13. お腹ほっこり≪ゆるり汁≫好調ッ!
・ ・ ・ ・ ・
会計事務所を営む年輩夫婦が、いつも通りに≪金色のひまわり亭≫新献立の口宣伝を拡散してくれたらしい。
その後アンリは一日おきに、≪谷系腸詰め≫を使った≪ゆるり汁≫をこしらえて昼の第二献立としたが、女性と年輩層によく受けた。
「いやーん、おいしいなあこれー。わたし歯がわるいしぃ、こんだけゆるゆるに食べられるんは嬉しいなぁ~」
「このつみれみたいなんも、そやけどぉ。塩豚おにくが全部こま切れになってるんも、良くないかぁ??」
今日はテルポシエ本城勤務、理術士隊のおばちゃん達が三人連れだって食べに来ていた。そこの卓子だけ、異様にやかましい。
「しっかし、濃ゆいこくやねえ。向こうの菜湯は、ここまでこっくりとはしないよね」
「うんうん」
食べるのとしゃべるのを、たくみに同時進行させているティルムン人のおばちゃん達。もぐりであってもさすがは理術士……。すなわち≪西の魔術師≫の一員である。ひょっとしたら予備のお口が、喉かあごあたりに隠れているのかもしれぬ。
「奥さま方~、大麦のお代わりでございますぅ」
音もなくあらわれ出たアンリが、ゆで麦の入った大鉢を卓子の中央に置いた。
「あらー、おおきにありがと。お兄ちゃん、料理人? 何やかわいらしい帽子やなー」
「ええ! ひまわり同様に好かれ系の、かわゆい料理人です。それで奥さま、ティルムンのお菜湯というのは? こんな感じなのでしょうか??」
「そうそう、見かけはよう似とるよ! お野菜をいっぱい入れてなぁ、川魚だのやぎ肉のつみれだの鶏団子だの、入れんねん」
「けど味はだいぶん軽ーく、さっぱりやで? ほれー、向こうは乾燥きついし。水分ようけとらなあかんから」
「代わりにめいっぱい、香料をきかすんよ」
「ほ~?? 香料ッ?」
「うん。生姜とかなぁ! あとは丁子に、八角やろー……」
のべつ幕無しに、西方ティルムン抑揚でまくしたてるおばちゃん×三人をちゃんと聞き分けている驚異の料理人。
ああ、やはり輪郭が毛筆描きになっているッ!
「それにしてもお兄ちゃん。あんた、えらい血色ええなあ」
「頬っぺたがぺかぺかで、まぶしいで実際?」
「これ、誰か理術かけてるのんか」
「いえ、天然発色とつやでございますぅ」
ぺらぺら西方抑揚とぺかぺか発光でにぎやかしいその一角をすり抜け、ミオナが大きなお盆を運んでいった。
やがて男性客の卓子の上に、ふたつの鉢を慎重に置く。
「お待たせいたしました」
「うん、ありがとさん」
ひとつには乾燥赤宝実じたての≪ゆるり汁≫、もう一つには大麦が入っている。
「専務は、そうとう気に入ったんですねぇ? ここの汁」
「……懐かしくなっちまってね」
≪ゆるり汁≫の初日、小鉢分けを所望した商人風の紳士は、頻繁に昼を食べに来るようになっていた。
男性客には第一献立の鍋ものを注文する人が多いけれど、この人は必ず≪ゆるり汁≫を食べる、とミオナは気づいている。
「……むかし実家で、ばあさんやおふくろがこしらえてたのと、よく似てるんだよ。ここまで豪華にいろいろ入っちゃいなかったが、腸詰め煮たのが子どもの頃はごちそうでさぁ……。本当に、楽しみにしていたもんだ」
――ああ、そうだったんだ……。
空いた隣の卓子の片づけものをしながら、ミオナは紳士の話を背中で聞いている。
「ご出身、ずっと北の方でしたっけか」
「うん。ファダン国境すれすれの、森の深いとこ。戦争の始まる前に村が過疎化して、家もつぶしちまったんだけどね。……親もみんな、なくしたし」
紳士の声がややしんみりとして、押し黙った。汁を食べているらしい。
大きく飲み込んだあと、声は再び明るくなった。
「……テルポシエ大市じゃあ、今まで焼いた腸詰めしか出てこなかったが。ここで思いがけない再会さ、うれしくもなるよ」
「なるほどね。そいじゃ次は、自分も≪ゆるり汁≫にするかなぁ。専務の食べ方が、いかにもうまそう過ぎる」
「あはは、実際うまいよ。まぁ軽いから、二杯食べないと午後を乗り切れないけどね」
食べながら話す男性ふたりの心音は、おだやかに朗らかだった。
お盆に積み重ねた皿と木匙のたぐいを、慎重に持ち上げる。このお話はあとで全部アンリさんに話そう、とミオナは思った。




