19. フードロスは敵だ! アンリの慧眼
「あんた……。何なんだ、そんな言いがかりをつけてくるなんて!」
ドゥネドの座る安楽椅子の傍らに、寄り添うように立った夫がアンリをにらみつけた。
「うちのやつが、毒きのこを採ってただと!」
「え、だって谷で採ってらしたでしょ? べに首っ茸と、さべ茸を」
まったく悪びれたそぶりなしに、料理人はこきゅッと小首をかしげて見せた。自分ではかわゆい仕草だと思っている、そう自分だけは。
「おいこらアンリ、何つう適当を言うのだお前はッ! 失礼にもほどがあるぞ」
少々ここで副長の……副店長の権威を発揮して、ナイアルはぐいっとアンリの二の腕をつかんだ。
もり・むきッ、はね返る筋肉おにくッ!
何気なしにしたことだが、救助の直後ナイアルは、ドゥネドの持っていた籠の中身を確認していたのである。みごとに空っぽだった。
よってきのこにせよ他のものにせよ、採集を始めてまもない時点でこの人は滑落してしまったのだろうな、と推測したのだ。
あの時、もしドゥネドの小籠に毒きのこの類がめいっぱい詰まっていたのなら、まぁアンリのようにも疑えようが……。
「ん~。悪事であっても、努力を無にするっていうのがほんと、俺の主義に反してるんですよ。これ言うの嫌なんですけどぉ……。でもドゥネドさん。俺が近づくのを見て、あなたは籠のなかみを全部木の陰に放っぽって……、捨てちゃったでしょう?」
「み、見てたの」
「ええ」
こくん、と料理人は大きくうなづく。
「さりげなく捨ててらしたけど。食材放棄とたたかう鍋戦士の俺としては、どうしたって気になっちゃうのです。わざわざ時間をかけて採り集めたものを、手のひら返して置いてっちゃうなんて。なので、ざっとどういう種類のきのこだったのか、確認したのですが……」
きゅっと肩をすくめ、アンリはそこで言葉を切った。
その丸くいかつい顔とおしりあごに、さみしさ悲しさが入り混じるのをミオナは見て取る。
「……似たような形の食用きのこを、まちがって採っちゃった……という程度じゃありませんでしたね。ドゥネドさんは意図的に、毒きのこだけを集めていらした」
ぷ・ふ~!!
ドゥネドは大きくため息をついて、うなだれた。
「やれやれ、ばれちゃったわ。やっぱりわたしに、悪いことなんてできないのね……。おにいさん、あなたこのことをお巡りさんだとかに言いつけるつもりなの?」
「お、お前っ! ドゥネド!!」
ドゥネドの夫が、うわずった声を上げる。
「ちょっと待ってくれよ、あんたら……! 女房は毒きのこを採ってた、ってだけだろう!? それだけでもう、罪になっちまうのかよ!」
ぎょろーり……。ナイアルは翠のぎょろ目を心もち細めて、室の隅にいるでっかい店長ダンを見た。
――なるんすよねぇ、大将……?
――微妙だけど……なる。かも。たぶん。
医師に準ずる資格を持つ者。薬種商や治療師といった医療関係者であれば、薬効利用目的で一定量の毒きのこを採集し所持することは可能だ。
しかし見たところ、ドゥネド夫妻は一介の炭焼き職人……。ナイアルたちが仮にお上に通報すれば、彼らはとがめを受けることになるだろう。
意図的に集めただけでも、毒きのこ所持は軽い罪になるのである。
乾物屋仕入れ担当の父から聞かされて、ナイアルはそう知っていた。たとえば乾燥きのこの仕入れ先に、それらの法的背景を知らないしろうとを選ぶべきではないのだ。
一方でダンは、きのこの種類も生態も全然知らない。それこそ徹夜作業中にうまそうな雑炊として毒きのこを夜食に出されたら、まちがいなく食べて丘の向こうへ行ってしまいそうな男である。
しかし彼は人生の大半を職業軍人(副業)として過ごしてきたため、そうした地方特有のもめごと厄介ごとに多く対峙させられた経験があった。
今はその経験を、めんどくさい事態を全力回避するための手段として有効活用している。一分一秒でもむだを省いて、ああ本業のお裁縫に取り組みたい……。ちくちく、とな……。
「罪になるのかどうかなんて、俺しりませーん。だからお巡りさんに言おうだなんて、思いませーん」
副店長と店長の思惑を、思いっきりみじん切りにして鍋に落とし込む勢いにてアンリは言った。
ドゥネドとその夫は、ふっと安堵の表情になる。しかしアンリは、光る顔にて追及した。
「でも、教えてくれませんか? あんなに大量の毒きのこ……。それこそ致死量のべに首っ茸を使って、一体なにをするつもりだったんです?」
「そ……それは」
かちゃっ!
アンリは右手を背にやり、常時携帯している平鍋を取り外す。
「俺に話すのがつらいのなら、この平鍋正義の焼き目が、ドゥネドさんたちの話を聞きますから……! そうですよね、ナイアルさ~ん?」
「いや、無理があるだろうがッ」




