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25. ミニ悪役よ、あなたをお鍋で誘惑します

・ ・ ・ 



 古城の東に流れる谷川にむけて、案内役の猟師とアンリとは、急な勾配を下ってゆく。



「谷きのこの種類は、≪死神らっぱ≫でもいいんだよな?」


「ええ、そうです!」


「そんならここの朽ちた小橋のてまえ側に、たくさん群れて生えてるところを知ってるんだ」


「きゃっ! そうなのですかぁ」



 地元民の猟師の足取りは、心もち弾むように軽やかである。



「ああ。≪木の子の会≫のしま・・だから、他の一般人は知らないはずだ。……ほれ、そこだ。でかい木の間に」


「ぎゃーっっっ」



 アンリは喜びのあまり、身もだえて叫んだ! ぎりぎり握った両手が、そのまんまおしぼり状態になってしまう、いや無理だろう!?


 案内役の猟師が指し示す先。古びたまや・・かしの樹々の根元に、びっしりと黒いきのこが生えている。


 ぺっかー!! 両の頬を夕陽のごとくにぺからせてしゃがみ込み、アンリは専用木べらをかくしぽっけから取り出す。すちゃッ。


 そして猛然と、≪死神らっぱ≫を採り始めた! ああ、何という手つきのすばやさ! 高速すぎてずんぐりした手が千手に見える、むしろありがたい!



「どうだ。きじ鍋に使えそうかっ?」


「ええ、ええ! んもうばっちりです、きゃっは~~!!」


「量は、ここのだけで十分だろうな?」


「はい。この籠に三分の一もあれば、山きじ鍋二十人前が超絶おいしくかさまし・・・・できるってものですよ~!!」


「そうかそうか、けど急いでくれ。本来なら、採取人にふつうのきのこを採らせちゃいかんのだからな。他の監視役にでも見られたら、まずいことになる……」



 言いかけて、案内役の猟師は口をつぐむ。


 静かに外套の内側で、腰のほうに手をやった。



「んー、どうかしましたかぁ?」



 しゃかしゃかしゃかしゃか、さささのさ~!!


 全く手を止めずに、アンリは猟師を見上げて問うた。



「……しっ。静かにしろ、誰か近づいて来るようだ」


「鍋がまずくなるってぇー?」



 ひょーい!  谷底の方、山栗の木陰からいきなり現れ出たぎょろ目の男に、猟師はきもをつぶしかけた。



「なっ……なんだ、あんたらは!?」



 ぎょろ目の男のすぐ後ろからは、ぬぼーんとやたらめったらでかい男が音なく出現する。



「ここの谷あいは、私有地なんだぞ! すぐに出て行かないと――」



 きびしい声で威嚇しようとした猟師の喉が、きゅっと締まった。


 いったい、いつの間に!


 猟師の両腕は、背中で封じられていた。そして首の上側、しなやかな手がきゅうっと気道をふさぎかけている!



「あー、ちょっとっと、だめですビセンテさん。そこまでにしてあげて~!」



 きのこ採集用の木べらを振って、アンリが立ち上がった。脇に置いた籠の中は、すでに≪死神らっぱ≫で三分の一ほどが黒っぽく埋まっている。



「その人はですねー、さほど悪かない小者こものです。しかも腹ぺこちゃんで、良客になるところなんですよー。つぶしちゃいけませーん」


「ぐぁはっっっ!?」



 首元から手が外されて、案内役の猟師は激しく咳き込んだ。



「ごぁはっ、げふっっ。な……何なんだ、てめぇらまさか……!」


「くくくくく、今ごろ気づきましたか……そうです、我々はぐる・・なのです」


「いや、今頃って言っても! 会ったばっかだろう!?」


「くくくくく、あなたのような頭のよい人は嫌い……じゃないですよ、全然」


「ふつうに突っ込んでるだけだ、俺ぁっ」



 ビセンテに後ろ手をねじり上げられ拘束されたまま、動くことのできない猟師に向かって、アンリはゆっくりとことこ近寄ってゆく。


 ぴとり! きのこ採集用べらを、猟師の鼻先にくっつけた。



「おしずかに……。あなたは、根っからの悪人ではないですね~? 亡きお母さまの作ってくれたような、おいしいきじ鍋をお腹いっぱい食べたいと言う、人間らしい願望にしたがって俺をここに連れて来たあなたは。き胃ぶくろを持った、善人なのです……」



 アンリのてかりまくる焼きたて顔が、すべてを超越した賢者の表情になる……。ああ、宇宙が透けて見える!



「……? いや、俺の母ちゃんは健在で、めしまず料理ぎらいだぞ?」


「ふむ、まあいいでしょう。俺の鍋を所望するあなたを、つぶしたくはありません。今ここでおとなしくするなら、お城厨房での鍋番をまかせます。最後にきじも、たっぷり食べさしてあげましょう~~。さ、どうします~? 我々の側にまわりますか、それとも谷間のゆり根だんごと散りますか~~? くくくくく」


「な……殴り込みに来やがったのか!」



 頭を振りつつ、ナイアルがアンリと猟師の間に割って入った。



「アンリよう、炭焼き小屋にミオナとイスタを待たしてんだ。まどろっこしい演出してないで、さっさと行くぞ? こいつはみぞおち一発殴って転がしときゃ、……ああ?」



 その瞬間、アンリがすーいとナイアルのそばで耳打ちをする。


 にやーり! ナイアルの顔色が戦略的たくらみ・・・・表情へと変化した。



「そうかそうか、周辺の谷きのこ所在地をなぁ?? ……ようしビセンテ、はなしてやれ~」


「ううっ」



 後ろ手を解放されたものの、猟師は両腕のしびれにうめき声をもらす。



「こんなことをして、ただで済むわけがないぞ! どうやって入り込んだんだか知らないが、じきに方々にいる監視役たちが集まって……」


「ああ、もうのして・・・来たんだ。全部で十四人だろ?」


「!!」



 猟師は口を四角く開ける。



「つうわけで、残るは本丸よ。さあ、先導してくんな? 猟師の兄ちゃん」



 すいっ。ビセンテが落ち葉を踏み分けて、谷の勾配をのぼり始める。



「きじ」


「あー、そうですそうです。さすがビセンテさん! 煮えてきた俺のきじ鍋の香りを、嗅ぎあててくだすったんですねぇ! たしかにきのこ城の厨房は、そっち方面でしたよ~」



 籠をかついで、アンリは獣人の後ろをとことこついてゆく。


 さすが地図の読めない料理人、自分の来た道もあんまり自信を持ってたどれない。しかしビセンテの鼻についていけば、これはもう確実である!



「なんだ、案内役はいらんかったのか。ほんじゃ行くっすよ、大将ぉ」



 ナイアルが二人の後ろにさかさか続く、返事をするのがめんど臭い店長ダンは無言でそのあとを歩いてゆく……。長槍の柄を山のぼり杖みたいに使っている、とっても役に立つのである。



「えー、ちょっと……おいっ!」



 置き去りにされかけた猟師は、慌てて四人の後を追いかけた。



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