2. 第十三遊撃隊のパトロール
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ほ・ほ~。ほ~~。 ……きぃあーっっ!!
夜の森、というのは本当に気分のよろしくないところだ。
ここの地域一帯に、危険な狼だの阿武熊なんぞはいないとわかってはいる。けれどこんな風に、絹だかもめんだか裂くような、みみずくの叫びが響き渡ったりすると……大の男でもぞっとする。
「……」
ナイアルは頭巾の下で、ぎょろ目を細め顔をしかめていた。
テルポシエ北区、下町老舗の息子である彼は、自他ともに認める都会人である。
召集されてきた当時は、それこそ鳥の鳴き声にだってびびっていたものだ。続く兵舎生活、市民兵としてとんでもない暮らしに慣れる才覚があったのは幸いだったが……。一体いつまでこの不気味な声を聞かなければならないのか、終わりの見えない警邏の繰り返しにうんざりしていた。きぃあーっ。
さかさか、ざかざか。
昏い森の中にのびる細道を、ビセンテが迷うことなく歩いてゆく。
どうやっているのだか、ナイアルには自分の前を行くこの同期兵の足音が、まったく聞こえなかった。
同じ支給品の長靴を履いているはずなのに、聞こえてくるのはナイアル自身の足音と――。
ざ、ざ、ざ、ざ、ざ。
後方しんがりを歩いているはずの、隊長ダンの重い足音ばかりである。
――ん? 俺っちと、大将だけ?
ふい、とナイアルは振り返った。
ほんの数歩ほどの間隔をあけて、まじめについてきている新兵のずんぐりした姿が見え、そのまた後ろにのっぽの隊長の頭が突き出ている。
それなのに、新兵の足音はナイアルの耳に入ってこない……。
「おい」
低く言って、先頭のビセンテが立ち止まった。はっとして、ナイアルはその横脇に寄る。
「なんだ」
「……うしろ。くせぇ」
ビセンテは、しゃがれるような低音にてナイアルに言う。
「なにがどう臭いんだ?」
こいつはこいつでちっとも進化しねぇ、とナイアルは思う。自分と同い年のこの獣人――。
言っておくが、ビセンテは正真正銘のにんげんである。だがしかし、どうもそこを凌駕している部分ばかり目立つ男だった。
長いせりふを話さない。いや、そもそも人語をほとんど口にしないから、意思の疎通が実にたいへんむつかしい。常にぶっちょう面を浮かべて、他人となじまないやつなのだ。
それでも同期入営して同じ隊に組み入れられた以上、ナイアルはこいつを見捨てたり背中につばを吐いたり、なんてことはできなかった。と言うかビセンテのせいで危ない橋を渡り、死にかけたことも多々あったのだが。
「いぬ」
「……よし。アンリ、森ん中へ引っ込め」
「え、え。あの??」
ビセンテに続いて、ダンがそそくさと道から外れ、もっさりとした古樹の裏へ行ってしまう。アンリは慌てた様子で、それに倣った。
「……犬って?? ナイアル副長」
「野犬だ。この辺は多いんだよ」
新兵の背を押すようにして、自分も樹々の間に踏み込みながら、ナイアルは低く答えた。
四人は今、風下の位置にいる。この近辺を野犬の群れが通るならやりすごし、場合によっては駆除もしなくてはならない。
面倒だが、人間相手よりはなんぼかましだ……、とナイアルは思った。特にがくぶる初警邏のアンリにとっては、いきなり敵のエノ傭兵と対峙するのもきついだろうから。
しかし、新兵はぺかッと頬をきらめかせて――星明りがこんな奇妙な風に照るのを、ナイアルは今まで見たことがなかったのだが――さらっと言った。
「ああ、なーんだ。ただの犬ですか! よかった、こわくなーい」
「……?」
特別な犬だったら怖がるんかいと思ったが、今は放っておく。その野犬の気配そのものが、ナイアルにもわかるほどに近づいてきていた。
ひたひた、がさがさ……。
「おいこらビセンテ。犬に人がくっついてんじゃねえかよ」
「……」
≪第十三遊撃隊≫の四人が、草木のかげから見つめる森の小道。よわい星明りの下にけものの姿が三つと、もひとつ影がこちらに近づいて来る。どう見たって人間の男の輪郭だった。
――三頭も犬を連れて、こんなとこで何してやがんだ?
敵方蛮族軍の夜襲や強襲にそなえ、この界隈には日没以降の外出禁止令が出されて久しい。まともなテルポシエ領民なら、市民兵が見回らなければならないほどぶっそうになった森林地を歩くなど、頼まれたってしないはずなのに。
「……浮浪の無頼者だろう」
どことなくふらふらと、犬たちの間を歩いてくる人物の頼りない足取りを見てダンが言った。ふー、と隊長はついでにため息もついた。
んもう果てしなくめんど臭くて仕方がないのだが、この場合は地元警邏を行う遊撃隊長として、彼は風来坊を叱らなければならないのである。
色々な口上を言うのがめんどうであるからして、今回も隊長は副長ナイアルにすべておっかぶせることにした。
「ナイアル」
ダンは短く言って、高ーいところにあるいがぐり頭のあごを、道のほうへしゃくる。
「うっす、大将」
隊長と異なり、幼少よりしゃべって客を惹きつけてなんぼ、の世界で生きてきた副長は全くめんどうくさがらない。すらっと身をひるがえし、道の方へ出た。
「こんばんはー。福ある夜を、まいど第十三遊撃隊でございまーす」
いきなり出てきたやつにすらすらお店調で話しかけられ、十数歩の道上にいた男はびくりと驚いたように伸び上がった。
うううううッ!!
とたんに、周りの犬どもがうなり出す。
「この近辺は敵軍頻出の可能性ありとして、日没から日の出までは通行禁止。目下のところ外出自粛となっておりやしてねー。危急の用事のない限りはどうぞご自宅へお引き取りを、……って。あれぇ??」
後じさりを始めた男の顔を正面に見て、ナイアルはすらすら口上を止めた……。
「こいつ、エノ傭兵じゃねえかよぉぉぉ!?」




