14. さよなら腸詰め、チョコレートコスモス
・ ・ ・ ・ ・
「アンリさん。≪谷系腸詰め≫は、これで終いですって」
薄い雨の降りしきる朝。
腸詰めの包みを厨房の調理台に置いて、湿った毛織外套の頭巾を後ろにやりながら、リリエルが言った。
「えっ?」
玉ねぎの皮をむいていたアンリは、いちご金髪のまき巻き髪を揺らし、小首をかしげた。
主要材料の≪谷きのこ≫の旬が過ぎてしまったのだろうか、とすばやく推測したが……いや。きのこは生である必要はない。乾燥きのこを使った腸詰めは、余計にだしを含んで、さらにうまくなるはずではないのか??
≪谷系腸詰め≫が季節限定品と思ってもみなかったアンリは、少々慌てぎみにリリエルに向き直った。
「あ、ひょっとして! お肉屋さんが休みに入るのかい?」
「ううん。あの谷系腸詰めを作ってた職人さんが、故郷に帰るの。北のほうへ」
あの若い肉職人は、ずっと内陸部にある小さな町の肉屋の長男で、テルポシエ大市の老舗にて修業中だったのだそうだ。
近ごろ父親が身体を悪くしてしまったため、実家の店を早めに継ぐことになったと言う。
「ああ、そうだったの~! それは仕方ないけれど……。俺としては残念だなぁ。この逸材級の≪谷系腸詰め≫を作れるお肉職人は、市内に他にいないのに~……」
しゅーん。料理人の頬がしぼんで、光りが消える。
「うーん。そいじゃ≪つぶし汁≫一辺倒に、逆もどりかぁ……」
「大丈夫だよ。アンリさんの定番つぶし汁は、最強なんだから」
「ぐすん。ありがと」
からっと明るい調子で料理人をなぐさめ、そのずんぐりがっしりした肩をぽぽんと叩いてから、リリエルは廊下に出る。
歩きながら、毛織外套の表面をさささと手巾で拭き、脱いだ。
客間ではエリン、ナイアルとその母が卓子配置の準備をしている。
従業員の控室としてある小さな室にリリエルが入りかけたら、脇の洗い場からミオナが出てきた。
新しいものと取り替えたのだろう。少女が手にした一輪挿しの中で、花が頭をたれてうつむいている。
黒にほど近いような、濃い臙脂色の秋桜だった。
丁稚の東部系少女は、何があったのかを知るはずがない。
けれどミオナには聞こえていた。リリエルの心が、ほとんど半泣きに近い悲鳴をあげている。
「……リリちゃん」
ミオナが見上げる先、リリエルはきゅっと笑って両肩を上げた。
「降られちゃったよ! もうちょっと、早くにうちを出てくりゃよかった」
そう言って、リリエルはおさげにくくった金髪や顔、目元もさかさか手巾で拭いてゆく。
「でもあたしには、その≪紅てがら≫があるんだしね。女将がこのくらいでへこたれてちゃ、話になんないさ」
小室の中でてきぱき前掛けをしめるリリエルを、ミオナは開いた戸口に立ち尽くしたまま、見つめている。
くるりと振り返った娘は、きりっと翠の瞳を引きしめた≪紅てがら≫の次期おかみ。
いなせなテルポシエ下町っ子のリリエル嬢、ミオナのお手本にして憧れのお姉さんである。
「さ、今日もいっちょうがんばろう。ミオナちゃん」
「はい」
白い前掛けの胸元に金のひまわり刺繍を輝かし、リリエルはすたすた行ってしまう。
ミオナの胸のなかが、せつなくなった。
リリエルの中から聞こえてくるのは、こんなにかなしい音なのに……。
悲しいままに、美しく身につけてぴしっと背をのばし、歩いてゆくリリエルの後ろ姿を。ほんとにきれいだ、とミオナは思った。
――あんな風に、いつかなりたい……。うん、なってみせるんだ。わたしも。




