35. 謎のピンク男、消えうせる!
「何だ。やつは一体、どこへ行っちまったのだ……!? うおーいビセンテ、何かわからんかッ」
後方にいたビセンテに向けて、少々焦りつつナイアルは呼びかけた。
敵の姿がかき消えた以上、頼みの綱は人智を越える獣人の知覚である!
しかしよろよろ歩いてきたビセンテは、壮絶なる不調ぶっちょう面にて首を振った。
ビセンテの聴覚は確かに、多人数をのせた二頭立ての馬車の音を聞いていた。その気配が燃えさかる古城の脇を通り、谷間ぞいの細道方向へと去ってゆくのも察していたのである。
しかし獣人の視覚をもってしても、そのはっきりした姿はとらえられなかった。毒きのこの臭気にあてられた鼻では、その残り香を追うのも不可能だったのである。
「え、じゃあ何ですか。けむりみたいに消えちゃったように見えましたけど……。単に姿が見えなくなってた、ってだけなんですか?」
「単に、とか言うなアンリ。そんな目くらましの魔法みたいな術を使えるのは……!」
「ああ! フィオナちゃんの精霊、≪ひかりんぼ≫ですかね~?」
ぺかっと頬をてからせて、アンリは思い付きをそのまんま口にした。
フィオナちゃんと言うのは、えー……。かいつまんで言及すると、アンリ達の知り合い、精霊つかいのお嬢ちゃんのことである。いまだお子様ながら、さまざまな妖精たちの力を使って、摩訶不思議を行うことができるのだ。まじょっ娘とは違うぞ!
しかしナイアルは、極太まゆ毛をぐぐっと寄せる。
――何なんだ、あんちくしょうッ。まさか精霊を使役できるようなやつが、悪徳の毒薬業者に加担してるっつうことなのか……?
「……あった」
もそり。ダンがでかい小山のごとく、地面にしゃがみこむ。
その指先には布切れごし、ようじのような細いものがつままれていた。
「何か、めっけたんすか? 大将」
「あー。それってさっき、ティー・ハルがはね返したやつですよね?」
ナイアルとアンリは、ダンの手中をのぞきこむ。
いや、ようじ……にしては何やらいろいろ彫りこんだような、突起が目立つ。極細のねじのように、見えないこともない。
――まさか、毒の吹き矢か何かかなぁ?
独創的なおもしろ武器の大好きなダンではあるが、これは見たことがなかった。
「何すかねー? ……毒を仕込んだ隠し武器なら、キヴァンの民が使ってるけど……こんなの見たことねえな」
各地を旅して、異国文化に見聞のある副長も知らない。ミオナの母にぶすりと毒矢をくらったことはあるが、あれは本当に針のようなものだった。
「じゃあ、隊長~! 持って帰って、知っていそうな人に見てもらいましょうよ。アランさんとか、スカディさんとか~」
こくっとうなづいて、ダンは謎のようじ武器を布切れにていねいにくるんだ。ものすごくたくさんある、かくしの一つにそれをしまって、ぬうんと立ち上がる。死神隊長の頭の中は、いまやこのようじに対する疑問、および好奇心でぎちぎちだった。
――あの男。イリー人のくせして、身なりはど派手に北部ふう。おまけにキヴァンの武器を使うだなんて、どれだけむちゃくちゃなのだろう……!
自身のむちゃくちゃぶりなんて、するする無視している! さすがだ!
「まあ、消えて逃げちまったもんは、これ以上追えん。とりあえずの≪木の子の会≫拠点つぶしには成功したわけだし……。さっき助けたおばちゃん二人を探して、レプレイーンに帰るか」
五色の煙を噴き出して、派手に燃えさかる古城をふり仰ぎ、ナイアルは肩をすくめた。
今回一番の身体的損害を受けたビセンテを囲むようにして、アンリとナイアル、ダンはもそもそと古城を回り込み、谷側の離れにある厨房の方へ歩いて行った。
ちなみに四人とも、城の鎮火作業なんてする気はまるでない。
無人になったはずの城内には、非合法のきのこ毒薬つくりかけが残っているだけなのだから、きれいさっぱり燃え滅びちまえばいい、と全員が全員思っているのである。
「あれ~~? どこにも見当たりませんね、あの奥さんたち……。出口わかるって言ってたんだし、外に逃げてはいるんだろうけど」
「お、厨房の脇にいるのがそうじゃねえか」
確かに離れの小屋、厨房の外壁に、あの影ぼうしみたいな老婆がひょろっとうずくまっている。
たたた、とアンリは駆け寄って行った。
「奥さま、大丈夫でした~? もう一人の方は、どちらです」
アンリを見上げて、老婆はふるふるっと頭を振った。
「あたしをここに置いて、行っちまったよ」
「……ええっ!?」
その時、がたんと扉の開く音がした。
厨房の出入り口から顔を出したのは、谷きのこの群生地にアンリを連れて行った、あの案内役の猟師である。
「よおっ。今なあ、ようやく! ≪死神らっぱ≫の処理おわって、全部を鍋ん中にぶち込んだところなんだが……。強火にしたらいいのか?」
ぺかっ! アンリは頬をてからせた。
「おや、お疲れ様でした! それじゃあ、仕上げは俺がやりましょうか」
「ああ頼む、……って……」
そこで猟師は初めて、四人の背後に燃えさかる古城をみとめたらしい。
「うげええええ、何で本部が燃えてんだよおおっっ!?」
一心不乱に谷きのこの下ごしらえをしていた猟師たちは、全く気付いていなかった。もう一人出てきた猟師も、一緒に口を四角く開けて顔をひきつらせた。
「あー、いいんですいいんです、気にしなくって。他の人たちはもうどこかへ逃げちゃったし、代わりにお鍋をたべていきましょうー」
「だなー!」
「きじなべ」
「……」
≪第十三遊撃隊≫は、どかどかと厨房に入って行った。
「奥さまも、お鍋たべるでしょう? おいしいもの食べて、少し元気を出してください。後で村まで、送っていきますからねー」
アンリに支え起こされた老婆は、表情を変えずにうなづいた。




