37. 毒きのこっぽい★おばあちゃん
「おいしかったですか~?? ラーワさん!」
空になった椀を前に、枯れ枝のような老女はアンリにこくり、とうなづいた。
「奥さん、あんたも災難だったな。どれ、そろそろ村へ送っていこうかい」
しかしナイアルの呼びかけに、ふるふるふるっと老女は横向き首を振った。
「やだよ。あたしゃ、ここにいた方がいいんだ」
「えっ? どういうこと、ラーワさん」
きょとんとしたアンリに、老女はかすれるような声で言った。
「だんなと息子のけんかが嫌で、家から逃げてきたんだもん。ここでは思いっきり静かだったから、ようよう休めたよ……初めのうちはね」
老女はしわしわのどや顔である。
「……奴隷にされてたんでは、なかったのか? 奥さん」
「いいや。あたしは進んで、あそこのきのこ栽培責任者やってたの」
「はああ!?」
「言っとくけど、きのこの世話以外にあのじじいどものことは知らんよ? 後から来た東部の女房どもは、なんだか勘違いしていたが……。あたしの言うこと、わかってなかったのかな。言葉の問題かねぇ」
「えー、ちょっとちょっと……。でも亡くなった人が出たって、言ってませんでした??」
困惑するアンリを前に、枯れ枝ばあさんはどこまでも淡々としている。
「うん。仕置きされてきたやつらは、本当にくだくだ泣き言ばっかしで、ぜんぜん使えないからさぁ。なだめすかして瀕死のふりをさせたんだ。そうすりゃ傭兵どもに運ばれてって、国境の森に放っぽってかれるからね」
「いや。ちょっと待てよ、ばあさん? ファダン国境のあの森にゃあ……」
地元民である猟師の一人が、不安げに割って入ってきた。
「うん。イリョス山犬がいるよね。無事にその辺かわして、逃げられてたらいいんだがね」
「無理だろ」
猟師の顔が青ざめた。アンリの輪郭も、なみなみ波線描写となって恐怖に引きつれる。
……そう、このレプレイーン界隈の谷山は北向き、隣国ファダンとの国境をなす深い森につながっていた。そこには群れをなして縄張りを固守する恐ろしきけもの、≪イリョス山犬≫どもが棲んでいるのだ。
「さっきまで一緒にいたうるさい東部の女も、そこから山間ブロール街道に向かうだの何だの言ってたな。病気で長くない親はどうなったんだって話だよ。……東の連中ってのは、全身うそでできてんのかねぇ」
最後はすさまじい皮肉調で言いつつ、老女はきゅっと細い肩をすくめた。
鶏がらみたいな見かけをして、正体は毒きのこのような人である!
「さて。本部のほうは、どうしようもないことになっちまったし……。おい、お前ら。ずらかった方が良くないかえ」
淡々と老女に言われ、猟師ふたりはぼけっとしている。
「うかうか、この離れに残っててごらん。あの頭じじいが戻ってくるとは思えないが、巡回騎士だのエノ傭兵だのに何があったんだと聞かれたら、ややこしくなるぞ。その前に、地元民なだけで何も知りません、としらを切れるようなところへ移るんだ。監視に使ってた山小屋が、なんぼかあるだろうが」
ぽそぽそ、かさかさ、弱々しい声で仕切るラーワさんに、猟師二人はたじろいだ。
「おい。……ほんとだよ、さっさと逃げよう」
「う、うん」
「お前らのどっちか、あたしをおぶえよ」
「は? ……ついてくんのか、ばあちゃん?」
「あほう。お前たちがあたしについてくるんだ。静かにしてけんかをしないと誓うなら、この兄ちゃんには及ばないが、めしの煮炊きくらいはしてやるよ」
「あ、本当? ほんじゃ行こか」
あたたかき鍋ものに飢えていた猟師二人は、それで簡単に懐柔された。よくよく鍋にほだされる二人組である。
「おっと。ここの鍋は、そのまんま失敬していきな」
というわけで一人がラーワさんを背負い、もう一人がアンリの残り汁ごと鍋をぶら下げて、二人の猟師はひょいひょいと厨房を出て行った。
裏口からアンリが見送っていると、樹々の茂る峡谷のほう、三人の姿はすぐに周囲に溶け込んで見分けがつかなくなる。あっという間に消えてしまった。
「……俺たちも、下山するか」
しかし≪第十三遊撃隊≫は谷側の小道へ降りる直前、あの≪死神らっぱ≫の群生地でしゃがみこんだ。
城の厨房にあった背負い籠いっぱいに、四人はものすごい速さで黒いきのこを採ってゆく!
「くくくくく! これで本日の一大目的は達成しましたねッ」
大籠にいっぱいの谷きのこ……死神らっぱを背負って、アンリは頬を光らせながら午後の谷道をくだる。
ドゥネド夫妻のところに置いてきたミオナとイスタに合流して、自前の籠に小分けにして……と、アンリは頭の中で楽しく算段をしていた。
「これだけ持ち帰れば、お姫さまとリリエルちゃんにも、さぞや喜んでもらえるでしょうッ。ねえナイアルさーん!?」
「だな~、生ので当分の間はもつだろう。ほいでドゥネドさんと乾燥ものの買い付け約束をしときゃあ、今後の≪谷きのこ≫供給も安定する。アンリ、これからは張り切って腸詰めを作るのだ」
――乾燥ものの特級品は、≪紅てがら≫にも置けるかもしれんしな~!!
摩訶不思議な術を使うらしき、謎の違法薬買い付け人。剣呑たる毒薬製造者の老人……。不安材料は多いが、アンリの言う通り今回の遠出目的を十二分に果たして、ナイアルは満足してもいた。
料理人とナイアルの後ろをゆくビセンテは、やはり相変わらずのぶっちょう面である。
きじ鍋でだいぶ回復してはいたが、最後に枯れ枝のような老婆の毒きのこ的毒気にあてられて、やっぱ女はおっかねぇぞと内心で恐々していた。
しんがりを行く、ついてく専門の隊長は、目の前で消えたあの謎の男がやはり気になる。気になり過ぎて、せっかく食べた≪死神らっぱ≫入りきじ鍋のことも忘れつつあった。あぶない。
妙な立ち回りと妙な言動、妙な武器……。などなどを押しのけて、本業お直し職人の思考を占領しているのは、男の着ていた珍妙ど派手上衣なのであった。
――イリー人で、あんなの着たいと思う人はいないよ。……けどなあ、どうしたって気になるあの蛍光もも色+金色縫い取り……。参考にしちゃいけない、あんな北部穀倉地帯趣味なんて……。って思ってる時点で参考にしてしまっている、いかん。うーん。
こんな長いせりふ、もちろん口には出さない。見かけ無言で谷間の小道をゆく、めんど臭がりのダンである。
四人がゆくのは金色紅色、褐色の落ち葉が敷き詰まる深秋の絶景なのだけれども。そのへん風流を感じる者は、≪第十三遊撃隊≫にはいなかった。山鳥の声が遠くに響く。
かっこう……かっこう……。かぎ、かっこう……。




