32. 頼りになるんだ、死神隊長!
工房の天井には、黒い煙がすでに厚くたれこめてきている。
――やばいな。いかん、このままでは煙に巻かれて全滅だっ……!
胸中に広がる不安を押しのけて、ナイアルはむしろどんどん冷静になってゆく。
「よし、力業で正面突破しよう。この流し台を持っていって、皆でがつんと扉にぶつけ……え、うええええ!? どうしたビセンテっっ」
いや、副長は一挙に取り乱した!
長細い身体をぱたんと折りたたむようにして、ナイアル脇にいた獣人がしゃがみこんでしまったのである。
「どどどどうしたんです、ビセンテさん!? お腹すいたんですかぁっ!?」
「きのこ、……くせぇ」
ばらーんと垂れた砂色髪のすきまから、うめき声がもれてナイアルとアンリの耳に入った。
「何てこった! ビセンテが毒きのこの臭気にあてられちまうとは……! おいアンリ、そっち支えろ! 扉のほうへ、ビセンテもってくぞッ」
「ああん、かわゆい背丈の俺には支えにくーい」
二人でずりずりビセンテを引っぱってゆくと、その扉の前でダンがでっかい背中を丸めている。
「大将ぉぉぉ! これから流し台を丸太がわりにして、突撃突破を……何してんすか?」
顔だけ振り向け、ダンは覆面布をつまんで下げた。死神顔がわらっている、こわい。
「えー、何ですそのどや顔……あっ!」
ふ・わー……。
ダンのでかい手のひらに押され、扉がひらいた!
転がるように飛び出して、ナイアルとアンリはぶはーっと息を吸う。
「すごーっっ。何をどうやったんです、隊長っ!?」
両の頬を光らせて見上げるアンリに、ダンはふふふと死神どや顔のまま、何かをかざしてみせる。
真っ赤に充血した隊長の双眸の前にあったのは、彼の大切な仕事道具のひとつ。あみもの用のかぎ針! および、長槍石突に時々装着するなぎなた刃ではないか!?
ダンはそのするどい切っ先と、さらにあみ針とを駆使して、こっそり解錠に大成功していたのである。
じつに地味な活躍だが、≪第十三≫は助かった。ぜひほめてあげて欲しい! ついでに非常事態用のこの技術を、決して悪用してはならない!
「助かった、さすが大将! おうビセンテ、隣の作業所で深呼吸しろっ」
ナイアルがビセンテをずりずり引きずってゆく。
その時、どすん! と大きな破裂音を後ろに聞いて、振り返ったアンリとダンは扉のすきまから工房の内側を垣間見た。
「……中に置いてある薬品のたぐいが、とうとう燃え始めたのかしらん! これはやばいですね隊長、しまいには爆発だとか起こるのでしょうか!?」
なぎなた刃とあみ針をしまったダンは、高いところにある頭をかしげた。
――きのこはどうだか知らないけど。精油の壺なんかがあるんなら、危ないかもね~……?
思っても口に出さない死神隊長、いろいろ意見を言うのって本当めんど臭い。
「いけませんねッ! 爆発とは、各種色付きのを派手に背中にしょう、きめ演出の一環であるべきですッ。その中に巻き込まれてはなりませんッ」
料理人の演出美学はよくわからないが、ぐずぐずとここにとどまっていては、たいへん危険である。
ナイアルの後に続いて隣の作業所に入って行きながら、ダンは権威をこめて短く言った。
「全員、撤退準備」
「了解っす、大将」
膝に両手をあてて、ぜえはあと荒い息をしているビセンテの背中をがしがしさすりながら、ナイアルが応えた。
「下に戻れば、廊下にのびていた傭兵どもと鉢合わせるかもしれん。ここの窓からじかに脱出だ! アンリ、縄の準備ッ」
「ういいいっ。て、あれー? なんか、縄ばしごがくっついてますよ。ここの窓から」
大きな窓からアンリがひょいと頭を出すと、知った顔がぎくりと見上げて目が合った。その縄ばしごを、ちょうど下り終わったところらしい。
「ふあーっっ、頭のおじいちゃん!! と、荷物いっぱい持ったおつき傭兵三名、およびきのこ作業してた人たちッッッ」
「なにいっ!?」
さては俺たちをはめた後にゆっくり脱出していやがったのか、とナイアルが察した次の瞬間。
「悪、逃がすまじいいいいいっっっ」
叫びを残して、アンリは窓の外へ跳躍していた……!!




