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3. 第十三遊撃隊、ア~クション!

「ってぇぇぇ!! こいつ、エノ傭兵じゃねえかよぉぉぉ!?」



 ナイアルの叫びにかぶせるようにして、男は何ごとかを荒々しく口にする。


 それはナイアルの耳に慣れない潮野方言で、≪殺せ!≫と聞こえた。


 だだっ……。


 男の左右にいた大型犬が勢いよく、こちらに向け跳びかかってくる!


 ナイアルは思わず腰を引いて後じさる。短槍を右腕下にぴたり固定してからの、迎撃かまえ……。


 ぶあっし――ん!!


 と、そのおどりかかってきた犬が、ナイアルすれすれのところで……横向きに吹っとんだ。


 やぶから棒状にとび出してきたビセンテの、強烈すぎる前蹴りが犬の横腹に刺さったのである!


 くるうっ。次の瞬間ナイアルの手前で、ビセンテは九十度向きを変えた。


 獣人の右手にした短槍が、ぶわっと風圧をもってナイアルの顔をかすめかける。


 すんでのところで副長は、頭を後ろにのけぞらせた。



「っっつーか、俺に当てんな!! ビセンテぇぇぇ」



 ナイアルの悲鳴突っ込みなんぞ、獣人はもちろん聞いちゃいない。いや聞いているが無視である、そのままビセンテは勢いよく男に向かって跳躍していく。


 その手前にいた別の犬に向かって、するどく短槍を振り下ろした。


 すいっっ!


 よけられる、ビセンテは目元をぴくつかせた。


 次の瞬間、左後方からもわりと臭い息の流れ! ビセンテはその源に対し、左手にした山刀をぶんと垂直に振り上げる。


 が、これも見切られていた。三頭目の犬はしゃッと後ろにまわると、二頭目のすぐそばについてうなる。


 怪しい男(いや、ビセンテだって傍から見れば十分にあやしい男だが)を守り、ビセンテに対しては息をつかせぬ波状攻撃を仕掛けてくるつもりなのか。


 できる・・・犬どもである!


 ぐわ、がるううううううッ!!


 第一撃をしかけてビセンテに吹っ飛ばされた犬も、すぐに立ち直って再びナイアルに噛みかかってきた。


 その牙をむいた大口に、がきッと短槍の柄をかませながら、ナイアルは犬の腹に膝蹴りを入れる。しかし大きく重い身体をした犬は、さしてこたえていないようだった。


 ますます強靭に柄を噛んで、犬のほうこそナイアルにびしばし脚蹴りをいれてくる!



「うああ、もうーッッ」



 持久戦になってしまったら、強きお犬様に軍配が上がりかねない! ナイアルは思い切って、ぶうんと短槍を振り上げた。


 ぶわっと犬の身体が宙に浮く。


 ざっしゅん!!


 ……その犬の身が、ふたつに分かれた。



「えっ」



 いまだ古樹の裏に立ち尽くしていた新兵アンリは、びっくりして両手をもみもみ、揉みしだく。


 いつのまにかナイアルの背後に、ぬーんと隊長が立っていた。暗い中に瞬時、楕円の弧をえがいて、ダンはその長槍を一閃させる。


 ぼた、ぼたッ。


 重いものの地に落ちる音。犬をまっぷたつに両断したのは、長槍の穂……ではない。


 石突部分に取り付けられた長刀なぎなた用の刃が、星明りににぶく照る。湾曲した刃でもって、隊長が犬を仕留めていた。


 薄闇にじわりと長く浮くダンの影は、見るからに不吉な形をとっている。


 ほそなが男の手中には大鎌。いなかの子ども達が老婆の炉辺語りにふるえ上がる、あの死神あんくうそのものである。


 しかしその死神は生きているのだ……慢性寝不足により充血した双眸を、闇夜の中に赤くきらめかせて。こわい。


 ぶしん、だくッ!


 連携攻撃により確実に獣人と拮抗し、まちがいなくその喉に噛みついて息の根を止めるはずだった二頭はしかし、別の二つの生きもののように動くビセンテの左手山刀と右手短槍により、はらわたを貫かれて動きを止めていた。


 ひゅうっと息をのむ音がする……。ナイアルがビセンテの向こうにいる男をぎょろ目でにらんだその瞬間、男はだっと駆けだした。



「逃がすかッ」



 さっ、と小弓をかまえる副長。


 と、それより早くひゅーんと妙な音が、ナイアル前方の宙を切って飛んでいった。


 ばたッ!!


 男は派手にすっ転んだ。何ごとかを潮野方言でわめいているが、もうすでに泣きが入っている。


 ナイアルとビセンテは駆け寄って、男を地べたに押し付け拘束した。わめきながら抵抗を続ける男のうなじ下に、どしッとビセンテが手刀の一撃をくれて黙らせる。


 その時ようやく、男の両脚に縄がからみついているのにナイアルは気づいた。



「……? 誰が投げたんだ、こんなの」



 よく見れば縄でなくて、ひものように細くやわらかな革帯だ。その両端には、もの入れのような小袋がひっついている。



「すみません……あの、すみません。俺のです、それ」



 樹々の合間から出てきたアンリが、おずおずと声をかけた。そうしてからんだ革帯を、エノ傭兵の脚からてきぱきと取り外している。



「……」



 持参していた縄で男の両手を縛り上げながら、ナイアルはアンリのその手つきを怪訝な面持ちにてちら見している。



――俺っちが小弓を射るよか、速かった……。こんなもんを投げるなんて。どん臭そうななりをしてるが、何なんだこいつは? ただのまぐれ当たりにしちゃあ、出来すぎよな??



 ぶうん、どさッッ!!


 ダンが勢いよく、犬の死体を樹々の合間に放り投げている。



・ ・ ・



 周辺に男の仲間らしき敵兵の気配は皆無であった。


 ≪第十三遊撃隊≫はひっ捕えたエノ傭兵単品を、ウエスナーン村の兵舎に連行してから再び警邏けいらに出る。


 翌日、帰営した四人は休息明けに捕虜の詳細を知らされた。



「……脱落兵?」



 今日も目の下にどす黒いくま・・をこしらえて、絶好調の平常心。長槍から取り外した長刀なぎなたの刃を布で拭きつつ、隊長ダンは首をかしげた。



「らしいっすよ。前の強奪の時に押し入ってきたのはいいが、他のやつらとはぐれちまったから、そのまま森ん中をうろついてたと」



 この辺、捕虜に対して尋問を行った別の隊から報告を聞きつけてくるのは、もちろん副長ナイアルの役目である。


 ちなみに次回出動命令および清掃当番の日にちなんぞも、当然ナイアルが把握していた。ほんとは隊長がしなければいけないのだが、手は動かしても口を動かすのがめんど臭いという隊長に任せておいては、生きていけない。



「その辺にいた野犬を手なずけて、用心棒がわりにしてたとか」



 どうしょもねえやつが敵にもいるもんだ、と内心ナイアルはあきれていた。


 エノ軍を構成する傭兵たちが皆これくらいおぼつかない・・・・・・連中なら、楽なんだがなあとも思う。


 実際にはそうではなくって、頭のまわる幹部がもさもさむきむきしたのを統制しているから、戦局はだらだらと膠着していた。今のうちに一級騎士の主戦力をもって、街道封鎖を突破し他のイリー諸国と連携するべきなのに。



「つうわけで~。俺ら≪第十三遊撃隊≫は、今日も夜からチルベリル北方向の経路で警邏、とー」



 ナイアルは、乾いた調子で言ったつもりである。しかし倦怠感が声に混じったのが、自分でもありありとわかった。


 そう、小競り合いがいつまでもどこまでも続く、この包囲戦……。


 実際に森や浜や谷地で、侵入してきたエノ傭兵と対峙しているのは自分たちなのに。その戦いの行く先を決められず、の言ってくることに従うしかないと言うのは、いかにも気持ちの萎えることだった。


 すさまじき人格者であった前隊長と、すさまじき強さを誇るめんど臭がり現隊長のもとで生き永らえ、いっぱしの優秀な市民兵となっていたナイアルは、しかし城にこもっている宮廷と執政官らに胸中で常に毒づいている。


 同じことの繰り返し、は嫌いではない。


 実家の乾物屋ではそれが当たり前だった。しかし利潤や評価といった大いなるえさ・・なしに回り続ける兵舎生活は、どうしたってナイアルの心をむしばむ。



――せめて戦争終結のめどくらい、立てろってんだ! あんちくしょう。



 それでも捨て鉢になれないのは、ひたすら宮廷の奥で苦悩しているだろう親友ひとりの存在があるから、なのだが。


 次回の出動予定を復唱して確かめたのち、ナイアルは口をつぐんで黙りこむ。


 寝台ふちに座った副長をそうっと見ながら、新兵アンリは何も言わずにいた。



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