23. 悲惨! 地下きのこ栽培場
「うああああっ……! な、何ですか! これはッ!?」
アンリに思わずうめき声をあげさせたのは、鉄格子の向こうの異様な風景であった。
廊下をはさんで六つほども小さな室が向かい合っているようだが、その壁いちめんにすのこのような板が立てかけられている。
そしてその表面に、びっしりと……! きのこが生え広がっているのである。
「くっくっく、良い眺めだろうが? 昔の地下牢を改造して、≪さべ茸≫の栽培を行っているのだ」
「さ、さべ茸……! 麻痺作用のある強毒きのこが、こんなに大量に!」
燭台があちらこちらに置かれていて、明るさは十分にあった。その光に照らされて、褐色がかったきのこの黄色いかさが、ぬめぬめと鈍く反射するのである。
禍々しいようなその色合い、無数にはびこる小さなきのこ達の群れは、何かおぞましい生き物の集合体にも思えてしまう。アンリはぞぞぞ、と全身の毛が逆立つのを感じた。
「お前も知っているだろうが、さべ茸は日光を好まない。洞窟の入り口などによく生える種類のやつだ。それを人為的に殖やせないものかと試みたのだが、うまく行ったようだ」
老人は低く話しているが、重苦しい空気とくっさい湿気にあてられて、頬の焼きたてつやを失ってしまったアンリは、茫然ときのこ畑を見つめるしかできない。
「しかし、早く育てるためには手がかかるものだ。ほれ……あのようにして、しじゅう湿気と風をあててやらねばならん」
老人の指し示す方向には、人の姿があった。
よく見れば、しょぼくれた姿みなりの女が、きのこの群れの合間に立っていた。左手に抱えた壺の中に、右手の藁束のようなものを入れては、ぶんぶんと振っている。そうやって水滴を空中に散らしているらしい。
その少し脇では別の女が、うちわのようなもので≪さべ茸≫をゆっくりとあおいでいる。
「そこの女は、さっき言ったようないかさまをした採集人でな。≪木の子の会≫に属する者への見せしめとして、死ぬまでこの穴倉できのこの世話に励んでもらうのだ。くっくっく……」
ばさっ!
女の一人が、手にしていた藁束を採り落とした。
床いっぱいに並ぶきのこ菌床すのこを避けつつ、よたよたと鉄格子の方へやってくる。
「だんな様、お願いだ! あんないかさまは、もう二度としないと誓うから。どうかここから、出してくだせえ!」
がしり、と鉄格子をつかんで女は悲痛に言い立てる。しかし老人は、冷酷につっぱねた。
「ふん、おろかものめ。やって悪いこととわかってやったのだから、罰を受けて当たり前ではないか」
「だからって、こんなのひどすぎるでねえか! おらぁもう、ふた回りもここに突っ込まれてんだ。これじゃあ自分がきのこになって、死んじまうよう」
吠えるようにがなった女を、看守役らしい傭兵の一人が棒で小突いた。
「鉄格子から離れて、とっとと作業に戻れ!」
「やだよう、やだよう。出しておくれよう! せめて親に会わしてよう! うちの母ちゃんもう長くないんだ。そんで薬が欲しくって、おらぁここに来たんだのにぃ」
うあああああん。
もしゃもしゃに乱れた暗色髪の下で、女はみじめったらしく泣き始めた。
「だから、きのこを早く成長させて数を増やしたならば、減刑を考えてやると言ってあるだろうが。親に会いたきゃ、きりきり働けッ」
さらに二発、三発と看守の棒に小突かれて、ようやく中年女は立ちあがる。べそをかきながら、牢の奥の方へと戻って行った。
もう一人の小柄な老女は、頭を振りながら鷹揚にうちわを振っている。そのゆっくりとした動きは、もはや人間ではないようにアンリには見えた。しいて言うなら、亡霊のたぐい。
くるり、老人がアンリを振り返る。
「……とまあ、こんな風にきのこを作らせてはいるが。いかんせん数はあった方がよいし、天然ものと栽培ものを取り合わせることで、よりよい抽出液が得られる。お前にもさっそく、きりきりと働いてもらおうか」
びくり、とびびったアンリの両脇で、傭兵二人がすごむように言った。
「ここまで知った以上は、逃げられるなんて思うなよ?」
「猟師のなりをしてこの谷全体を見張っているのは、お前を城に連れて来たあの二人ぱっかしじゃねえ。全部で十何人もいるんだ」
「≪木の子の会≫の網は、どこでもお前を見ている。滅多なことをしようとすれば、ただちにからめとるぞ」
「さささ、さよですか。よーくわかりました、すんごい怖いところだって! おいたまえは、いたしませんッ」
板前って。
アンリ独特の言い回しを、しかし老人は狼狽と受け取った。恐怖支配による洗脳がきいてる証拠と思い込み、満足そうに老人はうなづく。
「よし。それではさっそく外に出て、天然ものの≪さべ茸≫と≪べに首っ茸≫の採集を始めろ。日暮れまでに、籠いっぱい集めてこい。……連れて行け」
傭兵の一人に引っ立てられるようにして、アンリは再び上階への石段を登り始める。その背後で、老人は看守役らを相手に別の話を始めたようだった。
「……それでな。麻酔薬としての……を、多めによこせと。やつらは前回、そう言っていたが」
「大丈夫なんじゃないですか。……で生産率は上がっているんだし、採集人も増えました」
「今回まにあったんだから、来月の納期分も何とかなりますよ、……」
――???
歩き去るアンリに聞き取れたのは、そこまでである。




