36. 脂こっくり! どっさり谷きのこ入り、山きじ鍋
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「うまっっっ」
「激うまッッ」
案内役から転じて鍋番となっていた猟師二人は、くあっと目をむきながら叫んだ。
アンリの鍋に興味と食欲を示したおかげで彼ら二人は客とみなされ、命拾いしたのであるが、その事実に気が付いていない。
木製の粗末な椀に盛られた、鍋のなかみに集中している。
大量の谷きのこ≪死神らっぱ≫の黒いひだひだとともに、ゆるっととろけるような山雉の脂身を口にして、そのすさまじきこくに猟師二人は驚愕するしかなかった。
「うーむ、実にいい出汁だ! 山きじだけでは少々野生味が勝ってしまったかもしれんが、玉ねぎと谷きのこが双璧となって、調和のとれたうまみを作り出している。今回もみごとだぞ、アンリ」
木匙を細かく動かしながら、ナイアルが冷静な感想を述べた。以下は本音である。
――≪死神らっぱ≫をかなり大胆にぶち込んだな。しかし、ここまでどっさり入れると……谷きのこはもはや主役級だ! 難をつけるなら、見かけがいかん。どす黒いひだひだ外観に客は引く。つうわけで、見せ方を工夫せにゃならん。……ああ、だからこっちの人間は腸詰めに詰め込むってわけか……。伝統というのは、合理的にできているもんだ!
「ふははは~、そうでしょうおいしいでしょ~う!! どんどん食べてくださいねぇー」
びかびか、ぺかーっ!!
焼きたて顔を絶好調で光らせて、アンリは隊長ダンにお代わりの椀を手渡しにゆく。
見たところいつも通りの平常心、たいらかな表情ではあるが、死神隊長は≪死神らっぱ≫を非常にうれしがって食べていた。めんど臭いから言わないが。
――うーまーい。これ、うちの店の常連献立になんないかなぁ? まかないで、しょっちゅう食べたーい……。
店長が常連になってどうするのだ、金色のひまわり亭。
ダンと違ってふるふるとした柔らか食感を好まない獣人は、早くもきじの胸がら部分を分けてもらって寡黙である。
ビセンテの身体から、ようやく毒きのこ臭気のいまわしき損害が抜けてきていた。いま全身全霊をかたむけて、咀嚼と回復を同時進行させている。
そういういかつい男たちの囲む厨房食卓の片隅では、助け出されたラーワ老女が音もたてずに汁をすすっていた。
アンリが細かく刻んでやった、きじの肉ときのこの身を、ゆっくり噛んでいるらしい。
だいぶん腹が膨れたところで、ナイアルは猟師二人に改めて話を振ってみる。
「ここの工房はつぶしたが、あんたらの親玉じじいは顧客と傭兵を連れてとんずらしちまった。≪木の子の会≫には、他に拠点があるのか?」
「えー? 俺は全然聞いたことねぇな。見回るようにと言われていたのは、ここレプレイーンの谷山まわりだけだったし……なあ」
同意を求められて、もう一人も咀嚼しつつうなづいている。
「あのじじいは、三年くらい前に突然この谷山にやってきた。古い山城を補強して、仕事にあぶれてる俺らを雇ってくれたんだが……」
地元民であるこの猟師二人は、毒きのこ採集を行う者たちの監視役だった。
城の内側で行われていた事業についてほとんど知らなかったし、もちろん地下牢に閉じ込められていた女たちのこともわかっていなかったのである。
アンリの潜伏中、ナイアル達が谷の周りでのした他の山男連中も、同じようなものらしい。
「……じゃあ。あんたらは出来上がった毒薬がどこへ運ばれていったのか、どういうやつらが買っていたのかも知らんのか?」
「うん、知らね」
「あ~、それがな! ちっと不思議なんだ。たまーに……だよ? 商人風のやつらを、城の近くで見かけることがあったんだ。傭兵たちがでかい木箱をたくさん抱えて、後について行くんだけど。それがふいっと、消えちまうの」
「消えるぅ?」
「ああ。馬車だのろば車だの、そんなの城の周りにゃ全然みえねえし、第一こんなところまで来れるわけがねぇ。そういう車の気配がないまんま、たくさんの木箱もよそ者商人たちも、ふいっと姿が見えなくなるんだ」
「そうそう。ひょっとしたら、傭兵どもが木箱かついで山道を下って行ったのかもしんねぇけど……。それにしちゃあ、そういう行軍に森ん中で会ったためしもねえんだな」
「……」
猟師二人の言葉に、ナイアルはぎょろ目をばちくりさせる。
要するに≪第十三遊撃隊≫の手前で起きた現象、それと同じことが何度もここの城で起こっていたのだ。人間が、ふいと消えて見えなくなる……!
ナイアルとアンリ、ダンは卓上に肘をのせ、同時同速同角度に小首をかしげた。
「あと、薬の行方なんだけどよ。近くの集落にいる若いやつらを、頭はしょっちゅう城に呼びつけてたよ? 俺らに案内させてさ。どいつもこいつも、仕事がなくってくすぶっているような不良どもだったけど。そいつらにできあがった薬と、こづかいを渡してたようだ」
ナイアルはぎょろ目を細め、手のひらでごしごしとあごをこすった。
――ドゥネドさんの親戚すじと、同じ手口だ……。病人のいるうちに廃人薬をもたらして、巧妙にその家族を≪木の子の会≫の回し者にしていたんか……!
とてつもなく嫌らしいやり方だ、とナイアルは思う。
確かに土地の者を利用した方が、地の利のあるぶん効率的に毒きのこを集めることができたのだろうが。
過疎地、それも医師や治療師の網目から外れたところで、見放された病人たち……。
その痛み辛さをどうにかやわらげてやりたい、と言う親近者たちの切なる想いにつけこむ非道。
薬が欲しければ自分たちの悪事に加担しろ、と言われれば、家族には他に選択肢がないではないか!
――難しい案件だ。お姫を通して、なんとかレプレイーンの連中の救済になるよう、話を持っていけないもんか……。
さらに、肝心かなめの≪木の子の会≫頭を取り逃がしてしまったのである。
うかうかしていては、あの老人は別の集落に拠点を構え、廃人薬の製造を再開してしまうかもしれない!
副長が極太まゆ毛を寄せて悶々と考えているそのかたわら、アンリが憂いなき声をあげた。
「おいしかったですか~??」




