21. アンリのひるどき!潜入調査
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「た・の・も~~!!!」
谷間の小道ぞいに幾愛里か行った、そのどん詰まり。
崖を背にした、古い狩猟小屋とおぼしき家の扉を、こぶしでがんがん叩きながらアンリはがなった。
「た~の~も~~ッッ」
「うるせえな、鍵はかかってねえんだ。勝手に入りやがれッ」
家の中から、不機嫌な男のうなり声が返ってくる。がちゃっ。
「あー、ほんとだ不用心ですねえ。っってどうも、お邪魔しますぅ」
頬をてからせてアンリが踏み込んでゆくと、納屋のようなところである。
男が二人、ひっくり返した木箱に腰かけていた。
「福ある日を! おんや~、これはまたすてきな山雉がとれましたね~?」
天井の梁につるされた二羽の山鳥を見て、アンリはごまをする。……ちがった、本心からそう言っている。
「みごとなアルサンきじだ!」
猟師のなりをして、罠の手入れをしていた二人の男は、視線を上げてアンリを見すえた。
「……何しに来たよ、兄ちゃん?」
「このあたりじゃ見ねぇ顔だな」
「ええ。新参者ですから、たのもーって言ったんです。≪木の子の会≫の入会受付はこちらでやってるって、聞いたのですけど~?」
がた、ざっ。
猟師二人は立ち上がった。
「……入会希望っつう、証拠を見せな」
「は~い」
アンリは肩にかけてきた籠を下ろし、ふた代わりに内にかぶせていたぼろ布を取る。
「……」
「首邑に住んでたんですけど、失業しちゃって貯金もなくて。んもう俺ってば崖っぷちなんですぅ。毒きのこ集めでも加工でも、何でもしますから。どうかここで、働かせてもらえませんかぁ!」
ナイアルが考えた設定をやや棒読み状態、自称恥ずかしがり屋の人見知りアンリは、だいこん役者だ。いや大根はおしなべて好きだ、鶏肉と煮るとうまいぞ!
……しかし、猟師ふたりはアンリの口上なんかより、かごの中身に気を取られている。
「べに首っ茸ばかりを、こんなにか。兄ちゃん、何日かけて採ったんでぇ?」
「何日って、えー? けさ着いたばっかりですよ。俺」
アンリが見せたのは、実際にはドゥネドが数日かけて集めたものなのだが、猟師たちは真に受けたらしい。
「そうか。なかなかやるじゃないか? ようし、ついてきな」
猟師たちは背負い籠の中に雉を入れ、罠を雑多に片付けると小屋の外に出る。かちゃん……。
「あ、今度はちゃんと鍵しめるんだ」
「少しきつい道中になるぞ。途中でへばるなよ?」
猟師二人は、アンリの前後について歩き始める。小屋の後ろにそびえる、切り立った崖の左脇へ回り込むのかとアンリは思ったが、そこへふいと前の男が入り込んでしまった。
「おやっっ!? 崖の割れ目が、通り道みたいになっている!」
大の男ひとりがどうにかこうにか通ることのできる、せまい崖通路だった。
前後を猟師たちに挟まれて、こうなってはアンリは途中で逃げ出すこともできそうにない。
「うーむ、何という心理的圧迫効果! 怖気づいた新参者が音を上げるなら、さっそくはじこうって魂胆ですね! でも俺ってば好かれ系のこがら体型だから、全然問題ありませんよ~」
「……いや兄ちゃん、けっこうぎりぎりだぞ?」
後ろをゆく猟師が、低く突っ込んだ。
アンリを中にした三人が崖の通路の中に消えてゆくのを、後方でじっと見ていた三組の視線がある。
樫の樹々の陰にてなりゆきを見計らっていたナイアル、ダン、ビセンテは、そこでお互いうなづき合った。
ぎょろ目を光らせて、ナイアルはビセンテのなで肩を見る。強靭な体力を誇る獣人は細身体型、あの狭そうな崖の通路を行くのに何の問題もなかろう。アンリよりずっと細い自分もどうにか大丈夫、とナイアルは思う。
……しかし。ぬぼーんとでっかい大男の店長はだめだ。かに歩きで挑んだとしても、あの通路の中でおそらくつっかえる。
死神のごとく目を真っ赤に充血させたダンは、めんど臭さ全開を通り越して、悲愴なまなざしで副店長を見た。
今さら言うのはもちろんめんど臭いのだが、彼はせまい所が苦手である。ぼたん瓶に針箱に携帯裁縫道具入れ、小さな入れものは大好きだが、自分を入れるところは大容量であって欲しい。
「うえ」
獣人が小さく言って、あごをしゃくった。
「そうだなビセンテ。崖の上っ側までのぼって、越えるっきゃねえ。よし、アンリの匂い追跡をたのんだぞ?」
くいっと砂色長髪の毛先を揺らして、獣人は樹々の前に歩き出す。ビセンテはさっそく、回り道のとっかかりを探しにかかったもようだ。
差し迫った時間制限がなければ、ナイアル自身も道を探しつつの野山歩きはできる。しかしこの場合、奇跡の知覚をもつ獣人ビセンテに任せておくのが一番確実なのだ。
秋の森に容易にとけこむ、迷彩しみしみ柄の外套すそをひるがえして、ビセンテはさかさか谷間の方へと降りてゆく。一度だけ振り返って、ナイアルとダンにむけ首を横にかしげた。
「おう、そうか。川沿いに行くのだなッ」
落ち葉の敷き積もった林の中を、三人は川の流れに向かって速足で進んでいった……。
そう。今回の≪第十三遊撃隊≫は、きな臭い組織の中にアンリを単独おとりとして送り込み、その後を入念につけていくのである。
ちなみにこんな危険な行動に、副店長ナイアルがミオナを同行させるわけはもちろんない。
秘蔵っ子イスタを護衛につけ、ドゥネド夫妻の炭焼き小屋に置いてきたので、どなた様もどうか安心してほしい!




