17. レスキュー☆アンリが行きます!
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……というなりゆきで、その谷の最寄りの集落である≪レプレイーンの村≫まで、一同は遠路やってきたのである。
ここは同じくテルポシエ領内ではあるが、かなり内陸部へ入ったところ。隣国ファダンとの国境になっている、深い森のはじまりに入り込んだ地域だった。
テルポシエ大市からの直通乗り合い馬車はない。ついては駅馬業者イスタの中型馬車を借り、ナイアルが交互に御してここまで来た。
本日は≪金色のひまわり亭≫の休業日である。
この一日のうちに、どうにか目当ての≪谷きのこ≫を見つけださねばならない……!!
「この崇高にして高邁なる使命のもと。ふかき森を進みゆくのは、きのこ識別の可能なこの俺アンリ。貴重なる水先案内人のナイアルさんと今日だけ専属運転手のイスタ、かわゆい処のミオナちゃん。いのしし・阿武熊対策になるかもしれない死神店長、そしてきのこの匂いを嗅ぎつける驚異の獣人ビセンテさん。以上六名にて、レプレイーン周辺峡谷の現場からお送りいたします」
実況中継もこなす料理人に、前をゆくミオナが話しかける。
「アンリさん。そろそろ谷の水音が近づいてきているけど……。やっぱり≪谷きのこ≫だから、水っぽいところに生えてるの?」
本日のミオナは、内陸の山国フィングラスに暮らしていた時にこしらえた、山歩き用衣類を着ていた。
目のつまった鮭肉色の毛織の上下、黒い糸で薄雪草の花もようが刺繍してある。
きのこ採取遠征の話を聞きつけた母のアランが、住み込み先の≪紅てがら≫に届けてくれたものだ。けれどいかにも野良仕事風で、はじめミオナは恥ずかしかった。あまりにいなか者っぽく見えないだろうか。
しかしそれを見たナイアルが、ちっとキヴァン衣ぽくていかしてんな~? と言ったので、以来げんきんに気をよくしている。
「ああ、そうなんだ。川の運ぶ湿気が好きなのだろうね……! まや樫やうなぎ柳なんかの根元に、よくいるのだけど。不思議なことに、谷きのこはどれも川の側にしか生えないんだよ」
目指す谷きのこは三種類あった。≪山うみうし≫、≪菊花茸≫、そして≪死神らっぱ≫。
先だって、肉屋で調達していた腸詰めの中に入っていたのは、≪菊花茸≫だとアンリは職人に聞いていた。谷きのこの中でも一番大きく、また見つかりやすい種類である。
「最後の、なんだか名前がこわいのね?」
「そうだね! 見かけがおどろおどろしいから、こんな名前がついてしまったんだけど……」
ミオナとアンリの話を最後尾で聞きつつ、じゃあ死神店長の俺もやっぱりおどろおどろしいのかな、とダンは胸中で思っていた。その通りである、こわい。
「でもね、≪死神らっぱ≫は実はいちばん香りがいいんだよ。珍しいから、希少価値も高いしねぇ」
がさっ……。ビセンテがふたたび、足を止めた。
「ビセンテ! 何か嗅ぎ当てたか?」
今度こそ、谷きのこをッ! 期待をこめて、ナイアルは前方の獣人に声をかけた。
……しかし、ビセンテは小首をかしげている。
「……? どうしたんだよ」
獣人はナイアルを振り返ると、ひょいとあごをしゃくった。右手方向、谷のせせらぎのする聞こえてくる方に向かって。
樹々のあいま、うっそうと茂るまや樫の合間を一同は見やった。
そこからは激しい傾斜になっていて、ずっと下の方に黒っぽい水の流れがちらちらと見えている。
どこにもかしこにも、黄色と褐色の落ち葉が降り積もっている、そこに。
「あっっ!」
声を上げたのはミオナである。
「あそこの木の陰……! 誰か、倒れてるッ」
「何いいいいい!?」
ぎょろ目をむいて、ナイアルはミオナが指さす方向を見た。
「何と言うことでしょう、お腹をすかせて行き倒れてしまった地元の方でしょうか? あるいは旅人! どっちでもいいけれど、それ救助陣形~~!!」
言うなりアンリは、腰に括りつけてあった細縄をすちゃっと取り出した。
「ここから、たっぷり三十歩はありますね! 俺が行くので、隊長ふんばり役をねがいますッ」
「……」
呼称が店長から隊長に変化しているが、要するになかみはダンのことである!
店と離れて人命救助その他もろもろの活動を行うのは、≪金色のひまわり亭≫としてよりも≪第十三遊撃隊≫であるからして、のアンリ的けじめらしい。いや全然気にしなくってかまわない。
めんど臭がり屋の隊長は、それでもすでに準備を始めていた。
自分でも細縄を取り出して、その端につくった輪を自分の胴に通す。もう一方をアンリの細縄に手際よく結ぶと、太いまや樫の根元に立った。
「それでは、アンリの! 陸・ば~んじ~~!!!」
とっとととー!
突き出たお腹部分に細縄の輪っかを通して、アンリは谷間の急勾配を駆け下りていった。
「って言うか、転げ落ちてるみたいで怖いっっ」
ダンのそば、ナイアル・ビセンテとともに見ているミオナは、お腹が冷やっとするのを感じた!
「はっははー! 俺の好かれ系おにくが弾むから、心配いらないよー! ミオナちゃーん」
ほんとにその通り、アンリは時々地べたに腿やひじ、お尻がぶつかっているようなのだが、即座にはね返って体勢をたて直している。……人間??
「救助対象のもとに、到着ぅー!!」
「どうだアンリ、怪我かなんかしとるんかッ!?」
ふんばり役のダンの手前、細縄に手をかけてナイアルが叫ぶ。
ミオナはどきどきしながらなりゆきを見ていた……。アンリのずっきゅんばっきゅんした心拍音に加えて、倒れている女の人のかぼそい心音も聞こえてくる。生きてはいるようだ!
「足を、くじかれたようでーす!! その他とくに外傷は、ないっぽいで~す! でもって意識が、ちゃんとありまーす! おんぶしますので、皆さん引っぱってくださーい。それ、おーーえーす」
アンリは、またたく間に滑落者をかつぎ上げている。
ナイアル、ビセンテ、イスタ、ダンが支える縄はびーんと張りつめた。ごっつくいかつい男四人が全力で引っぱる、それ・おーえーす!
引っぱられる綱をたよりに、料理人はがしがし登ってくる!
「ミオナぁ。大将のかごの底に、救急袋が入ってるはずだ! それ出して、広げといてくれっ。切り傷があったら、消毒酒を使うからな!」
「は、はいっ」
本日も平常心にて死にかけ死神顔、まや樫の根元に長ーい脚を引っかけてふんばっている隊長……店長の籠に、ミオナは薬ぶくろを探る。
「ふい~!! なかなかきっつい勾配でした。お疲れさまでーす、皆さーん!」
焼きたてぱん顔をさらにてかてか紅潮させて、のぼり切ったアンリはその場にしゃがみ込む。
「す、すみません……」
料理人の背中から、ナイアルとイスタに助けられ下ろされたのは、だいぶ上背のある女性だった。
森仕事用の質素な黒い野良着すがた、黒い大判布を頬っかむりにしている。
「うっかり足をすべらして、転げ落ちてしまって……!」
「いいんですよ、無事でよかったですね! 足を怪我したんですか?」
落ち葉の地面にへたり込んだ女性は、顔を上げてその頬っかむりをむしり取った。
「ええ。転げた時に、足首ひねったらしくて」
つるっとした細み顔が、つらそうにゆがんでいる。しかし憂えてもなお麗しい、典型的イリー美女(田舎編)ではないかッ!?
視線を向けられた途端、火の付きそうな明るい褐色のひとみ。百花はちみつの如きあかるい金髪が、ゆたかにうねっている!
「星評価、最高得てーんッッ」
とんでもないところで、とんでもない出会い! 今度こそ運命かと心の臓をときめかした副店長は、胸のうちだけで言ったつもりが口に出てしまったらしい。
「はぁー? どっちのですナイアルさん、三つのほう~? それとも五つぅ~??」
こら、領域を突破してはいけない! 料理人よ!
「えー、何がです。俺の鍋作品にいれてくださってる皆さまに、とにかく感謝ですよ~??」
さらっと肩をすくめてから、アンリは女性に穏やかに問うた。
「ときに、お宅はどちらです? そんなに遠くじゃあ、ないですよね?」
「え? あ、レプレイーンの村はずれなんですけど」
「俺が背負って行こうううううッッ」
いきり立つナイアルのずっと後方、死神店長は平常心で使った細縄をきちんと片付けていた。ふいと後ろを振り返り、置いといたかごを背負おうとして……。
ミオナが唇をぎうううううううと引き結び、救急ぶくろを両手ににぎにぎ、握りしめて突っ立っているのが目に入る。
平生、自分並みに冷静な(?)嬢が……どうしちゃったの、と問いかけようかと思ったが。
そこはめんど臭がり屋である。ただ小首をかしげて、ダンは高ーいところからミオナを見下ろしていた。




