッとすべらかに着席しながら、ベッカが言った。



「さよですね、……名前だけ存じております。南区の≪うるわしの黒百合くろゆり亭≫と言ったら、旧・高貴族ご用達の老舗しにせだったように記憶しておりますが……」



 ベッカの正面、ナイアルはまじめに答えた。隣ではアンリが脂汗を流しつつ縮こまっている。さらに隣のでっかい店長のかげに、何とか身を隠せないものだろうかと絶望しつつ考えていた……むりだ、お腹がはみ出す。



「さすがですね、ご存じでしたかナイアルさん! 戦役の後に、こちらガーティンローへ移ってこられたんだそうです。僕もご縁があって食べて以来、すっかり味が気に入ってしまって。時々ごはんを食べに来るのを、楽しみにしているんです」



 しゅッとした壮年の店員が、食前の飲み物を持ってやってきた。


 その時、開け放たれた扉の向こうから、談笑の声がゆるやかに聞こえてくる。


 個室に入る前、ナイアルは大広間の方をちらりとかいま見ていた。少人数用の丸い卓が無数に置かれていたのだが、そこにもう客が入り始めているらしい。



「お食事の方も、準備が整っておりますが。奥さまとお嬢さまのご到着を待って、開始させていただくのでしたね?」



 美しい玻璃器ぐらすにりんご発泡果汁を注いで、給仕はベッカにたずねた。



「ええ。じきに来ると思いますので」



 その会話を片耳に聞き流しつつ、≪金色きんのひまわり亭≫の四人は、いくつかの黒い大皿に飾られたものを凝視していた……。およそ食べ物に見えない、美しく小さな物体たち。


 褐色がかったうずらの卵に、晩生おくて秋黄梅ぷらむ。小さな丸々が並べられた円環列の内側、大皿の中央では、透明な球体がつるんと蜜蝋灯みつろうあかりを反射している。その核の部分には、何かがある……花だ、青い小菊が咲いている!


 ビセンテは鼻をひくつかせた。花って食えんのか。


 ダンは真っ赤に充血した死神双眸をアンリに向け、なーにこれと視線で問う。


 しかしアンリは店長の無言の問いに答えなかった……。先ほどまでの恐慌ぶりとは打って変わって、いま猛禽のまなざしで黒い大皿を見つめている。きりっ!



「そんな……まさか?? 一体、何が起こったんだ……」



 青い食用菊を内にとじこめて震える、透明な球体を見据えて、アンリは呟いている。



「これは、海藻≪あがが・のるり≫を煮固めたものじゃないか。≪たまこ・ごごり≫※の液体凝固の応用……。あの人が、東部料理の手法を使うだなんて……!」



 もそもそと口の中でつぶやかれる料理人の言葉を、聞いたものは誰もいなかった……。


 否、ビセンテだけはちゃんと耳に入れている。しかし何のことを言ってるんだかさっぱりわからないため、獣人は反応のしようもない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ※たまこ・ごごり : 料理人は玉子たまごこごり、と言いたいらしい。(注・ササタベーナ推測)


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