11. 新メニュー≪ゆるり汁≫登場!
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「え~。いつもの≪つぶし汁≫、ないのかい?」
「わたし達、年も年ですしねぇ。お昼に重いものはちょっとしんどいのですよ、お鍋たべられるかしら……」
常連客の年輩夫婦に、ナイアルはにこーっとお店者の笑顔を向けた。
「それがね、奥さん! 今日の目玉≪ゆるり汁≫は、とんでもなく軽いんですよ。むしろつぶし汁より、軽ーく召し上がっていただけるかもしれません」
「ほんと~? まあ、ナイアル君の言うことだから信じるわ……。ねぇ、あなた?」
「そうだねぇ、おまえー。じゃあその……≪ゆるり汁≫? ふたつ、もらいましょう」
昼どきをまわって、周辺の倉庫や事務所に勤めている人々がちらほら≪金色のひまわり亭≫を訪れていた。
男性客や若いものは、迷うことなく塩豚と白いんげんの煮込み鍋を注文している。こってりした味わいが楽しめる、がっつり系の定番テルポシエ料理だ。
しかし軽めの昼食めあてにやってきた女性客は、みな困惑ぎみだった。
「さらっとお召し上がりいただけますよ」
「とっても優しいお味なんです」
ナイアル母とエリンにいつも以上にやわらかくすすめられ、ようやく注文に踏み切っている。
玄関を入ってすぐの外套置き場にて、本日も客の上衣ぶらしかけに精を出している店長ダンは、時おり窓から店の前を見ていた。
往来に向けて提示している献立表の貼り布を見て、小首をかしげながらそっぽを向き、立ち去ってしまう女性たちが何組もいる。
期待していた、いつもの≪つぶし汁≫がないと知るや、入る気をなくしてしまうのかもしれない。
そう分析しつつも、寂しがるのすらめんどうな店長だった。でかく広い肩をきゅっとすぼめて、忙しそうに大きな衣料用毛払をかまえる。
――時には変化も、必要……。人生には、差し色があった方がたのしい……。
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「あらら」
「まあ?」
運ばれてきた鉢の中身が予想以上にかわいらしかったから、会計士のお姉さんたちは思わず歓喜の声を上げてしまった。
淡い萌黄色の陶器鉢に、白っぽい煮込み汁。
鮮やかな生の旱芹菜が散る下にもも色の根菜、および白くまるい何かが顔を出している。
「何が入っているんだろう?」
「もも色のは、これ秋かぶだろうかねぇ」
しかし白く丸いものの正体が、よくわからない。
「魚のすり身かしら?」
ぱくっと木匙で口に入れて、お姉さんの一人は笑った。
「わあ。おいしーい! しっかりしてるけど、つくねだよ。これ」
「ええー?」
他の皆も口に含んだ……本当だ!
噛めばじゅわっとしみ出す汁気、肉の他にも何か別のうまみが深い。
とろけるような根菜と玉ねぎのやわらかさ、熱い汁には甘い塩気がきいている!
「……うーん? でもつくねとは、何かが違うような」
「あれ。塩豚の切れっぱしも、いっぱい入ってるぅ」
「何がなんだかよくわかんないけど、でも豪華っぽくておいしーい」
「あははー。あたし、ぱんのお代わりもらおうっと」
未知の料理に対する不安が、一挙に安堵へと変わってゆく。それは周囲の客にも、どんどん伝染していったらしい。
少々空きの目立つ店内だったが、やがてそこに談笑が満ちていった。
「……お嬢ちゃん。ちょっと」
「はい、お客様。お代わりでしょうか?」
水差しを持って客席の間をまわっていたミオナは、商人風の紳士に引き留められた。
塩豚と白いんげん煮込みの鉢皿が空になっているから、あるいはもうお勘定かなとミオナは思う。しかし男は低く、こう続けた。
「……いや。あの隣の席のねえさんたちが、食ってるやつね。あれを小鉢かなんかに、ちいっとだけもらえないかなぁ?」
客にこんなことを頼まれるのは、初めてだ。ミオナはどぎまぎして答える。
「……上の者に、たずねて参ります。お待ちください」
足早に去るミオナの耳に、連れの男が紳士に話しかけているのが聞こえた。
「専務、汁も飲むんですか?」
「いや。ちょっと気になってさ」
厨房に戻ったミオナが上の者ナイアルに話すと、副店長はぎひひと笑ってぎょろ目をむく。
「そうかそうか、九番卓子な。俺っちが持っていこう」
その男性客のいる卓子にむけて、ミオナはちょっと気をつけていた。
ぬすみ聞き、……とは言えない。どちらにせよミオナの耳には、ほとんど全部の客の会話が聞こえてしまうのだから。
食いしん坊が他の料理にも興味を示した、というだけではないらしい。なんとなく気になったから、あのおじさんはどう反応するのだろうと思っていた。
「あー。やっぱり、なあ」
ナイアルの運んでいった小鉢を持って、その商人風の紳士は何度もうなづいている。
けれどそれっきりで、立ち上がりそそくさと会計を済ますと、連れの男性と一緒に出て行ってしまった。




