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39. 魔術師ゴンボ君はグルテンフリー雑炊が嬉しい

「エリンさんからうかがった、変な業者の話なんですけど。彼はたぶん、理術を使っていたんだと思います」


「……」



 ナイアルはぎょろ目を見開いて、西方の遠国からやってきた二人の青年を見つめた。あんまり表情の見えない金髪のゴンボ君、そして表情どころか顔も見えないロボ君。


 ロボ君は常に、けものの頭をかたどった不思議なかぶりものをつけている。そのままどうやってあれだけの雑炊を食べたのかは謎だが、とりあえず現在の最優先謎ではない。


 ひょろひょろしたこの二人のティルムン青年は、テルポシエの主権を握る≪エノ軍≫幹部の誘致を受けて、はるばるやってきた派遣のもぐり・・・理術士なのである。


 ティルムンにおいて、理術と呼ばれる魔法のような戦略秘術を行使するものを、理術士とよぶ。すなわち国軍兵士なのだが、ゴンボ君とロボ君は理術を学びはしたものの、事情あって入営せずに民間で働いていたのだそうだ。


 つまり正規の軍人ではないのだが、それでも≪西の魔術師≫であることに変わりはない。



「……あんたら以外にも、イリー社会に入り込んでいる理術士がいるかもしれないってことかい?」



 極太まゆ毛をひそめて、ナイアルはゴンボ君に低く問いかけた。



――たしかに。あの妙な男に近寄った時、俺の妖精じんましんは全く反応しなかった……。つまりあのどろん・・・は、精霊がらみのまやかしではなかった、と言うことだ!



 自分の霊感に、少なからぬ信頼を置いているナイアルだった。


 一般イリー人と比較して、色々と不思議なもの、超常の世界が見えやすい体質の副店長は、それ・・らしき存在を察知することができる。頬っぺたに、じんましんのごとく赤いぶつぶつが大量に浮くのだ! ……と言っても感知できると言うだけで、精霊使いのようにばけものを使役したり、簡単に追っ払えるわけではないのだが。



「僕らエノ軍属の派遣理術士は、テルポシエ市外での活動は禁止されているんです。遠足するにも、軍の許可を取ってからでないと市壁の外には出られません。だから、僕らのうちの誰かが加担してた、ってことはあり得ないです」


「それは、そうよね……」



 エリンは同意してうなづいた。女王の座を引退してもまだまだテルポシエ本城に住んでいる雇われ女将は、夫のエノ幹部とその同僚を通して、派遣理術士の奥さま方とは顔見知りである。はんなりちゃきちゃきティルムン早口のおばちゃん達は、食欲こそあれ野望にまみれたようなのはいない。外に出て、悪徳の外部組織と結束しているような人は皆無だ。



「それに……。もし僕らとは関係なしに、ティルムンから船で来た人がいたとしても。理術士だったら必ずそうとわかるはずなんですよ。でもそんな話は全く聞いていないよね、ロボ君?」



 じー、がっしょん。ロボ君は頭を上下させた。



――だよなあ……。万が一それらしいのがいようものなら、テルポシエの港湾事務所に記録が残るはずなのだ。エノ軍とテルポシエ巡回騎士の水際監視をかいくぐって、理術士がこっちで好き勝手に活動する、なんてのはありえんぞ。



「と、言うことは。もし本当に、ナイアル君たちの見たのが理術の目くらましだった場合、その術をかけていた理術士は後ろ暗いということね?」



 エリンが深刻な面持ちで話を継いだ。国家元首の地位はエノ軍首領に引き渡したものの、自国を守るという心意気だけは常に持ち続けている。



「だからこそ、あんな違法業者に加担しているんだわ。きのこ毒薬が合法な場所で売るつもりでも、非合法としているテルポシエで製造していいわけがないじゃないの。違法入国したあげくにそんな業者とぐる・・になるだなんて、全くテルポシエもなめられたものね!」



 貫禄のついてきた胴にびしっと両腕を組んで、元女王はけだかく怒っている!



「ナイアル君! もし次に遭遇する機会があったら、思い切りやっつけちゃってちょうだい。いいわねアンリ君?」


「はっ! おひいさまの分も、俺とティー・ハルでこんがり焼き目を入れてやりますっ」



 アンリは即時に熱く答えた。しかし珍しく憤慨しているエリンに、ナイアルは苦笑する。



「これこれ、おひい。怒るのはもっともだが、不法滞在者でもあいては理術士だぞ。アイレー大陸最強の魔術師を向こうにするのは、いくら俺ら≪第十三遊撃隊≫でも分が悪い。下手に挑んだら、さくっと返り討ちにされてしまうかもしれん」


「むっ……それもそうね。よく考えてみれば、あなた達も生身の人間なのだしね」


「いや。よく考える前に、俺らはふつうの人間だぞ」



 そう。理術士とはティルムンがようする、いわば魔術使いの兵士なのだ。詳しいことは一般イリー人には知られていないが、たった一人でイリー騎士まるまる一個隊を相手どることができる、と言われている。そんなのとがち・・勝負になったら、いくら≪第十三遊撃隊≫でもただで済むわけがない。むしろ今回レプレイーンでの対峙は、直接対決を避けての命拾いだったかもしれないのだ!



「あ……。その時は、僕がお手伝いできるかもです」



 のーん、と平坦な調子でゴンボ君が言った。



「直接の攻撃とかはできないんですけど。すんごい後ろからの援護で、むこうの術をはねっ返すのはできますから。……あ、ロボ君もやるって言ってます」



 かしょんかしょん、とゴンボ君となりの青年はかぶりものの頭を上下に振っている。



「だよね、ロボ君は防御がとっても得意だもんね。上司のウーディクさんに、エリンさんから話を通しておいてもらえば、市外出張とかもできるんじゃないのかなあ」


「……いいのか? ゴンボ君」


「はい」



 ナイアルは、ひょろひょろしたティルムン青年を見つめた。


 春先に初めて出会った時は、敵の裏親玉配下とみなし食ってかかってしまったが。乗りかかった船で提携協力をしてくれるとは、なかなかいいやつではないか! いや暇なのか!?



「なので。そういう話もかねて、ここへ時々たべに来ます。こういうかわりだねのそまがゆって、お鍋単位で注文してもいいんですか?」


「へ? いや、これはまかないで……ふぐっ」



 ナイアルをぐいっと平鍋で押しのけて、アンリがゴンボ君に笑顔をむける! というかぺかぺか、てかりの輝きを押し付ける!



「ええ、もちろんッ! もしかして、この雑炊を気に入っていただけました~~??」


「すんごく」



 ここで初めて、ゴンボ君は口角を上げて少し笑った。



「つぶつぶが黒まみれだから、正直はじめは引きました。でも食べたら、むちゃくちゃいけてたから」



 そう、本日のまかない雑炊は真っ黒ぐろの杣粥であった。それもそのはず、アンリが粉みじんに刻んだ谷きのこ、≪死神らっぱ≫を大量増量で落とし込んだのだから。



「僕、むぎ食べるとお腹いたくなるんで。杣粥お鍋いっぱい、食べたい派なんです」


「いいですよ~!! んもう、いつでもどんと来いですよー! 張り切って杣を炒りますぅ」



 ぺかぺかぺかぺか!


 ナイアル母とミオナが目をつぶるほどに、アンリの頬ぺたのきらめきが激しくなってゆく。


 少女の隣にかけていた死神店長は、無言のまま目をそらす。レプレイーンから帰ってから、ここのところ夜なべ仕事が絶好調。つい就寝が夜明け後になってしまうから、いつも以上に充血のはげしい真っ赤な双眸がしょぼつくのである。疲れ目にぺかりが刺さって、いたい……。


 その傍らの食卓はじっこ、獣人ビセンテはいつものぶっちょうづらのかげで、珍しいことに感心していた。


 アンリの杣粥を気に入って、なおかつ自分以上の量を食べきったゴンボ君ロボ君に、ひょろひょろながらやるじゃねえか、と称賛を送っていたのである。


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